26「ニューヨークラプソディ 1」
[現地時間3月21日 18時45分 ニューヨーク ブルックリン区 ブラウンズヴィル]
「よっす。ちょっと部屋借りるわ」
「ぶっふぉ!?」
突然の来訪者に、セカンドラプターは飲みかけのチェリーコークを盛大に噴き出した。
まだニュースは差し止められているものの、独自の情報網によって、目の前の人物が大統領殺しの汚名を着せられているのは知っていたが。
「おいこらユナ! テメエどういう了見で我が家みてえに堂々と入ってきてんだよ!」
一応秘密のアジトなのに。当たり前のように突き止めやがって。
何の準備もしてないため、だらしない恰好でくつろいでいた彼女は勢い立ち上がり、頬を膨らませていた。
「どうせほっといたらそっちから挨拶に来るんでしょうが。物騒なやり方で」
「そのつもりだったけどさあ! こっちにも心構えってもんがあんだろうよ」
再戦と意気込んでいたのが台無しじゃないか。萎えることすんなばーか。ばーか。
しかめ面になるセカンドラプターに対し、ユナはというとあっけらかんとしている。
「いやー。私も今ぴりぴりしてるからねえ。間違って撃っちゃうかも? 下らないケリの付け方は嫌でしょ?」
「ちっ。クソババアめ」
「あ゛!?」
「お゛!? やんのか?」
こめかみをピクつかせたユナと不機嫌なセカンドラプターは、各々腰のホルスターへと手をかけた。
毎度顔を突き合わせるたび、何かと理由を付けては起こる儀式のようなもので。
タイミングも何もかも気分任せな手合わせである。
達人同士の呼吸。互いに示し合わせたように、双方同時に銃を抜き出し。
相手へ突き付ける。
――わずかに、ユナが照準を合わせるのが早かった。
実戦ではそのわずかな差が勝敗を分ける。本当の撃ち合いなら、死んでいるのはセカンドラプターである。
悔しげにお手上げする彼女に対し、ユナはニヤリとした。
「0.11秒ってところかしら。また腕を上げたんじゃないの」
「……だああああーーーっ! これでもまだ勝てないのかよ!」
これは来るべき世界最強への返り咲き――リベンジマッチへの『予行演習』である(彼女はそういうことにしている)。
だから本当の負けではない。断じて負けではないのだが。
己の実力を過信したり、現実を受け入れられない女ではない。今回も彼女はしぶしぶ「勝ちを延期」した。
「また今度な」
「次はぜってえ勝つからな」
そのときがテメエの最期だぜ、なんてギラギラした目でほくそ笑む彼女の顔があまりにわかりやすいので、ユナはついくすりと笑ってしまった。
もっとも、まだまだ青二才に負けてやる気はないが。
思い出したように、ユナのお腹が鳴る。
「お腹減っちゃった。何かない?」
「あのな。オマエんちじゃないんだぞ」
呆れ眼のセカンドラプターを尻目に、勝手に冷蔵を開け出すユナ。
チェリーコークのペットボトルが無造作に積まれているばかりだったのには顔をしかめる。
翻ってテーブルの上はというと。
やはり糖分たっぷりのチェリーコークと、持ち帰りの宅配ペパロニピザ。典型的なアメリカンスタイルだ。
つい見かねて、年長の主婦が顔を出す。
「あんたねえ。そんなものばっか食ってたらいつか身体壊すよ」
「いいんだよ食えりゃ。つーかテメエの料理の方がよっぽどだろうが。家族が泣いてるぞ」
「あら? みんなおいしいって食べてるけど」
料理にも無駄に自信のあるユナは、悔し紛れの冗談だとまともに受け取らない。
セカンドラプターは真実を知っているのだが、残念ながら永遠に伝わることはなかった。
「ピザ頂くよ」
「いいけど。オレの晩メシなんだから少しは遠慮しろよ? 全部食うなよ!?」
「ん」
親指を立てつつ、ユナは美味しそうにピザを頬張っている。
セカンドラプターはソファーの背もたれに行儀悪く腰掛け、そんな様子を猫のようにじっと窺っている。
前に会ったときと変わらない。むかつくほどマイペースでからっとした女だが。
薄汚れた服がここまでの逃走劇を物語り、よく見れば随分疲労の溜まった顔をしている。
数か月戦い漬けか……。
何だか妙に同情的な気分になり、ぼちぼち三枚目を取ろうとしている彼女に声をかける。
性分として正直に心配することはできないが。
「ユナよぉ。東京で大変だったってのに、こっちでも早速か。疫病神でも付いてんのかい」
「まったくだな。ま、そのうち容疑は晴れると思ってるんだけどね。動き辛くなっちゃったのは確かだ」
ふと外をちらりと見やったユナは、思い出したように付け加える。
「追っ手も来てるみたいだし」
「バカヤロー! そいつを早く言え!」
セカンドラプターは血相を変え、備え付けのモニターを叩く。
市内あちこちに仕掛けた監視カメラの映像を睨んだ。
「マジだ。続々と集まって来てやがる」
「やっぱりか。あれで本気で私を始末しようとしてるのか、ただ足止めがしたいのかは知らないけど」
つまり大統領のことはおろか、警察を振り切ることすら想定内。ニューヨークに身を隠すことも計算に入れていたことになる。
東京のときも包囲陣は見事なものだったが、どうやら絵を描いている奴がいるらしい。
「今宵のニューヨークは荒れそうだねえ」
「……一応聞くが。半分オレに押し付けようって算段じゃねーだろうな?」
「あら。バレた? 一人って寂しいじゃん?」
いたずらっぽく笑うユナに、セカンドラプターはついにぶちキレてしまった。
「だーかーらーーっ! いつもオレを勝手なペースに巻き込むんじゃねえっ! こんのクソ疫病神が!」
「あんたバトルジャンキーだからいいでしょ」
「し・ご・と・だ! 人を見境なしみてーに言うな!」
セカンドラプターは綺麗な金髪を振りかざし、盛大に叫んだ。
ぜえぜえと荒れ切った息を懸命に整えつつも、だが実際のところ彼女はばつの悪さに頭を掻くしかない。
「アンタはいつもそうだ。楽しみにしてたのは……そりゃ否定はしないけどよ」
「ならいいでしょ」
「テメエ後で覚えてろよ」
それでもセカンドラプターはプロである。
頭の隅では冷静な皮算用を弾き、既に気持ちを切り替えつつあった。
既に大統領が暗殺されるか誘拐されたのは確定の事件。
こんな形でも関わってしまった以上は、今後刺客が差し向けられるだろう。
元々奴らのせいで仕事がやり辛くなってて、だいぶむかついていたところだ。
逆にこれを解決に導くならば、名声を取り戻すチャンスでもある。
――仕方ない。乗ってやるよ。
何より、ユナを倒すのはこのオレだ。どこの馬の骨とも知れないTSGじゃねえ。
「ユナ。せっかくだから勝負な。一人でも多く倒したの方の勝ち。いいだろ?」
「いいぞ。乗った!」
アメリカ最大の都市で、二人の化け物が狼煙を上げた。




