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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
地球(箱庭)の能力者たち

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Y-3「ユウと不思議なおじさん」

[3月22日 15時58分 東京 星海家近くの公園]


 迎えに来たアリサの車に乗って、帰路についていた。

 家まで徒歩で15分程度のところに、それなりの大きさの公園がある。

 そこを通り過ぎようとしたところで、突然ユウが申し出た。


「あ、アリサおねえさん。おれね、あそこのこうえんでおりたい」

「もう夕方よ。真っ直ぐお家に帰ったら?」

「なんかやなきもちだからさ、ちょっとだけあそんでかえるよ。ね、ちょっとだけだから」

「わかった。あなたのお父さんには連絡しておくから。あまり遅くならないうちに帰るのよ」

「うん!」「わたし、見ておくから」

「そうね。頼んだよクリア」


 アリサはやはりどうしても忙しく、普段なら子守りを続けるところ、二人を降ろすとさっさと行ってしまった。

 二人きりになったユウとクリアは、仲良く手を取り公園へ向かう。

 最近の物騒な世相を反映して、外を出歩く子供はめっきりと減っていた。

 それでもこの公園はいつもなら子供がまばらにいるのだが、今日はあんな出来事があったからか静かなものだった。

 遊び友達も当然いない。

 たった一人、ベンチに年若い男が腰かけて物思いに耽っているばかりで。


「みんないないや。おじさんひとりだけだね」

「……? おじさんなんて、いないけど」

「ほら。あそこ」

「え……?」

「クリアおねえちゃんにはわかんないの?」


 ユウが指差すと。

 おじさんと呼ばれた彼は、一瞬ちらっとこちらを見た。

 自分のこととは思わなかったのか、辺りを所在なく見回してから、再び物思う姿勢に入る。

 クリアはさっぱりわからなかったので、正直に降参した。


「ごめん。わからない」

「ふーん。そっか。とりあえず、あそぼ?」

「よしこい」


 検査疲れや今日の事件もあって遊具ではしゃぐ気分にはなれなかったので、二人は大人しく砂場遊びに興じることに決めた。

 公衆水道から手で水をすくってきては垂らし、小さな山を固めていく。

 ただあちこちから流れる声に惹かれるユウは、毎度砂ばかりには集中できないのが常だった。

 むしろそこにいる小さな生き物を愛でるのだ。


「みてみて。ありさんだよ。きょうもがんばってるね」

「ん。ずっと、見てる」


 と言って、クリアが見ているのは主にユウばかりなのだったりする。

 そんな風にいつもの遊びを演じ、悲しい気分を少しでも紛らわせようとしていた。



 ***



[3月22日 16時32分 東京 星海家近くの公園]


「……トイレ」


 クリアハート、不覚の極みである。

 片時も離れたくはないのだが、まさか女子トイレまで引っ張り込むわけにもいかず。

 悶々と葛藤した末、いよいよ漏れる直前になって彼女は苦渋の決断を下した。

 幸い周囲には「誰もいない」し、少しだけなら問題ないだろう。


「ユウ。絶対、見えるところにいる。いいね? すぐ戻ってくる、から」

「わかった。まってるね」


 猛ダッシュで公衆便所に駆け出していく彼女を、ユウは笑顔で見送った。

 とは言え手持ち無沙汰になってしまったユウは、自ずともう一人しかいない彼に目が向く。

 ずっと気にはなっていたのだ。一際強い声が聞こえてきたから。

 だから降りようなんて言ってしまった。


「おじさん」


 そろそろと近付いていく。

 実のところおじさんというには明らかに年若いのだが、妙に老成した雰囲気と物憂げな表情がユウにそう呼ばせた。


「ねえ。おじさんってば」


 彼は再び視線を彷徨わせたが、はっきり自分のことを言われていると知ると目を見開いた。


「……こいつは驚いた。坊や、僕のことがわかるのかい」

「うん。でもクリアおねえちゃんにはみえないみたい」

「一緒にいたあのお姉ちゃんかい?」

「そうだよ」


 おじさんは顎に手を添えて考え、心当たりを言ってみる。


「もしかして君は、TSPなのかな?」

「えっとね。てぃーえすぴー? ってのは、たぶんちがうんだって」

「おや。違うのか」

「うん。ただね、みんなのこえがきこえるの。おれだけみたい」

「そいつは不思議だね」

「ね。ふしぎだよね」


 言葉ほど不思議には思っていないようで、ユウは彼にとっての当たり前と生まれたときから付き合っていた。

 おじさんは気になり、もう少し追及する。


「他には何かないのかい? 実はもっとすごい力があるとか」

「ううん。ただこえがきこえるだけだよ」

「それだけか」

「それだけだよ。ほんとだよ?」

「そうなのか」

「うん」


 おじさんは「では違うのか」などと、ぶつぶつ呟いている。

 ユウはというと、何だか初対面でも話しやすいなと感じていた。

 世の中、もっと怖い心の声の人はいくらでもいて。

 この人は根っこのところがほっとする感じがする。


 たぶん、きっと。そんなにわるいひとじゃないんだと思う。


「ねえ。どうしてずっとないてるの?」

「そうか。君には僕が泣いているように見えるのか」


 おじさんは涙の一つも見せていなかったが、ここに来たときからずっと、いつまでも元気なく項垂れているのだった。

 今日すれ違った誰よりも悲しい声をしていて。

 ユウにはどうしても気になってしまった。だからつい声をかけてしまったのだ。

 少しでも慰められないかと、健気にも考えているのだった。


「うん。こころが、ないてる。とってもかなしいことがあったんだね」

「そうだな……。おじさんは今、とても悲しいんだ」

「かなしいときはうんとないたほうがいいんだって」

「おじさんは泣けないんだ。大人だから」

「そうなの? おとなってたいへんなんだね」

「ああ」


 一途にこちらを覗き上げるあどけない顔に、思わず彼も少しばかり表情が緩んでしまう。

 おおよそどんな相手にもすっと入り込んでくる人懐こさは、天性のものなのだろう。


「坊や。名前を聞いてもいいかな」

「おれユウ。ほしみ ユウ」

「星海だって!?」

「えっと……?」

「ああすまない。ユウだったね」

「うん。このなまえね、おかあさんとおとうさんがやさしいこにそだつようにってつけてくれたなまえだから、とってもきにいってるんだ」

「では、君があの……。お母さんは元気にしているかな」

「んとね。おかあさんはね、いまはとおいところでがんばってるの。すっごいつよくてやさしくてかっこいいんだよ!」


 自慢のお母さんなので、ユウは鼻息荒くそう言い切った。

 おじさんはしみじみと頷く。


「そうだな。君のお母さんの強さは、よく知っているとも(・・・・・・・)

「そっかあ。やっぱりおかあさんって、ゆーめいなんだね」


 えへへと嬉しそうに笑うユウに、おじさんは努めて優しく言った。


「ユウ、君のお母さんなら大丈夫だ。必ずやってくれるさ」

「そうだよね。かくこーげきなんかにはまけないもんね」

「……きっとな」


 物憂げに空を見つめ、おじさんは噛み締めるように呟いた。


「なあ坊や。一つ、いいかな」

「なに?」

「君は――運命って信じるかい?」

「うんめい?」


 不意に変なことを聞かれてきょとんとしてしまったユウに、おじさんは苦笑いして続ける。


「すべてのことが自ずとそうなるように進んでいくというか。世界には大きな流れがあって、それは最初から決まっているというか」

「わかるような、わかんないような……」

「坊やにはまだ難しかったかな。どう思う? わかる範囲でいいとも」 

「うーん。でもそれって、なんか……やだな」

「どうしてだい」

「だって。いまおじさんとおはなししてることだって。おれのきもちだから」


 幼いなりに真面目に答えようとする彼を、おじさんは真剣に見守っている。


「みんなのそうしたいってきもちが、こころがあって。だからみんないて、みんないきてるの。きまってることじゃないって、そうおもうの」

「そうか。君はそう思うんだな」

「うん。おじさんはちがうの?」

「僕も……そうだといいなと思っているよ」


 少しの間、沈黙が流れる。でも悪くない沈黙だった。

 ユウも深くはわからないなりに、彼の言葉を懸命に受け止めようとしている。

 おじさんも、だから素直に言おうと思ったのかもしれない。

 誰か一人くらいには、聞いて欲しかったのかもしれない。こんな小さな子供でも。


「わかっていても。時に人にはどうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ」

「それは、ないちゃうくらいつらくても?」

「そうさ。他にできる人がいないから。誰かがしなくてはならないんだ」


 無意識に固く握りしめた拳には、重い決意が宿っている。


「ユウ。もしかしたら君にも、いつかそんなときが来るのかもしれないね」

「そうなの?」

「いや、正確には。人生というものは大抵誰にだって、本当は向き合うべきときがあるんだろうな。知っているか否か、気付くかどうかというだけで」

「おじさんってむずかしいひとだね。もっとたのしくすればいいのに」

「はは。よく言われるよ」


 おじさんは久しぶりに心から微笑むと、ぽんと小さな頭に手を乗せて言った。


「なあ坊や。これからどんな辛いことがあっても、挫けてはいけないよ」

「? よくわかんないけど、わかったよ」


「――すまない」

「えっと。おじさん……?」


 突然、ぎゅっと抱き締められて。

 でも不思議と嫌な感じはしなかったから。されるがままに小さな手を大きな背に添え、抱き返す。

 おじさんは今も泣いている。涙は一つもなくても、誰よりも泣いていた。

 やがて身体を離すと、彼は少しだけすっきりした表情になっていた。


「君に会えてよかった。じゃあ僕はもう行くよ。こう見えて忙しいからね」

「ばいばいおじさん。またあえる?」

「ああ、また来るよ。気が向いたらね」

「わかった。またあおうねー」


 後ろ手を振りつつ去る背中を見送っていると、やがて見えなくなった。

 入れ替わるように、保護者が全力で駆けてくる。


「ユウ」

「あ、クリアおねえちゃん」

「ぶつぶつ、一人で何してたの?」

「えっと。おじさんとおはなししてたの」

「だから。誰もいない、けど」

「いたよー。いたもん」


 相変わらずの不思議っぷりに「変なの」と、首を傾げるしかないクリアだった。



 ***



[3月22日 20時02分 東京 星海家]


 シュウの手料理を味わい、寝るまでテレビを付けてくつろぐ時間になっていた。

 当然だが、どのチャンネルも核攻撃ニュース特番一色で気が滅入りそうな内容である。

 大体何があっても平常運転なあのチャンネルさえも、今回ばかりは例外ではなかった。


『米ホワイトハウスでは、ゴールマン大統領暗殺(推定)を受け、エヴァンス副大統領が新大統領に就任。『対大規模核攻撃対策チーム』を立ち上げました』


 というアナウンスに続いて流れてきた映像に、三人とも目を見張った。


「え、おかあさん!?」

「あ。ほんとだ」

「マジか」


 皮肉にも核攻撃によって殺害容疑が晴れたユナは、タクのとりなしもあって早々に新大統領と連携を取ることに成功していた。

 チームの一員として、ユナとセカンドラプターが帯同する形で新大統領の後ろに付いている。

 これまで裏から決して目立たぬよう動いていた彼女が、迫る世界の危機にあって大々的に取り組むことを決断したのだ。

 暗殺がどうだとか、小難しいことは聞き流して。

 ユウは我が家のヒーロー登場に、食い入るようにテレビ画面を見つめた。


「うわぁ。すごいなあおかあさん。ほんとにあいにいったんだ。かっこいいなー」

「ね」

「お父さんは心配の方が勝っちゃうよ」


 シュウにとっては、どんなに強くてもただ一人愛する嫁なのである。


「がんばってね。おかあさん。みんなをまもってね」

「一緒に応援、しよ」

「そうだね」


 星海家からの祈りが、一人海の向こうで戦う母に届けられた。

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