30「ニューヨークラプソディ 5」
[現地時間3月21日 21時47分 ニューヨーク ブルックリン区 北西部]
渦を巻くような風の刃が大気を裂き、地を穿つ。
御堂 レッパの【エル=ジャガーノート】による奇襲が炸裂した。
それは地球という魔法の存在しないはずの世界で、事実上の風魔法を可能とする。
だがもちろん黙ってやられる二人ではなかった。
ユナは《バースト》で瞬間的に加速し、セカンドラプターは【ハートフルセカンド】で感覚と肉体を同時に研ぎ澄ませる。
瞬間、セカンドラプターを包む空間がまるでスローモーションのようになる。
どんなかすかな気配も、空気の動き一つ一つまでもが鋭敏に感じられるようになる。
いつどこに何が来るかが視える。予測できる。
コンクリートの破片の一つ一つが巻き上がっていく様が、手に取るように観察される。
そしてどう動けばいいかは、ブーストされた本能が知っている。
彼女は華麗に避ける動きをとり、それは現実には超スピードの動きとなって現れた。
無事脅威をやり過ごした彼女は、得意に鼻を鳴らす。
『見てから回避余裕だったぜ。ってなに平然と素で避けてんだテメエは!』
『嫌な気配があったでしょ』
しれっと無傷でやり過ごしている無能力者に、彼女は目を丸くする。
わからん。さっぱりわかんねえ。
チートじみた超直感を改めてずるいと思いつつ、セカンドラプターは攻撃が飛んできた方向を見やる。
『なんだありゃあ!? ハリケーンかよ!』
竜巻だ。巨大竜巻が遠くからゆっくり歩いてくる。
大量の土煙が舞い、敵の姿は見通せないが。中心に人がいるのはわかる。
セカンドラプターの強化された感覚は、そこに人の温度を見出した。
一方、そこから力強い気を感じるため、ユナには最初からわかっていた。
『逃げも隠れもしませんか。TSPってのはどいつもこいつも大した自信家だな。ほんと』
『オレをチラッと見るなオレを』
ユナはバカ正直の代表格を呆れたように見やり、すぐ視線を敵へ戻す。
『的はここですって言いながら堂々と来られるとさあ。調子狂うのよね』
試しにと数発銃弾を撃ち込んでみるが、当たった気配はなし。
あまりに風が強いため、到達する前にすべて弾き返されているらしい。
追随する形でセカンドラプターも何発かお見舞いしてみるが、やはり同様の結果だった。
これに頭を抱えたのはセカンドラプターだった。
彼女の手持ち武器で最も威力のあるものがバトルライフルで、それが通用しないと言うのだから。
かといって接近戦も仕掛けられない。あの竜巻に単身突っ込んで行けば全身がずたずたになるだけだろう。自殺行為だ。
再度竜巻波が放たれる。
今度もしっかり回避しつつ、彼女は苛立たしく声を上げる。
『おいおい。打つ手なしか!? マジかよ!』
ユナは返事をせず、じっと敵の様子を睨んでいた。
あんなの私に魔法が使えたら楽勝なんだけどな。なんで敵ばっかり使えるんだか。
何度目になるかわからないもどかしさを覚えながら、ユナは諦めず奴を撃破する算段を立てていた。
単なる銃が通用しないとなると……。
考えを巡らせるユナに対し、セカンドラプターはとりあえず思い付きで言ってみた。
『上から攻めるってのはどうかな? 台風の目とかあるじゃん? 中心ががら空きだぜ、みたいな』
『あれできるのはフィクションだから』
フィクションみたいなこと平気でやるテメエが言うな、と出かかったがこらえた。
『現実問題どうやって何百何千メートルも高さを稼ぐのよ。あとできたとしても盗聴されてるかもしれないから言っちゃダメでしょ』
『あ。すまん』
地味にちゃっかり者なセカンドラプターは、別のソリューションを考え始めた。
『なあ。いっそのこと逃げちまおうか? よく考えたら今倒すことないんじゃね?』
『別にそうしたっていいけどね』
何も風ばかりではない。
次々と瓦礫を巻き上げてはこちらへ放ってくるのが厄介だった。
逃げるとしても、バイクの直線的な動きでは質量攻撃に潰されかねない。中々苦労しそうだ。
そして何より、逃げたくはない。野放しにはしたくない。
奴の向かうところ、建物が次々と倒壊し、逃げ遅れた人々の悲鳴が猛る風にかき消されていくのを目の当たりにしていたからだ。
毎秒大量虐殺しながら平然と歩を進める様に、ユナは隠せない怒りを滲ませていた。
『あいつ相当イカれてる。ほっといたらブルックリンを更地にするまでやる気だぞ』
『は!? ふざけんな。オレのアジトもあんだぞ! 人だってたくさんいるのによ!』
まず怒るところそこかい、とユナは苦笑いしつつ。
『はあ……。オーケー。あんたは露払いでもしてな。私がやる』
『待て。一人で美味しいトコ持ってくんじゃねーよ』
『じゃああんたどうするの。私の武器でも借りるか? 私は別にいいけど』
『ぐぬぬ……!』
それは主義じゃないと目が訴えている。
頑固者だねえと微笑ましく思いつつ、気持ち柔らかい口調でユナは頼んだ。
『ちゃんと周り警戒して、他の敵が狙ってたら対処してね。それも立派な仕事さ』
『……ちっ。わかった。引き受けてやる』
不承不承に頷いたセカンドラプターは、周囲の警戒に全神経を集中した。これで少なくとも自分の身は自分で守れるだろう。
あとはこっちも目の前の敵に集中するだけだが。どうしたものか。
銃弾は届かない。ロケットランチャーだろうと暴風の前には逸らされてしまうだろう。
スタングレネードも何もかも、物質であれば到達する前に弾かれてしまう。
なるほど厄介だ。それこそ相手のように魔法じみた力が使えなければ、お手上げにも見える。
――一つ思い付いた。手がないわけじゃない。
それには十分近付く必要がある、か。
《アクセス:リルスラッシュ》
役立たずの銃をしまい込み、代わりに取り出したるは白銀の刃。
彼我の距離は1km弱。
敵は途中の障害物を潰すように攻撃を仕掛けているので、嫌にも見通しは良い。
もっとも敵にとっても条件は同じだが。
ユナはフル《バースト》をかけ、一気呵成に距離を詰めに行った。
風の性質は厄介だ。距離が近付くにつれ加速度的に密度が増し、足元もおぼつかなくなる。
宙へ巻き上げられれば一巻の終わり。私だって女である以上、質量の軽さという物理的限界からは逃れられない。
けれどやれないことはないはずだ。『炎の男』の攻撃が風になったものだと思えばいい。
私なら大丈夫だ。捌き切ってやる!
男の殺意は旺盛だった。仲間の仇を亡き者にせんと、次から次へと竜巻風刃を繰り出す。
対して、跳び上がることだけは禁忌だった。足を上手く使い、重心の低い動きのみでかわしていく。
横打ちしてくる瓦礫に対しては、大きいものは徹底的に避け、小さなものであれば斬り付けることで対処する。
踏ん張れ。踏み止まれ。距離を詰めろ。もっとだ。
《バースト》をかけていてさえ、数百メートルから先は地獄の行進だった。
思うように身体が前に進んでいかない。見た目の距離よりもずっと遠く感じる。
気圧が著しく低下し、息をするのも苦しい。
まるで自然災害そのものを相手にしているようだ。
災害そのものか――フェバルみたいだな。
地球でこれほど強力な能力にお目にかかるとは思わなかった。
そういや、なぜだろうか。
今まで戦ってきた連中には、やけにデジャヴを感じていた。
重力を操るTSPがいた。重力と空間を自在に操るフェバルがいた。
電子機器や人だけじゃない。あらゆるものを操り、あるいは干渉するフェバルがいた。
炎や風だけじゃない。あらゆる自然現象を意のままに起こすフェバルがいた。
うちにはクリアがいる。すべてに絶望して、世界からも何からも消えてしまった可哀想なフェバルがいた。
念話は言うまでもない。奴らにとっては標準スキルだった。
そうだ。こいつら、まるで奴らの劣化版のような――。
『おい、しっかりしろ!』
酸欠で鈍りかけた思考を、ライバルの一声が呼び戻す。
目の前に瓦礫が迫っていた。白銀の刃で真っ二つに切り離す。
「あっぶねえ」
だが無我夢中で進み続けたのが功を奏したのか。
敵まではわずか100メートル足らずまで迫っていた。
ここまで来れば。
《アクセス:レーザーガンYS-Ⅷ》
レーザーガンと言っても、フィクションじゃない。
ここは異世界でもない。私には超能力も魔法もない。
だから光魔法のような殺傷力はない。宇宙映画に使われるそれのような素晴らしい代物でもない。
ただ物理法則には従う。
風をいくら操ったところで、光は目に見えるほど曲げられない。
そしてこの武器の、地味で夢もへったくれもない効果は。
――風で視界を覆っていることが災いしたな。
気の読めるユナは、直接見えずとも正確にそこを撃ち抜いていた。
彼は攻撃に気付くことさえできなかった。突如発生した激しい痛みに呻いている。
収束した光が網膜を焼き、おそらく失明してしまったことだろう。
自然災害そのものが相手ならば勝ち目はないが……あくまで相手は人だ。
だったら隙を作ればいい。それで十分だった。
いかに覚悟のイカれた戦士であっても、生理反応からは逃れられない。
能力の制御がわずかに乱れる。風の動きがほんの一瞬、途切れる。
そこだ。
腰のホルスターからハンドガンを抜く。
心臓に狙いを付けて、一発。
刹那。
――なんだ。
直感が突然、警鐘を鳴らしていた。
どこから――!?
イースト川の向こう、超高層ビルの一角にすうっと視線は吸い込まれた。
そこだと、彼女の野性は理解していた。
狙撃か。
常人離れした動体視力が、視界の端に弾丸の姿を捉える。
超人めいた運動能力が、《バースト》がそれを避けることを可能にする。
完璧に体を捌いたはずだった。完全に避け切ったはずだった。
な――弾が、曲が――!
御堂 レッパが命がけの囮を果たすと同時、ユナの身体は宙へ弾かれていた。




