32「世界に核が落ちた日」
[現地時間3月21日 22時05分 ニューヨーク タイムズスクエア]
再び世界はジャックされる。
その者は語る。あらゆる者を裏切り、敵に回して。
『非能力者人民諸君。私だ。トレイターだ。
我々はトランセンデントガーデン(TSG)である。
さて、諸君は再び大いなる裁きの火を目にしたことだろう。
あれは愚かなる諸君への最後通牒である。今まさに地獄の蓋は開いたのだ!
ああ、忘れてはならない。言ったはずだな?
我々はいつでも、どこでも、度し難き傲慢の上に安穏と繁栄を謳歌する諸君へ、怒りの牙を突き立てられるのだと。
なのにだ。諸君はただ我々に牙を剥き、一つも悔い改めることがなかった。
ゆえにこうなることは必然だったのだ……。
諸君。我々はとても、非常に残念に思っている。もう諸君の自戒に期待はしない。
単刀直入に言おう。我々の要求は5つ。
諸君よ、直ちに我々への攻撃を停止したまえ。
諸君よ、我々はいかなる差別的措置、非人道的取り扱いも許しはしない。そのような法案は直ちに廃止せよ。
諸君よ、不当に囚われたTSPを解放したまえ。いいか、我々は知っているのだ。
諸君よ、正しき政治をもって可及的速やかに我々のガーデン――保護区を制定せよ。
諸君よ、隣人を知れ。すべてのTSPを探し出すのだ。全人民を検査し、丁重に保護区へ送致せよ。
さあ愚かな非能力者人民諸君よ。もはや一刻の猶予も許されない。
我々は本気だ。
今から7日を経るごとに、最も対応の悪い5つの国へ核を落とす。
そして……49日をもって期限としよう。
例外は許さない。もし諸君の誠意が認められることがなければ――。
人類の罪がすべてを焼き尽くすだろう。
繰り返す。脅しではない。最後通牒である。
我々は必ずやるだろう。
間違った世界など滅んでしまえばいい。
……諸君の賢明な判断を。そうならないことを願っている』
***
[現地時間3月21日 22時03分 ニューヨーク ブルックリン区 北西部]
犯行声明より早く、タクから連絡を受けたユナは激怒した。
「ふざけんなああああああああーーーーーーーーーーーーっ!」
ほとんど更地のようになった辺りに、彼女の叫びが虚しく響いていく。
世界5つの都市への同時爆撃。アメリカはボストンだと。
……QWERTY支部もそこにあった。
あそこにいた仲間たちは。私を慕って付いてきてくれた者たちは……みんな死んでしまったんだ。
崩れ落ち、地面を殴りつける。
「ちくしょう……! ちくしょうっ!」
「ユナ、やめ……っ」
セカンドラプターは止めようとしたが、彼女の鬼のような形相を目にしては何も言えなくなってしまった。
ユナは項垂れ、激情に苛まれながらも思考を巡らせる。
こんなときでもどこか冷静に考えられてしまう自分が嫌だった。
なぜここニューヨークを狙わなかった。
――知れたことだ。
TSPがたくさん暮らしているからだ。見逃されたんだ。
考えてみれば当然のこと。
私個人の対処よりも、政治的目標を優先した。それだけのこと。
大統領誘拐ないし暗殺を押し付けたのは、もののついででしかなかったのだ。
自分たちをその対処にかかりきりにして、万が一にも計画の邪魔をされないように。
真の狙いはゴールマンの身柄ではなく、彼が持っていた力。
人類を滅ぼし得る最悪の兵器――核へのアクセスにあった。
確かにTSPならばそれができる。できてしまう。
実現可能性として、考えないわけではなかった。
私も、誰もが軽視していた。
まさか本当にやるとは思わなかった。
理性的であれば、自ら望んで破滅を選ぶことはしないはずだ。というのは、甘えだったのか。
トレイター始め、TSGは物騒でも理性的ではあった。そう思っていた。
だけど……。
暗黙の了解や信用なんてものは簡単に裏切られる。あの名の通りだ。
全人類にとってのタブーを、奴らはあっさり破ってしまった。
あいつら、本当に世界を滅ぼす気なのか……?
乾いた笑いが出てくる。
なんだ。私に何ができるって言うんだ。
たとえどんなに実力が優れていたとしても。個の力で戦術的不利さえ覆せたとしても。
私は結局……ただの人間だ。
フェバルでも星級生命体でもない。
たった一人で、世界の盤面をひっくり返せるわけじゃない。
なあレンクス。本当にお前がいてくれたら……。
…………。
そうじゃないだろ。
弱気になりそうな心を、自らの頭を殴り付けて奮い立たせる。
ここからはもう、なりふり構ってはいられない。
核を止める。何としても。
どうしたらいいかなんてまだ見えないけれど。
この世界に魔法はないが、超能力はある。
必ず奴らを出し抜く方法はあるはずだ。光明を探し出す!
星海 ユナは、諦めない。




