21「アイ プロトタイプ」
[2月22日 22時22分 ???]
とある施設の地下に、巨大な人工生命開発プラントが広がっている。
Project Integer。
Integerには、よく知られた整数という意味の他に「欠けているところがない」「完全なもの」というラテン語由来の意味がある。
文明の極めて遅れた地球において、最大限の設備によって「完全なる」人工生命を生み出すためのプロジェクトである。
ただ一人の計画遂行者にして、責任者は彼である。
今は地球人としての名を持っているが、彼の正体は知る者ぞ知る。
『始まりのフェバル』
彼のオリジナルは、未だ現宇宙に帰還することを許されていない。
『黒の旅人』と相打ちになる形で、影響力のほとんど届かない宇宙の外側に追放されたからである。
したがって、彼が今宿っているものは。
只人の姿を借りてこの地球という星に生まれ落ちた、まったく無力な依り代に過ぎない。
宇宙最高の実力者である彼自身をもってしても。
単なる依り代では、「許されざる」世界で無から人工生命を造り出すことは至難を極めた。
正確には、おもちゃ程度のものであれば簡単に造り出せたのだが。条件が厳しかった。
ただの弱い実験生命であってはならない。
ゆくゆくはフェバルにも比肩する、強い生命であること。
幾多の生体機能と能力、そして無限の成長性を持たせたもの。
来たる今代の【神の器】を倒し得る逸材。
すべては……念のための保険である。
開発を容易にするため、少々世界の方を弄ったりもしたが。
手段を選べるほど贅沢な状況でもない。多少の副作用はやむを得ないと彼は判断した。
これまで幾多の「試作品」が造られ、培養液の満たされた生体カプセルの中で管理されていた。
Integerの頭文字をとって、各々にはIのナンバーが振られている。
ほとんどすべては失敗に終わった。
十分に育つ前に命尽きるか、腐り落ちるか。
中途半端に育った個体には、彼もいささか手を焼いた。
単純に暴走、もしくは絶望か狂うかして自らカプセルを破壊し、完成前に外気へ触れて死に絶えた。
割れたカプセルは、残った『アイ』への見せしめとしてそのままにされた。
無様に死んだ失敗作も、やはり見せしめとしてそのまま「永遠に固定化して」その場所に放置された。
数多のなりそこないと散乱したガラスのカプセルに混じって、無事なものだけが育ち続けている。
4000体の中で、3998体は既に失敗した。
未だ残っているものは、奇しくも隣同士。
I-3317とI-3318。
隣り合うカプセルは、まるで双子の姉妹のように。
互いに競い合うようにして、すくすくと育ってきた。
さて。今、どちらを選ぶか。
それは間違いなく、彼にとってはほんの気まぐれに過ぎないことではあったが。
二人にとっては運命を分かつ、決定的な違いだった。
I-3317の収められた生体カプセルに手を触れ、彼は宣言した。
「お前に名を与えよう。シャイナよ」
《命名》
それは依り代として遥かに弱体化してもなお、【神の手】の絶対的行使の一つである。
全宇宙に名を知らしめ、一目すればそれとわかるよう存在を刻む。
名が個を確立し、性質を定義する。
ヒトの形を取ろうとして、取り切れていなかったそれは。
不定形のぐずぐずであったそれは、急速に一個の完成された生命としての形を整えつつあった。
やがて齢20と見えるほどの美しい女性の姿となって、それは世界に比べてあまりにも小さな試験管を容易くぶち破った。
流れるような紅の長髪と、『アイ』の特徴である赤い瞳を宿し。
未完成な肉体には死をもたらすはずの空気に触れても、涼しげにしている。
名を与えられたばかりのシャイナは。
外気に触れてなお生を謳歌できる感激とともに、創造主へ恭しく頭を下げた。
「調子はどうだ」
「…………」
こくんと、どこか困ったような頷きが一つだけ返ってくる。
どうやら喋り方はわからないようである。
彼はひとまずプロトタイプの完成に満足するとともに、過去の出来事を苦みを伴って振り返る。
まったく忌々しいことに。
地球という世界は、『彼女』と繰り広げたかの最終戦争によって徹底的に破壊された影響が、遥か時空を超えても残り続けている。
すべての星で最低の許容性に、永遠に開き続ける穴。
いかなるフェバルであろうと。彼自身であっても。
常人とほとんど変わらぬ力しか発揮できない。
許されるものは、わずかばかりの能力行使。それだけである。
下手をすれば銃弾一発であっけなく命を落とす、窮屈であまりに弱い人の身体に代わり。
望みの通り動く強い手足が必要だった。
彼は命じる。
「無垢の生命よ。まずは世界を学べ。そして暗躍せよ。望むがまま、邪魔と思う者を排除するがいい」
『アイ』の性質こそは、極めて残忍である。
およそ罪悪感というものを持たぬ。そのように設計されている。
放っておいても貪欲に世界を学び、欲望のままに為すべきことを為すだろう。
創造主よりの期待に胸膨らせたI-3317――シャイナは、クスリとぎこちない笑みを零した。
そして、隣に収められているクズを見下し。
今度は随分器用にほくそ笑む。
それは日頃慣れ親しんだ、自然な感情の発露であるからだ。
I-3318。我が妹よ。
未だろくに己の姿も定まらぬ。出来損ないの分際が。
シャイナは勝ち誇るように、目の前の透明な壁を拳の裏で執拗に小突いた。
培養液に満たされた内側から、もう一人の『アイ』は恨めしそうに睨んでいる。
それがなおいっそう、このお方より名と役割を与えられた――「選ばれた」彼女の自尊心を狂おしく満たす。
お前など、所詮狭い狭いカプセルの外で生きてはいけないのだ。
彼もまた、嫌みな笑みを浮かべるだけで止めはしない。
その恨みも残されたものの成長源であると、よく心得ているからである。
決して名を与えられることなく。
未熟な不定形として、ごく限られた生存可能空間へ閉じ込められたままのI-3318は。
未完成にして、残存する唯一の『アイ』――ラストナンバーは。
二人をいつまでも睨み続けていた。




