19「ACW起動」
[1月20日 14時39分 参議院本会議場跡]
「で、これからどうするの」
たっぷりご褒美をもらって満足したユナが、しれっと呟いた。
彼女が御方を、シュウが首相を守ったことで国体は堅持された。
前代未聞のテロは大勢的には失敗に終わり、最も危険な段階は脱したと言えるが。
だからと言って、東京中に散らばった残党がすぐに活動を止めるわけでもない。
また一斉蜂起したこの機は、奴らの勢力を削ぐ最大のチャンスでもある。
再び潜伏させれば、禍根を残すことにもなろう。
「ぶっちゃけ私の仕事じゃないこともあるのよ。お手伝いならするけどさあ」
あくまで個の特記戦力であり、一人では限界があることをユナはよく心得ている。
フェバルのような化け物でもなければ、やはり集団には集団をぶつけるのがセオリーである。
彼女自身は警察や自衛隊の円滑な展開を妨げるTSPを潰すこと、特に例の人を操る能力を使う奴を見つけ出そうかなどと考えていたが。
「うむ。そのことについてだが」
西凛寺首相は、逃亡中密かに固めていた決心を吐露した。
「かねてより我が国では、TSP犯罪の脅威に対抗すべく米国と共同開発していた兵器があった。人道的観点から使用は避けていたのだが」
「初耳だな」
「極秘だったからな。しかしこうなっては手段を選んでおれぬ」
すなわち、より徹底的でより強圧的なやり方で国難に対処する。毅然たる態度を示す。
日本の基本方針であった『TSP保護隔離声明』――事実上の撤廃である。
国立異能力センター(NAAC)によって長年集積された貴重なデータは、彼ら特有の『波長』を見出し、対抗策を構築するにも役立った。
その成果の結集こそが新兵器というわけである。
「そんなものがあるなら早く使って欲しかったね。私は孤軍奮闘だったよ」
「政治というものだよ。星海君。まだ必要な実戦投入テストもすべては済んでいなかった」
「それだけじゃないって顔してるけど」
テストが十分でない。
それだけのことなら、この狸ジジイも躊躇いはしなかっただろう。
首相は観念したように頷いた。
「密約で緊急時にはお披露目してよいことになっているが……。先方の顔を立てねばならんのだ。最低限な」
突然のことでホットラインを使えなかったのだと、彼は無念とともに認めた。
今や世界各国が手を焼いてるTSP対策兵器は、誰もが躍起になって求める虎の子である。
こんなときでも顔を立てろとは。さすが米国様だという暗黙の了解が場を包んだ。
「わかった。ちょっと待ってな」
激しい戦闘でもしっかり無事だった無線を取り出し、タクと少しやりとりをして。
「ほいよ」
ユナは無線を首相へ手渡し、にやりと笑みを向ける。
「うちのタクがお得意ので繋いでくれるさ」
「ホットラインは専用回線のはずだが……」
「あいつにはそういうの関係ないんで」
【知の摩天楼(インテリジェンス=スカイスクレーパー)】の前では、あらゆる情報隠ぺいは無力なのだ。
カップラーメンができるまでだが。
こうして便利に使い倒されることで、タクの過労死はいつも容赦なく決定していた。
タクの能力を介して、米国ゴールマン大統領との直接通信が確保された。三分間だけだが。
会話は一応機密とのことなので、ユナはシュウと連れ立って気持ちばかり離れておく。
それでも地獄耳は断片的にワードを拾ってしまうし、そもそもタクが介しているのだから、あいつが入念に拾ってはいるだろう。
急ぎなので挨拶もお悔やみもなく、率直に本題へ切り込んだようだ。
どうやら無事了承は得られたらしく、首相は心なしかほっとした顔で通話を終えた。
「NAACや各自衛隊基地から発進させる。メディアからは総非難されるだろうな。最悪私のクビは差し出す覚悟だ」
「ついにジジイも隠居生活か」
「構わぬさ。だが一定の世論も得られよう――時代が変わるぞ」
苦みと自負をともに含んだ政治家の顔を、彼女は見届けていた。
「それで、もったいぶってくれるけど。どんな兵器なのよ」
「自立TSP探索型汎用車両兵器。ACW――Anti Celestial Weaponだ」
「アンチセレスティアル(天よりのもの、楽園の否定)とは、随分な名前だねえ」
要するに天与の才によって構成された集団、トランセンデントガーデン(超越者の庭、楽園)の全面否定である。
こりゃ開発自体は前々からやっていたのだろうけど、数々の世界的テロを受けて名前は憎しで決まったのだろうなと察する。
正義だの何だのが大好きなアメリカ様のセンスではある。
首相は知る限りの概要をユナへ語った。
それは最低要件として、TSPの操作能力および攻撃的能力への一定の抵抗力を備えている。
自立的にTSPを探索し、保護登録外であれば抹殺を遂行するAIを備えており。
目的に照らして、市街地で小回りが利く程度の大きさに設計されている。
もちろん通常兵器のように、無能力者の鎮圧にも用いることができる。
技術のコア部分については完全に米国主導であり、ブラックボックスになっているらしい。協定により開示されないとのこと。
将来的な対TSP軍事ビジネスを見据えてのことだろう。
聞くだけで何とも物騒な兵器であるが。確かに即効性のある手立てではある。
比較的小型ゆえに量産もでき、既に600台が配備済であった。
「ついに私のお役目も御免かね」
「思ってもいないことを言うでない。AIは細かい融通が効かんからな。今後とも頼らせて頂くよ」
「はいはい。では何かあったときに備えつつ、見届けることにしますかね」
イチゴーマルマル。
15時ちょうどをもって、ACWは起動した。
***
[1月20日 15時00分 QWERTY本部]
少しでも気を紛らわそうと、膝にユウを抱えてアニメを観せていたクリアハートであったが。
突然火が付いたように彼が喚き出し、まったくそれどころではなくなってしまった。
これまでもたまに人が死んだとか怖いとか言って、泣きついてくることはあったけれど。
息を荒げ、藻掻き苦しんで、ほとんどのたうち回っているに近しい状態である。
この怖がり方はさすがに異常だった。
おろおろしてしまうクリアだが、とりあえずユウを引き起こして強く抱きしめてやる。
「だいじょぶ……?」
「やだぁ……こわい。こわいよ……! くるしんでるこえが、いっぱいなの。いたいって、いってるの。どうしてなの! どうしてそんな、ひどいことするの……!」
「そっか……。ん、おねえちゃんがいるからね」
「いやだ。やめてよぉ……!」
しきりに何かを訴えようとして。けれどそれを上手く伝える術を持たなくて。どうしようもなくて。
小さなユウは、身を貫くたくさんの『痛み』をひしひしと受け止めて、泣き叫び続けていた。
クリアはどうしたらいいかわからず、ただ小さな『弟』をあやすことしかできなかった。
***
そして、1月20日およびその後数日に渡る交戦活動をもって。
東京のTSG勢力は、結果的にほとんど一掃された。
今後の『運用』も考慮して、ユナはじめQWERTYの活躍は秘匿されることとなり。
すべては新兵器ACWの成果であると喧伝された。
もちろん功ばかりではない。
弾圧的で虐殺にも近しいやり方は、平和を取り戻した後、無責任な各所から非難を浴びた。
中でも未登録の一般TSPの誤殺問題が大きくマスコミに取り上げられ、既に事件の犠牲によって半ば機能不全に陥っていた西凛寺内閣は総辞職。
元首相は『相談役』に下り、依然各方面へのパイプ役を担いつつ、QWERTYを裏で支える立場となった。
死亡・行方不明者87,658名。重軽傷者20万名以上。
大震災にも匹敵する人災は、大きな犠牲と痛みを伴って終息を迎える。
そしてこれ以後、日本においてTSPによる大規模テロは歴史上記録されていない。
ACWおよび機能を回復した警察や自衛隊が、総力を尽くして残存勢力を潰し、その後も強く睨みを効かせ続けていたからである。
『炎の男』のリーダーシップが欠如したことも、要因としては大きかったのであろう。
――以上が、1.20事件のあらましである。
ただし。これはあくまで日本の表舞台の歴史であり、世界の危機はまだ始まりに過ぎなかった。




