29「ニューヨークラプソディ 4」
[現地時間3月21日 21時42分 ニューヨーク ブルックリン区 北西部]
ユナとセカンドラプターは、山と築いた死体の絨毯の上に、堂々と銃を構えて立ち並んでいた。
人の波に追い込まれ、北へ北へと転戦していったからか、いつの間にかイースト川が見える位置にまで来ていた。
川の向こうにはマンハッタンの超高層ビル群がひしめいている。
両者とも、さすがに疲労の痕が濃く見える。
血と硝煙の匂いが蔓延する街は、喧騒の後死の静寂に満ちていた。
「何人だ?」
「そんなもん途中で忘れちゃったわよ」
「オレもだ。今日の勝負はおあずけってことでいいか?」
「オーケー」
最低でも四桁、途中何人かTSPを撃ち殺したと思うが。奴らが計算を難しくしてしまった。
銃弾の雨に混じっていきなり飛んでくる超能力には、二人とも命からがらの対処だった。
決して無敵の存在ではないのだ。何か一つでも当たれば命を危うくする、ただの人でしかない。
走って、跳んで、避けて、隠れて。撃つ。撃つ。撃つ。
うんざりするほどの物量を前に、戦士の心を奮い立たせ。脳内麻薬に身を浸し、罪悪感という感情を麻痺させ。
大立ち回りを演じているうち、状況の整理が付かないまま目に付いた敵をひたすら撃ちまくる状態になってしまった。
自己生存と見敵必殺以外のことを考える余裕がなく、辺り一帯が静かになるまで止まることはできなかった。
「さてと」
死体のうちから通信機を一つ引き剥がし、ユナは怒りの声をぶつける。
「おい。聞いてんだろ? 趣味の悪いパペット野郎」
あくまで無視を決め込むつもりなのか、すんともしないのに構わず続けた。
「いいか。勘違いしているようだから教えてやる。この世界はゲームじゃない」
通信機の向こうの相手は、きっと誤解している。
安全な場所で後方指揮しているから、わからないのだ。
「あんたらが仲間を大切に思うように。あんたが操ってきた人たちにだって、家族や愛する人がいる。ただの駒なんかじゃない」
それがいかに罪深い行いであるかを。
恐怖に引き攣った人々の生の顔を。暴走した狂気の恐ろしさを。
「その能力だって決して万能じゃない。恐怖で人を完全に支配することなんてできない」
一度放たれてしまえば、アレは容易に誰へでも牙を剥く。
操り手さえも例外ではないだろう。
実際、使い捨ての駒でないはずのTSPさえも、暴力の渦の前には容易く呑み込まれてしまった。
二人が殺したよりも、同士討ちで終わったものの数が多いだろうと言えるほどには。
「あんたな、どこのガキか知らないけど。仲間だって半分はあんたが殺したようなものさ」
カーラスもそれには我慢ならなかったのか、涙声を荒げる。
『うるさいうるさいうるさいっ! お前に何がわかるってのよ。私たちの決意を! 覚悟を!』
「わかってないのはあんたらだ。人の恨みを買うことばかりして、本当に世界が良くなると思ってんのか?」
『っ……!』
歴史は証明してきた。
単なる人種の違いでさえ、主義宗教の違いでさえ。時に破滅的な悲劇を生んできた。
まして人とヒトの形をしたバケモノ。可哀想ながら、そう見なされているもの。
このままいけば――待っているのはいずれかの族滅だ。
『火の金曜日』事件以来、世論はずっとTSP弾圧に傾いている。
日に日に落とし所がなくなっていく。
仮に楽園なるものが実現できたとしても、そんなものは砂上の楼閣だ。
人は恨みを忘れない。人は相容れない。
なぜなら……人は愚かだから。世界は優しくないから。
歴史は何度だって証明してきた。
そんなことがわからない馬鹿ばかりなのか。わかっていて、それでも止まれないのか。
「私はなあ、これでもTSPの境遇には同情してたんだ。だからできる限り保護してきたつもりだった。こんなことをしてもらうためじゃない」
「ユナ……」
静かにぶち切れる彼女のあまりの剣幕に、セカンドラプターも思わず胸が詰まるほどだった。
『じゃあなによ。黙ってひどい目に遭うのを見ていろって言うの!? 私が、私たちが、どれほど苦しんでいるかも知らないくせにっ!』
「戦い方が違うって言ってんの。今さら言っても止まらないんだろうけどな」
『ええ、そうよ。一度振り上げた怒りの拳を下ろすなんてできないわ。死者たちへの冒涜になるもの!』
「そうかい。だったら、私ももうあんたらを絶対許す気はないからな」
話してみて確信した。
間違いなくクリアとさほど変わらないティーンだろうが、関係ない。
「お前は殺す。精々そこでぬくぬく震えとけ!」
通信機を叩き付け、ユナは舌打ちとともに吐き捨てる。
「馬鹿野郎どもが」
「あー……その、なんだ」
妙にしおらしい様子のセカンドラプターに、まだ不機嫌なユナはじと目を向ける。
「なによ」
「オレの代わりに言いたいこと言ってくれて、ありがとな」
「気持ちわる。いたいけな乙女みたい」
「うっせ! せっかく人が珍しく感謝してんだから、素直に受け取っとけよ!」
若干張り詰めた空気が弛緩し。毎度のごとくわいわいやり始めたところで。
――コンクリートを抉り取るほどの猛風が、二人の立っていたところをぶち抜いていった。




