23「セカンドラプター登場」
[現地時間3月20日 13時11分 ニューヨーク ブルックリン区 ブラウンズヴィル]
世界随一の大都市ニューヨーク。
かの有名なウォール街より南東、ブルックリン区に、この都市で最も治安の悪いとされるエリアの一つがある。
ブラウンズヴィル。
くすんだ住宅街が立ち並ぶそこは、貧困層の比率が高く、犯罪件数も跳ね上がることで知られている。
銃撃、強盗、ドラッグなどは日常茶飯事である。
殊に最近は、TSGの蜂起にかこつけた凶悪犯罪が後を絶たない。
人目の立たない路地裏で、大柄の青年が踏み付けにされている。
彼を白昼堂々引き倒している者は、なんと跳ねっ毛の目立つ金髪の少女だった。
目つきこそ悪いが、しっかり髪の手入れとメイクさえすればアイドルも張れるのではないかというほど、見目は整っている。
「いけないなあ。おいたが過ぎるぜ。アンタ」
「ぐ……!」
「節度ってヤツはしっかり守ってもらわねーとさ。わかるだろ?」
"Do you know?" のぶっきらぼうな響きを伴って、踏み付ける足の力が一段と強まる。
男は情けないうめき声を上げた。
近頃は自信過剰なTSPが調子に乗って、略奪行為を繰り返しているのだ。
それも決して強い者は狙わない。ACWの手の届かない弱者から奪おうという不届き者が続発していた。
だがこの薄汚れた貧民街を愛する彼女のパトロールに引っ掛かってしまったのが、彼にとっては運の尽き。
「よりによってこのオレに楯突こうだなんて、命知らずもいいとこだったな。アンタさあ」
震える声で "Who are you?(お前は何者だ)" と問う、筋肉質の青年を冷徹に見下ろして。
うら若き乙女は、不敵に笑った。
“I'm the Second Raptor. (オレはセカンドラプター)”
theの部分を強調する、お決まりの名乗り。
裏街に轟くその名を耳にしないわけはなかった男は、敵に回してしまった相手の恐ろしさをようやく知ることとなった。
しかしだ。よもやこんな年端もいかぬ少女だったとは。
後悔先に立たず。
"Bite you.(噛み殺す)"
それが始末の合図だった。
少女は躊躇いもなく引き金を引き、不遜な略奪者の命を終わらせる。
敵対したTSPを下手に生かしておけば、たった一秒の油断が命取りになることもある。
彼女もまた「許されざる」世界での戦い方を熟知する裏社会のプロだった。
物言わぬ死体となった彼を乱雑に蹴り転がし、仰向けにしてやる。
「一丁上がりだ。大人しくネズミの餌にでもなるんだな」
力なく弛緩した五体から、彼が奪い盗ったものをひったくると。
数歩離れたところで腰を抜かしていたガキに向かって、放り投げてやる。
中にはお金とか色々入っているのだろうが、んなもの知ったことではない。
「ほらよ。大事なモンだったら、しっかり持っとくもんだぜ」
「あ……」
震える手でそれを抱き締めるように胸に留めた少年は、どうにかお礼を述べた。
「ありがとう」
「知らねえよ。単に虫の居所が悪かったから、ぶっ放してやっただけさ」
悪ぶって言ってみたが。見た目が見た目だけに通用しないのか。
なおしきりにお礼を繰り返してくるので。
「うるせえ! さ、さっさと行きやがれ! ぶっ殺すぞ!」
気恥ずかしさから凄むと、少年はそそくさと頭を下げて、逃げるように去っていった。
「フン」
その小さな後ろ姿を満足そうに見つめ、少女は勝手知ったる裏路地を歩み去っていく。
***
[現地時間3月20日 13時42分 ニューヨーク ブルックリン区 彼女のアジト]
ブラウンズヴィルは彼女の根城の一つで、隠れ家も三つほどは保有している。
そのうちの一つ、カビ臭い倉庫のような部屋に帰宅していた。
「ただいまーっと。つってもだーれもいないんだけどな」
がらんとした殺風景な空間に、がさつな少女が一人ぼっち。
「クソオヤジの野郎、こんなクソつまらない家ばかり残しやがってよ」
もっとも彼女自身女の子らしい小物など置く気にならないから、永遠にむさっ苦しいまんまだが。
ここは彼のアジトの中でも最初期の一つであり。だからか調度品もだらしない生活感に満ち溢れたものが多かった。
なんだかんだ彼女が幼少期を最も長く過ごした部屋であるから、文句垂れつつも結局はお気に入りだった。
年季の入った冷蔵庫からチェリーコークを取り出し。甘い物好きだけは年頃の少女らしい。
くたびれたソファに寝っ転がり、テーブルの上のラジオを付ける。
仕事疲れか、ゆったりと瞼が落ちる。
少しだけ、昔のことを思い返す。
クソオヤジというが、実の親ではない。
ファースト(とは冠さなかったが)ラプターはかつて――裏社会最強のヒットマンで鳴らした男だ。
冷酷非道にして、とびっきりの乱暴者。だがどんな汚れ仕事にも妥協しない職人。
気まぐれで拾った娘を娘とも思わないクソ野郎だが、ただ強さだけは本物だった。
そう――かつてである。
聞く者が聞けば震え上がった名と伝説も4年前、彼女が13歳のときに終わった。
ただ運悪く、何かの任務でかち合ったとかで。
星海 ユナとの一騎打ちにて、ヤツは華々しくもあっけなく命を散らしたからである。
それからユナは地上最強の女の呼び名を欲しいままにし、敗北者の名誉は彼の命と共に地へ堕ちた。
以来、彼女は勝手に「セカンド」ラプターと名乗り、亡きクソ親父の稼業をこれまた勝手に引き継いでやっている。
最初こそは小娘と侮られ、罵られたりもしたが。
有無を言わさぬ実績を積み重ね、新たなラプター(猛禽)として認めさせてきた。
……もっとも、ユナのヤツには未だ軽くあしらわれ続けているのであるが。
あークソ。思い出したらまた腹立たしい。悔しくなってきた。
薄っすらと目を開けたセカンドラプターは、怠そうに寝転がったままチェリーコークを喉の奥へ流し込む。
「しかしあいつ、くたばってないよな? 無能力者らしいからな。あれで」
まったく信じらんねえよ。
こちとら【ハートフルセカンド】を駆使して、それでも追いつけないんだから。
どんなバケモンだよ。
――1.20事件か。ジャパン、随分騒がしかったらしいな。
勝手にくたばるんじゃねーぞ。お前を最初に倒すのはこのオレだからな。
どこぞのベジータみたいなことを考えてにやりとしている彼女は、ぜひとも鏡を見た方がいいと思うのだが。
突っ込む者は残念ながらいなかった。
やがて付けっ放しにしていたラジオが、日本の『国家緊急事態宣言』が解除された旨を報じる。
「んん!?」
彼女は跳ね起きた。
「てことはあいつ、こっち来るんじゃね!?」
QWERTYはここニューヨークにも支部があり、彼女が健在ならば間違いなく呼び寄せられる。
その可能性にすぐ思い至り、たまらず興奮からチェリーコークを一気飲みし。むせた。
「げほっげほっ!」
しかし涙目などお構いなしに、胸の奥から笑いが込み上げてくる。
「くっくっく」
やがてそれは哄笑に変わる。
「はっはっはっは!」
少女は、心底愉快に高笑いしていた。
こちとらぼちぼち退屈な日常にも飽き飽きしてたところだ。
ユナ。アンタはいつも台風の目さ。
こっちに来れば絶対面白いことになる。
「よっしゃ来いやユナぁあ! この1年でさらにぐっと成長したオレの姿、見せてやるぜ! 首を洗って待っているんだなぁーーー!」
もはやファーストラプターに実力遜色なしと評されるに至った、凄腕のヒットマンは。
虎視眈々と「宿敵」との再会を待ち望むのであった。




