33「世界を救う鍵を探し出せ」
[現地時間3月22日 14時03分 ホワイトハウス]
ニューヨーク大攻勢を辛くも乗り切ったユナとセカンドラプターは、タクの助力もあって身の潔白を示し、新大統領の下に合流していた。
タクも涙声だった。泣いてる場合じゃないと割り切れてしまう己の強さが憎らしいと、ユナは自分でもそう思ってしまう。
緊急会議に参加した後、少しばかりの仮眠を取って体力を回復させる。
ユナの肩を貫いた銃創については、幸い急所を外れていたため回復できた。気を用いて自然回復を早めておく。
起きたらもう、彼女は傷付いた方の肩を回せるくらいにはなっていた。
「あー。だいぶ傷塞がったけど、まだ痛いな」
同じく仮眠から起きて来たセカンドラプターが、信じられないものを見る目を向けている。
「テメエやっぱバケモンだろ」
「失礼な。人だっての」
あくまで気功術とは、自己の内在要素(主に生命力)を操る技術に過ぎないのだが。
極まった技術は、他者には魔法や超能力の類いと相違なく映るらしい。
「で、これからどうすんの?」
「しゃーないから付き合ってやるよ。第一世界が壊れたら、メシのタネがなくなっちまうじゃねーか」
「助かるわ。時間もないし、正直人手はいくらでも欲しいからね」
世界すべてを核攻撃など、TSG自らも破滅する行為なのは言うまでもない。
しかし落とし所はどこにあるのか。
現実問題、いかなる暴力的背景を伴う脅しだろうと、宣言一つですべての要求が通るほど世界は単純ではない。
むしろより強硬になる勢力は必ず出てくるし、こうして攻撃を防ごうという動きも出てくる。
確かにTSPへの大々的な攻撃には慎重になるだろう。
だが差別的法案の廃止や保護区の制定については、検討という名の先延ばしになるに違いない。
囚われたTSPの解放も、犯罪者等がいる以上は簡単には進まない。
ただ一つ、検査については……おそらく劇的に進むだろうな。皮肉にも保護のためでなく、恐るべき存在として明確に区別するために。
そもそも49日で区切ったのはどういうわけだ。目的を達するにはあまりにも時間が足りない。
何か急がなければならない事情があるのか? やはり本当に世界を滅ぼすつもりなのか?
どこまでやる気なのか知らないが、連中のキマリっぷりからすると最悪のケースすら想定せざるを得ない。
「手短に話す。まず世界各地に点在する核兵器を同時に直接叩いて破壊することは現実的に不可能だ。下手に刺激して残りを発射されたら元も子もない」
「そりゃ道理だな」
「したがって、解を求めるなら超能力の中にしかない。いくつか考えてみたけどね、条件を満たす力を持つTSPを探し出す必要がある」
①核攻撃を害の少ない場所(海洋、宇宙等)に誘導することが可能な能力
②核反応という概念自体を一時的にでも無力化する能力(もしこれができるならフェバル級のため、望みは薄いとユナは考えている)
③核攻撃をも防ぐ高度な防護を展開できる能力(これもフェバル級に近く、地球の許容性の低さを考えると現実的には厳しいだろう)
これらすべて息をするかのようにできるのがレンクスとかいう変態なのだが、あいつはいない。
やはり①が本線だろうとユナは考える。
単一の能力ですべての条件を満たすのは難しいので、さらに条件を分解する。
・すべてあるいは最低でも大半の核兵器を対象に取る(ターゲッティング)
・対象に取ったものに対し、他の能力を繋げて適用する(チェイン)
・誘導操作をする(オペレーション)
上記をすべて揃えることだ。
このうち最後の操作系能力者については、歴史上観測例が多数ある。
彼女が対峙した中にもその類はいたし、探せばまず見つかるだろうが……。
問題は、大量操作に耐え得る能力の強度を持つかだ。それほどの逸材が本当にいるのか。
最悪は数を揃えて力業でどうにかすることも選択肢になるだろう。
次に、チェイン系能力者。これについては、本当にいるのかもわからない。
雲を掴むような話だが、他二つの強い力に比べれば存在しても不思議ではない。根気強くしらみつぶしに探すしかないだろう。
そしてこれらを解決したとして、取っ掛かりがなければ話にならない。
ターゲッティング能力――最初の条件が実は最も厳しいのではないかとユナは睨む。
タクやトゥルーコーダのような、単純に情報処理が優れた能力ではダメだ。もれなく正確な位置を把握し、対象に取る必要がある。
言葉にすれば簡単だが、極めて広範囲に及ぶという点で強力だ。これももはやどちらかと言えばフェバルの領域に近い。
しかし対象に取るだけで「ほとんど何もしない」のであれば、地球上で許容されるレベルの事象とは矛盾しない。
②や③といった強過ぎる力が存在する可能性に比べれば、いてもおかしくはない。
というより……ごく身近に惜しい例がある。
あらゆるものの声が聴けるという我が子のことが思い起こされる。
アレがもし、もう少し違う力だったら。例えば単に声ではなく、世界情報を把握するものであるなら。
すべての核兵器の座標を正確に感知し、記録できるようなものだったら。それでもう話は終わりなのだが。
声が聴ける、本当はそれだけでないとしたら。だがそんな都合の良い話があるものか?
そうであればという戦士としての希望と、そうであって欲しくはないという親の願いが衝突する。
ユウ自身まるで把握してないようだし、小さな我が子に命運を背負わせるわけにもいかないよな……。
やはり第一線は見つけ出す方向で考えよう。念のため第二の線として捨てないでおくが。
一連の説明を受け、セカンドラプターは鼻を鳴らした。
「ハン。そんないるかどうかもわかんねーSSRたちを探し出せってのかよ。しかもいたとして、そいつが協力してくれるかも賭けと来たもんだ。実に素晴らしい作戦だなオイ」
「はっきり言って状況は最悪に近いな。こんな宝探しみたいな手しかないのが悔しいけど、これしかないんだ。だったらやるしかないでしょ」
「チッ。そうだな……」
現実問題他にしようがないことを理解している彼女は、舌打ちとともにままならない現状への憤りを呑み込んだ。
もう仕事する人の顔付きになっているのを、ユナは頼もしく思う。
「さあ素敵な人探しの始まりだ。チームで手分けしてやるぞ。間違いなくTSGは妨害してくるだろうけどな」
「ま、それなりに金も積んでもらったしな。給料分の仕事はしっかりやるぜ」
「これからはお互い単独行動だ。もうお守りはしてやれないからな」
「うっせ。んなもんいらねーっての」
ライバル心からわかりやすくツンツンする彼女に、ユナはにやりとして一言。
「死ぬなよ。セカンドラプター」
「テメエこそまたヘマすんじゃねえぞ。ユナ」
互いに健闘を祈って拳を突き合わせる。
早速出発と行きたいところだが、ユナはそこではたと気付いてしまった。
「あ」
「どしたよしまらねえな」
「銃なくした」
「オイオイ」
ハンドガンYS-Ⅰ――彼女が異空間にしまうことなく常に携帯していた愛銃は、狙撃を受けた際取り落としてしまった。
「色々あったからなあ。うっかり置きっぱなしにしちゃったみたい」
「瓦礫の山になったブルックリンから探し当てるのは厳しいぞ」
「だよねえ。残念。割と気に入ってたのよねアレ」
まあ頼めば新しいものは発注してもらえるしなと、気を取り直すユナであった。
***
[現地時間3月21日 21時56分 ニューヨーク ブルックリン区 北西部]
時はやや遡る。
ユナとシェリルが熾烈な狙撃戦を繰り広げている最中。
誰にも気付かれないよう気配を殺し、密かに能力は行使された。
念動力がユナのハンドガンを音も立てずに動かし、積み重なった瓦礫の裏に回収していく。
銃が向かっていった先には、人肌色のしたスライムのような液状体が待ち受けていた。
液状体は自らをもって銃を包み込むと、やはり誰にも悟られぬよう、その姿のまま物陰に隠れて滑るように場を離脱する。
そして十分離れたところで、それは人の形に戻った。
I-3317改めシャイナと《命名》された彼女は、冷めた目で手にしたおもちゃを弄んでいる。
彼女は念じて心の声を主へ送る。彼女はどうやら口で喋ることをしないが、それで意は伝わるらしい。
ユナの銃を回収した旨を伝えると、主は鷹揚に頷いた。
『よろしい。そいつは後でちょいと焚き付けるのにでも使ってやろう。愉快なことになるぞ』
未来図を思い描き、彼はほとんどすべて予定通りに事が進んでいることに満足していた。
一方、シャイナは憮然として拳を固く握っている。
『どうした。不服か? 今すぐにでも挑みかかりたいという顔をしているな』
絶対なる主に対して、下手な嘘で誤魔化すことには意味がない。
躊躇いがちに頷く彼女に、彼は氷のように冷めた目を向ける。
『まだあの女は殺せないと言ったはずだが。理解していないのか』
星海 ユナ、あんな矮小な女など本来どうとでもできるものだが。
唯一の理由は、星海 ユウという最大の敵のためである。
シャイナにとっては、創造主からの寵愛こそがすべて。
よもや失望されたかとこの世の終わりのように恐れ慄くが、主は不問とした。
『いいだろう。その忠義心は見上げたものだ。今度試してみるがいいさ。そうすれば僕が言ったことの意味が少しはわかるはずだ』
それだけ告げて、念話が切れる。
忠義を褒められたと感じた彼女は一転、恍惚の表情で己を抱きすくめていた。
***
[3月22日 11時00分 ???]
「何やら始まったようだ。連中も馬鹿なことをするものだ」
世界同時核攻撃を察知し、彼はつまらなさそうに呟いた。
「しかし……どうもアイというものは欲望へ忠実に過ぎるな。所詮は歯止めの壊れたケダモノか」
まあそうなるべく創ったからなのだが。
試作4000体のうち大半は「外への欲求」、つまり暴走によるカプセルの破損で死んだのだ。
実際のところ、彼は生み出したモノに何ら愛着を持っていなかった。
シャイナが自分へ向ける度を超えた執着も知っていて、ただ利用できるものはしているだけだ。
主は改めて愚かなものを見る目で、平に並ぶカプセルたちを眺め渡した。
一つが盲目なる忠義のために空となり、3998体が無残な躯を晒すそれを。
ただ一つ、無事なカプセルがまだ残っている。
「お前だけは違うと。自分は特別だと。そう言いたいのか?」
揶揄うようにコツコツとガラスの壁を叩く。
「お前は幸運にも生き残った。僕はほんの気まぐれでお前を選ばなかった。たったそれだけのこと、それだけの違いだ」
だがそのことが何より重要なのだ、とはあえて言ってやらなかった。
わざわざ『世界を憎むべきモノ』に余計な肯定感など与えてやる必要はない。
この世には必然の流れがある。おおよそすべての大局は決まっている。
理から外れし人造異常生命体であっても、大いなる【運命】の下にあることは変わらない。
ゆえにあの方がきっとそれを定めたのだ。お前はきっと選ばれて生き残ったに違いないのだ。
もう御姿を目にすることも、声を聴くことも叶わないが。
I-3318――無名のラストナンバーは、隔てられた透明の内側からまだ彼を睨み続けている。




