Y-2「ユウ、再び検査に向かう」
[3月22日 11時02分 東京 星海家]
残念ながら卒園式に出ることはできなかったが、ユウの小学校入学を控えた春休みの一日である。
父シュウは今日も仕事で家を空けている。
ユウはクリアハートと二人でお留守番をしていた。
クリアは彼を背中から抱っこで乗せるいつものスタイルで一緒にテレビを観たり、おもちゃ遊びに付き合ったりしていた。
すると突如ユウが尋常でなく苦しみ始めたので、あわあわして背中をさすっている。
彼女は彼が強い『痛み』を訴えるのは何かひどいことが起きたのだと、経験から相場が付いていた。
なので懸命にあやしつつ、心の内で「ごめん」と思いつつ、一瞬離れてテレビを付けてみると。
『緊急ニュースです! 本日11時、米ボストン始め世界五つの都市で爆撃が――』
アナウンサーの緊迫し切った声とともに、『核攻撃か』のテロップがでかでかと記されているではないか。
クリアは呆然とし、声も出せないままリモコンを取り落とした。
ボストンという場所が問題だった。
あそこにはQWERTY支部がある……あった。知った顔も世話になった人もたくさん……いた。
そもそも彼女がユナによって初めて保護されたのは、アメリカの小汚い街の薄汚れたストリートなのだ。
みんな……死んだ? 本当に……?
あまりのことに実感が湧かなくて、哀しみよりも先にただ暴力的な事実が重たく心を殴り付けて。
膝が震えて、立っていられなくて。
蹲ってしまったクリアに、そろそろと小さな影が近付いてくる。
自分だって苦しいのに、やはりユウは己よりも他人の哀しみに寄り添うのだ。
「クリアおねえちゃん、だいじょうぶ?」
「だいじょぶ……じゃないみたい」
「あのね。みんなは……いっちゃった。でもおかあさんは、へーき。わかるの」
繋がりが強いから、それだけはと。
クリアも詳しいことは聞かされていないが、厄介事に巻き込まれたらしい。別の場所にいたのだろう。
最大の恩人だけは無事だった。せめてものことだが。
「そか。そっか……」
この子はどれほど感情に溢れた生き物なのだろうか。
ユウの飾らない泣き顔を見ていると、何だか自分も素直に泣けそうな気がして。
「お姉ちゃんも……いっしょに。泣いていい、かな」
「うん」
二人抱き寄り添って、静かに涙を流した。
***
[3月22日 12時30分 東京 星海家]
食欲は湧かないけれど、何も食べないというわけにもいかなくて。
二人仲良く一つのカップ麺を分け合い、すすり終わった頃。
ピンポンが鳴った。
アリサだ。二人の保護者役として、歩きより遠いお出かけの際には必ず付き添う役目だった。
二人の手前気丈に振舞っているが、よく見れば泣き腫らした痕がある。
「何の用?」
「ユウにクリア。急だけど、検査に向かうよ」
「あー。なる」
クリアはすぐに事情を理解した。
トレイターはTSPを峻別したいらしく、第五の要求として全国民の検査を求めた。
最終リミットとされる49日の間に完了することは現実問題厳しいだろうが、最大限ポーズは示さなければならないだろう。
国立異能力センター(NAAC)はじきに検査で溢れ返ることは確実だった。
なので定期検査を今のうちに受けてしまおうという、情報の早い者の特権というか役得というか、そんなところだった。
「おれ、あそこにがて……」
初回はわくわくに胸を膨らませていたユウだが、一度行ってからは長い検査に苦手意識を植え付けられたのか、うんざりしている。
「ほら。お姉ちゃん、ずっとついてるから」
「う~、わかったよ。いくよ。いけばいいんでしょ」
「よしよし。えらい」
「う~」
子供らしく唸りつつ、これで頑張る気になっている辺り、クリアお姉ちゃんによしよしされるのが大好きなユウである。
なおこの時期あまりに甘やかされたせいで、姉とは優しくてよしよしするものだと刷り込まれてしまったらしいが、それは置いておこう。
アリサの運転でNAACへ向かう。
まだあちこちに1.20事件の痛ましい傷跡があるが、交通に関しては復旧して久しい。
カーテレビでは、引き続き『世界同時核攻撃事件』の続報が流れている。
アメリカの他、イギリス、中国、インド、そしてロシア。
いずれも首都や人口最大都市ではなく、中程度の規模の都市が破壊されている。
日本は攻撃の対象から外れていた。というより、できなかったという表現が正しいのだろうが。
「これから世界、どうなる。日本は」
「世界のことはわからないけれど……この国はきっと大丈夫。こういうこともあろうかと、うちの頼れるリーダーが対策済みなのよ」
「ん。聞いたこと、ある」
核と超能力のシナジーをかねてより危険視していたユナは、万が一に備えて防衛システムを開発していた。
専門のTSP人材を確保し、核攻撃を察知すれば超能力でもってミサイルが国土に到達する前に物理的に破壊する。
第二の矢として従来のミサイル迎撃も併用しており、より確実な仕組みだった。
実はこのフレームワークは米国と共同開発したもので、正常に機能していればあの国も核攻撃を防げただろう。
日本にユナがいたことで政府と防衛システムは護られ、米国はトップの身柄を押さえられて機密が抜かれてしまったのだと推察される。
一人の英雄の有無が明暗を分かつ形となったが、ともかく日本にいる限り最悪の事態にはならないはずだ。
信号待ちをしていると、物々しいキャタピラ音を立てて大型車両が横に付けてきた。
前方に備え付けられた砲台と、全方位に備わる自動機銃。
まるで戦車のような、銀色メタリックで無骨なデザイン。上部はハッチの代わりに頭頂部の丸いヘッドが付いている。
その内には人工知能が内臓されているとされ、真っ赤なカメラアイが底冷えするような視線をあちこちへ向けている。
ACW――アンチセレスティアルウェポンだ。
未登録TSPを検知抹殺し、治安維持を担う日本の冷たい守護神。哀しい誤射事件も起こしているが、効果は絶大だった。
これも今回の犯行声明――「攻撃を停止せよ」という言明を受けて、今後の運用をどうするかは議論が紛糾するだろう。
日本だけは言うことを聞かなくても核被害を受けないだろうが、国際協調という政治的側面もある。
普通ならカッコいいものに目がないユウは、ACWについてはやけに恐れているようで。
明らかに嫌なものを見るように首を振り、『姉』へ「助けて」の視線をくれる。
「どした。ユウ」
「あのね。とてもいたいいたいなの。かわいそうなの」
「そだね」
どんなTSPにも命はある。ユウは敵であっても心痛める優しい子なのだ。
抹殺兵器というものが物騒で嫌いだと言いたいのだろうと、クリアは察する。
「でも、おれにはどうにもできないから……」
「ユウは、優しいね」
「ごめんね」
ACWに向かって神妙に手を合わせ、寂しそうにぽつりと呟くユウ。
空の向こうというよりは、まるでそこへ祈りを捧げるような姿に、どこか引っ掛かりを覚えるクリアであったが。
この子が不思議ちゃんなのは、昔からのことである。
流れ込む情報量に対して言葉が追い付かなくて上手く伝えられないのか、聞いても要領を得ない返事が多くて。メッセージを読み取るには、ユウマイスターの彼女でも毎度苦労するのだった。
結局いつものことかと思い、彼女は突っ込んで聞くことはしなかった。
***
[3月22日 13時11分 東京 NAAC]
「ではよろしくお願いいたしますね」
「はい。2時間ほどで終わりますので、また迎えにいらして下さい」
アリサは別件で忙しく、一度センターを離れることにした。
担当の有田 ケイジ研究員は、二人に目線を合わせて言った。
「ユウ君にクリアちゃん。ちょっと準備があるからここで待っててね」
爽やかな笑顔を振りまいて、奥の部屋へと引っ込んでいく。
ユウはというと、もう入るときからカチコチになっていて、げんなりしていて。彼が離れてもクリアの袖をぎゅっと掴んでいる。
人見知りの範疇を超えてもはや縋り付いているレベルなので、彼女も心配にはなるのだった。
「慣れないな。我が弟よ」
「うぅ。やっぱやだなぁ。あのひときらい」
「今日のユウ、嫌ばっかり」
「だって。こわいんだもん」
「怖い?」
「なにかんがえてるかわからないの」
「へえ。ユウでもわからないこと、あるの?」
「うん……。おれ、はじめてで。なんかね。よくわかんないけど……やだ」
そこまで聞いてふむ、とクリアは考える。
実はNAAC職員自体、結構な割合でTSPだと聞いたことがある。
心を読ませないとか、精神防御に長けたTSPもいることにはいて。もしやその類なのかもしれない。
しかし基本人懐っこさの塊のようなユウがはっきり嫌いというのは、確かに極めて珍しいことだ。
それだけのことで、彼女としては十分警戒に値すると考える。
やはりしっかりと目を離さないようにしよう。
何より愛しき『弟』の心の安寧を保つのは、クリアハート隊員の使命なのだ。
「だいじょぶ。お姉ちゃん、ちゃんとそばにいるから。何があっても、お前は守る。だから、安心して。ね」
「ほんと? ぜったいだよ? ずっといっしょだからね。やくそくだからね! うそついたらゆるさないからね! クリアおねえちゃん」
「ふふ。任せろ。ユウが死ぬまで、ずっと一緒だ」
「わかった。クリアおねえちゃんがいっしょなら、おれがんばるよ」
「ん。その心意気やよし」
改めて強い絆を確かめ合うユウとクリア。
そうしてやけに意気込んで臨んだわけだが。実際の検査はというと、特に恐れることもなくて。
「まけないもん」と張り切る姿を職員さんに微笑ましく見守られながら、通常通り終わった。




