27「ニューヨークラプソディ 2」
[現地時間3月21日 19時18分 ニューヨーク マンハッタン区のどこか]
あちこちを転々とし、ずっとホテル暮らしのカーラス=センティメンタルは不貞腐れて、指で枕をなぞっていた。
何せACWが配備されてからこっち、思うように活動が進んでいなかったからだ。
もし見つかってしまえば、戦闘能力のない彼女などひとたまりもない。
彼女自身も戦略的に重要な存在であるからか、こうして箱入り娘のように厳重に取り扱われている。
そんな鬱屈とした状況も、今日でまた潮目が変わると聞いてはいるが。
淑女にあるまじきだらしない軽装で寝転がったまま、ノートPCを立ち上げる。
画面の向こうのトゥルーコーダへと話しかける。
「ねえねえ。コーダ」
『あのねカーラス。ぼくも忙しいんだが』
明らかな不満を示した『彼』へ、お構いなしに尋ねる。
「あのACWってやつさー、どうにかならないの?」
『はあ……。あれは中々厄介な代物でね。命令系統が個体で独立しているらしい。しかも能力ではジャックが効かないんだ』
「あなたでも難しいってことがあるのねー」
『ふん。ぼくだって神のように何でもできるわけじゃないのさ』
「そうねー。【電気仕掛けの神(デウス=エクス=リレクトリキ)】なんて大層な名前なのに、負けちゃったしねー」
憎きユナの仲間、茂野 タクマとの対決で敗れたことがほじくり返されて、トゥルーコーダはまた不機嫌になった。
『うるさい。きみだって負けただろ』
「そうでした」
一方、勝ち負けなど引きずらないタチである彼女はあっさりしたものだ。
ふと、最期まで決然と星海 ユナに立ち向かった残虐な男を思い出す。
「あれから二カ月かー……。あの贖罪狂い、いなくなって大きさがよくわかったわ」
『……そうだね』
アレクセイ・ダナフォード。炎の男。正直怖い人だったけど。
あの男が死んでから、陥落まであと一歩だった東京はすっかり落ち着いてしまった。
思うところがないわけではないけれど、特段仲が深かったわけではない。
偲ぶのはわずかの間のことで。もう彼女の頭はこれからのことに向けられていた。
「あーあ。あれから全然ドンパチもなくて、私はずっと退屈してたのよー」
『よかったな。ぼくは裏工作から何から何まで大忙しだよ』
「大統領さらったのもあなたの功績だってね」
『ふふん。そうとも』
今宵の計画のメインシナリオ、その最も重要な一部分を遂行してみせたのが『彼』だった。
『彼』が実行したのは誘拐の手配まで。その後のことは別の部隊に任せてある。
あのクズ男から最高機密情報を抜き出し、今どうなっているのか知らないが。
おそらく始末されたか、ろくなことにはなっていないだろう。
なぜなら彼こそが、憎きTSP弾圧の急先鋒であったからだ。恨みも買うというもの。
「ふふ。で、今度はどんな悪だくみでもしてるのかしら」
『ゴールマンやユナに殺された多くの同胞のため、ひと花咲かせようって話さ』
「なるほど。それでまた私の出番なのねー」
久しぶりに直接指揮を振るえることに、彼女は勇み意気込んでいる。
『まずブラウンズヴィルの裏町まで彼女を追い込んだぼくの手腕を褒めてほしいものだね』
「はいはい。えらいえらい」
『ちょっと適当過ぎない?』
若干の照れ隠しを含みつつ。弟分への扱いなんて、こんなものでいいのだ。
カーラスは『彼』が年下であると確信している。あくまで直感でだが。
「あのクソつよ女をわざわざアメリカに呼び寄せてなんて、どういう風の吹き回しなのー?」
『実際彼女は強過ぎるし、茂野 タクマという男は厄介過ぎる。だから引き離し工作をさせてもらったよ』
「それって負けを認めたってこと?」
『違う。立派な戦略だ。どちらも始末することを諦めたわけじゃない』
あくまで負けず嫌いのトゥルーコーダは否定するが、一人では手に余ることも認めている。
『そもそも彼女がどれだけ強かろうが、その身は一つさ。始末にこだわらなければ、やりようはいくらでもある』
「確かにね。それはそうよねー。頭良いじゃん!」
『当然だ。だけど……まったく運の良い女さ。お仲間のいるボストンへ向かっていれば、今日には……』
憎々しげに『彼』が呟いたとき。
インフィニティアの【無限の浸透(インフィニティ=ペネトレーション)】によって、直接脳内へ声が入り込んできた。
『みんな。揃っているわね』
「はい」『ええ』『おう』『はい』
カーラスとトゥルーコーダの他、二名の幹部が返事をした。
『早速だけど。今回の作戦の要は、星海 ユナの「足止め」にあるわ』
殺すことが目的ではない。
もったいもつけず言い切った彼女には、同意の声と不満の声が綺麗に半々に分かれた。
既に彼女のやばさを知っているカーラスとトゥルーコーダは、もちろん同意側である。
一方。
『承知したけどよ。別に殺してしまっても構わねえんだろ?』
『もちろん。できるのだったらね』
『ならオレがみんなの仇を討ってやるぜ!』
御堂 レッパ。日本人と米国人のハーフとして生まれた19歳の男だ。
特殊能力【エル=ジャガーノート】は、最大でサイクロン規模の猛風を発生させることができる。
戦闘時常に身に纏う風のシールドは、一切の銃弾を弾き返すだろう。
あらゆる銃器を操る対ユナに適したTSPにして、TSGが誇る数少ない戦略兵器クラスの人材である。
そしてもう一人は。
『私も……やるからには、殺すつもりでやる』
「まさか」
先ほど脳内に響いたわずかな声から薄々予想を付けていたカーラスは今確信し、キラキラと目を輝かせた。
「シェリルお姉様!?」
『…………』
喋りたがりではないため、インフィニティアが補足する。
『ええカーラス。ご存じ、我がTSGきってのガンナーよ。彼女はどんな獲物でも外すことはない』
カインダー=ブラッディ=シェリル。
齢は21。彼女は常に最前線で戦い続けてきた戦闘のプロだ。
その身に宿した力は【運命の弾丸(バレット=オブ=フェイト)】。
能力はいたってシンプル。彼女の弾丸は『決して外れることがない』。
「わー♡ シェリルお姉様~♡」
『……何度も言ってるでしょう。仕事中はあまり馴れ馴れしくしないで。カーラス』
「はーい♡」
冷たくあしらわれたのに、彼女はご機嫌だった。
近年直接お会いしたことは数えるほどだが、声の印象通り。赤髪の綺麗なクールお姉さんなのだ。
だが言葉で邪険にしても、決して蔑ろにしない。根は優しい方なのだとカーラスはよく知っている。
小さい頃はいつも優しくしてもらったし。
ちなみにこの前だってクレープを奢ってもらったこともある。一緒に映画も観た。すき。
『きみってお姉様のことになると、途端にミーハーだよね』
「なによ。うるさいわねー!」
『彼』を除くと正式には最年少の彼女がいつもらしくぷりぷりしたところで、一同は温かな笑いに包まれる。
物騒なテロや殺戮をこれからしようなどとは、その光景からは見えない。
あくまで彼女たちは、彼女たちの権利と正義のために戦っていると自負しているからだ。
たとえそれがどんなに残酷であろうとも。
***
[3月22日 9時30分 ???]
作戦会議は終わる。
能力による念話を切ったインフィニティアは、窓際を憂鬱に眺めるトレイターへ話しかけた。
「……ねえ。本当にやるつもりなの?」
「……ああ。時間は限られている。僕たちはもう止まるわけにはいかないんだ」
彼女にはまだ迷いがあった。
これから為そうとすることは……間違いなくこの人を誰にとっても史上最悪の犯罪者にしてしまうだろう。
だって。あまりにも。
「本当に……それしかないの……?」
「なら僕を止めるかい? 君なら簡単にできるだろうさ」
もし君に止められるなら――本望だ。
……とまでは、さすがに面と向かって言えなかったが。
だがインフィニティアには、最初からトレイターを止める選択肢はなかった。
この人がどれほど悩み、苦しみながら決断しているかを知っているから。
「いいえ。あなたと一緒にやり遂げるって。最後まで一緒に背負うって……決めたもの」
「そうか……。すまないな。世話をかける」
本日、攻勢のメインシナリオが幕を開ける。
真なる到達者――未来への鍵は、まだ見つかっていない。




