17「東京決戦 7」
[1月20日 14時03分 東京 青山周辺]
バイクで地上へ駆け上がったユナは、直後、待ち構えていた大量の敵から熱烈な歓迎を受けた。
もしタクに情報隠蔽工作をしてもらわなければ、待ち伏せから一斉射撃の蜂の巣を食らっていたことだろう。
現状助かっているが、すぐに構え始めたところを見るに。
やはり何者かの指示か。統制が取れている。
ユナは野性的な感で、瞬時に優先順位を付ける。
運転を止め、まず当面の危機を脱する。
バトルライフルが火を噴き、3点バーストが無駄弾なく敵の頭を吹き飛ばしていった。
建物の影から狙っていようと、ビルの窓から構えていようと。
生命反応と殺気のすべてを読み尽くし、ことごとく的確に対処していく。
この辺り、考えるよりも先に身体が動くよう染み付いている。
地球の戦いは防御がどうしても紙になる。
やられる前にやれが鉄則。極めてシビアなのだ。
あらかた近場の脅威を撃ち倒し、バイクに足をかけてリロードしながら、彼女は冷静に周囲を観察する。
既に幾重にもバリケードが構築され、その手前にも奥にも鬱陶しいほどの人だかりができている。
「考えたな。人の壁を作って物理的に止めようってか」
見れば、カタギでなさそうな人間に加え、本来市民を守るはずの警察官や自衛官までが混成軍を成している。
彼女はQWERTY隊員の言葉を思い出していた。
確か操られているとか何とか言ってたな。催涙剤では止まらない強度だとも聞いた。
ユナは舌打ちし、バイクを異空間へしまった。
二の足で立つ。
彼らは敵だが、多くは能力の被害者でもある。
さすがに全員轢き殺してしまうほど、無遠慮にも無神経にもなれない。
それにそんなことをしては、すぐにバイクがいかれてしまうだろう。
人体は意外と硬いからな。骨とか。
――昔なら構わず皆殺しにしていただろうか。
我ながら随分丸くなってしまったものだ、とユナは内心独り言ちる。
建物を跳び移っていこうにも、近辺は不揃いな高層ビルばかりで難しい。
……結局いくらかは死なせることになりそうだな。
白兵戦を覚悟して、ユナはバトルライフルを構える。
もう一度敵の群れを睨み付ける。
よく知っている――恐怖で怯えた人間の顔だ。
正気を失わせ、そこに単純な命令で上書きすることで、思いのままに動かしているのだろう。
「人の悪感情を利用しようだなんて、胸糞悪い話だな」
吐き捨てるように言ったユナは。
「私は聖人君子じゃないんでね。通してもらうよ。恨むんなら手前をそうした連中を恨みな」
《バースト》は弱めにかけっ放しにしておく。継戦能力と速度の両立がベストと彼女は踏んだ。
そら、早速役に立ったぞ。
ユナは眉間を狙う弾丸を、はっきりと視認しつつかわした。
雨あられと銃弾が飛び交う中、涼しげにしている。
優れた眼力が、彼女に当たる軌道だけを完璧に見極めているのだ。
すかさず反撃のラピッドファイアを放つ。
威勢良く撃ちまくっている近くの連中から、バラバラに始末していく。
ほとんど見もせずに数百メートル先の相手にも正確にぶち当てられる銃撃センスは、もはやそれ自体が異能に等しい。
――ん。
背後から妙な空気の流れを感じたユナは。
躊躇いなく側面に転がり出し、受け身を取ると、即座に銃口をそちらへ向けた。
彼女が立っていた位置を、何かが通過していく。
大型の弾。
彼女がちらと振り返ったときには、バリケードの一部に爆炎が吹き荒れていた。
「あっぶな。焼夷弾撃って来やがった!」
憐れ、直撃を受けた者たちは黒炭になっている。
平気で味方ごと巻き込もうとは。滅茶苦茶するじゃないか。
操ってるから使い捨てだ。どうなろうと関係ないっての?
ほんっと胸糞悪い。
静かに怒りを覚えつつ、ユナは思案する。
正直負ける気はしないけど。さっきから地下崩落と言い、敵はなりふり構わずだ。
このままだと皆殺しルートになってしまう。
しかも開けた位置では良い的だ。
何も馬鹿正直に大通りをまかり通っていくこともないな。
建物を直接飛び移ることはできなくても――よし。
そこまでをわずかな時間でまとめると、攻撃に注意しつつ、横断歩道を一気呵成に駆け出した。
最も近くのビルに目を付ける。
ひと蹴りで二階の高さまで飛び上がると、即座に武器換装。
窓ガラスをリルスラッシュで叩き斬って、飛び込んだ。
再度瞬時の換装で、再びバトルライフルを手にする。
一瞬、既に撃ち殺していた敵の死体が視界の端に映る。
初っ端撃ちまくっていたあいつか。
一瞥だけくれて、彼女は猛進する。
屋内廊下を走り抜け、国会議事堂の方向へ少しでも近付いていく。
地図は頭に叩き込んである。近場の建物の種類と位置や、その間取りも。
敵さんよ。私のルートに付いて来られるか。
彼女の予想通り、屋内は配置が手薄だった。というより、窓ガラス沿い以外に配置の余裕はなかったのだろう。
TSGの落ち度があるとすれば、想定相手が普通の人間であったことに尽きる。
垂直跳びで二階の高さまでジャンプするようなものは――まあ考えてないだろうな。
我ながらだいぶおかしいことやってるなとは思いつつ、ユナはひた進む。
反対側の端を豪胆に蹴り破り、大通りから小路地へ。
既に付近の生命反応は見繕ってある。
跳躍体勢のまま、リアルタイムに動く照準をきっちり合わせ、正確に邪魔者だけを撃ち殺す。
脅威の跳躍力で反対側のビルまで届いた彼女は、再び窓ガラスをぶち破って進み続ける。
国会議事堂の最近辺になれば、周りからめぼしい建物も消える。
だがあと数百メートルはこの手で稼げるはずだ。
そうして、いくつか建物を乗り換えながら、おおよそ「最短距離」を進んでいったユナであったが。
突然、奇妙な縦方向の加速度を感じた。
浮遊する感覚。
「おっと。今度は何だ?」
身の危険を感じた彼女は、即座にギアチェンジ。
《バースト》をフルスロットルで入れ、壁をごぼう抜きにしながら突き進む。
建物の端に到達してみれば。やけに視点が高い。
既にビル全体が空高く浮かび上がろうとしていた。
正確なところはわからないが、テレキネシスか重力系能力者の仕業に違いない。
「まったく次から次へと。手品みたいだな!」
ここにいてはまずい。潰されるか叩き落とされる。
判断は早かった。
壁を蹴り、あえて自ら加速度を付けてまで急降下する。
フル《バースト》なら、数階程度までの高さであれば平気で済む。
着地した途端。
案の定、真上で何か潰れる大きな音がした。
いとも容易く破砕される高層ビル。
まるで力を見せ付けるかのよう。随分と派手にやってくれる。
次々と降りかかるコンクリートの瓦礫を、小さいものは見もせず手で振り払い、大きいものはしっかりと避けた。
辺り一帯が更地になる。
道路の向こうに、いかにもらしい黒髪の少年が見えた。
同じ日本人か。
手をかざし、堂々として隠れもしない。
「生意気してんな。一丁前に」
互いに声の届く距離ではない。
少年はただ歯をむき出しにして笑うと、掌を彼女に向けた。
――来る。
危機を感じたユナが大袈裟に横っ飛びすると、周囲のコンクリートがバコンと巨大な音を立てて凹んだ。
空間が歪んでいる。巻き込まれれば即死だ。
冷や汗を感じながら、しかし銃はぶれずに構える。
これ以上、デモンストレーションに付き合ってやる義理もない。
バトルライフルから銃弾が飛び出す。3点パーストを5回、連続で撃ち込んだ。
だが。能力が自動展開でもされているのか。
下方向に反れていく銃弾を、ユナの底上げされた視力は捉えていた。
ここまでの動きから判断する。
なるほど。本質は重力を操る能力か。
少年が反撃に動いた。
無数の石礫が浮き上がり、彼女に向かって撃ち込まれていく。
一つ一つが銃弾ばりに早く、それでいて質量はより大きい。
一つでも当たれば、やはり無事では済まない。
《アクセス:サブマシンガンYS-Ⅳ》
手数には手数で対抗する。
ユナはサブマシンガンをわきに抱え、めった撃ちにした。
それもでたらめではない。しかと攻撃の一つ一つに狙いを付けての神業である。
すべての礫を破砕し、相殺する。
これにはさすがに少年も驚きを隠せないようだったが。
まだ絶対の優位があると思っているのか、纏う雰囲気には余裕がある。
彼が再度手をかざすと。
ユナは突如、がくんと膝が折れた。
危うくへばりつきそうになる。
そうか。
狙い打ちできないからと、広域に重力場をかけたのか。
だが黙ってやられっ放しの彼女ではない。
懸命に歯を食いしばり、次なる兵器を取り出す。
《アクセス:多連装ロケットランチャーYS-Ⅵ》
設置型の多連装ロケットランチャーだ。多少の重力には負けない推進力がある。
点でダメなら、面で吹き飛ばす。
個人兵器としては最大級の火力が、ただ一人の少年に向かって放たれる。
銃器の類は通じない。少年はそう言いたいのだろう。
またも手をかざし、次々と飛び来るロケット弾を横に反らしていく。
彼女の無力を知らしめるような動きだった。
「あんた。確かに生意気なだけのことは、あるね」
ユナは相手を認める台詞を発しつつも、バトルライフルを構えていた。
敵が攻撃を捌き切るより先に、追撃の銃弾を放つ。
だが重力場のせいか。
狙いが逸れ、明後日の方向へと銃弾は飛んでいく。
そのように少年には見えた。
彼女の無駄な足掻きを認識した辺りで、とうとう多連砲も尽きる。
あとはもう、ろくに動けない女がそこにいるだけ。
どんな武器だろうと。何をされても効かない。
こちらはいかようにも料理できる。
少年は勝ち誇り――。
そして、斃れた。
「けど、お姉さんに挑むのはちょっと早過ぎたな」
力ばかりあっても、計算が追い付かないだろう?
胸を押さえて苦しむ彼に、物悲しい視線をくれるユナ。
やはり子を持つ者として、少年兵を殺すのは気分がよろしくない。
だがこれ以上、苦しむことがないようにと。
慈悲の弾丸でもって、しかと頭を撃ち抜いた。
この世界じゃ、大概の能力者を殺すのに大袈裟な異能は要らない。
派手な技も、大掛かりな兵器も一切不要。
銃弾一発。急所にぶち込めばそれで事足りる。
防御に特化した能力でもなければ、そんなものを防ぐことも極めて難しい。
この子は、馬鹿の一つ覚えで空間を捻じ曲げてしまった。
ユナはそれによる軌道の歪みを考慮に入れて、やや上方に弾を撃ち込んでいた。
かえって能力を行使したために、当たってしまうこともあるのだ。
確かに、純粋な能力の強さでは目を見張るものがある。
地球にいる限り、ユナに直接高層ビルの破壊などはできない。
だが自信過剰は、すなわち命取りとなる。
彼はサポーターに優秀な防御系能力者を付けるべきだった。
緒戦のあの息の合ったコンビのように。そうすればもう少しまともな戦いになっただろう。
そのことを学ぶには、命という授業料は高過ぎた。
「はあ……。こんなことばっかさせやがって」
愚痴を一つだけ吐いて。ユナは開けた道を進んでいく。
激しい戦闘の余波か、ごく近くに生存敵対者はいない。
国会議事堂まで、あと700mというところだった。
***
[1月20日 14時10分 東京 東京都内某所]
「うぐぐぐ……! ぜんっぜん捕まらないじゃないの!」
忙しなく指示を飛ばすカーラスも、ことごとくが一手も二手も先を行かれてしまい。
彼と同じく、屈辱と敗北感を味わっていた。
まさかここまで化け物だったなんて。
たかが一人の女と思っていた。
単身フランスを陥れた自負もあった。まして東アジアの小国で、やれないことはないと。
何みんなたらたらやっているのと。
その自信は打ち砕かれた。
だが。彼女はコーダと違って、無駄なプライドは持ち合わせていない。
かえってどこかさっぱりした表情で、投げやりに締めた。
「あーやめよ。やめ」
彼女にしてみれば、人を配置することも、操ることも。
どこか戦略シミュレーション染みた遊び感覚だったのだ。
「今回は私の負け。これ以上、貴重な仲間たちを失うことはないわ」
彼女が人間扱いするのは、同じTSPと自分たちへの理解者。そのくらいである。
彼以外にやられたのも含めれば、既に十人。今日だけで貴重な同類が命を失っている。
大規模作戦となれば、仕方ないところではあるが。
無能力者の扱いはぞんざいな彼女も、その点は心が痛いのだ。
『だから最初から私に任せておけと。そう言ったであろう』
通信機の向こうから、冷酷な男の声が響く。
まったくその通り。彼女はあっさりと認めた。
「そうねー。元々あなたが主役だったんだし? 任せるわ。『炎の男』さん」
***
[1月20日 14時12分 東京 永田町 国会議事堂付近]
「死にたくなかったらどけ!」
隠れ蓑になるような、目ぼしい建物もなくなり。
いよいよ正面突破しかなくなったユナは、銃を手に爆走していた。
言っても無駄だと知りつつ、一応のエクスキューズを飛ばしている。
先の戦いで息を乱しながらも、弾筋は微塵も乱れない。
過たず彼女の脅威となる敵だけを、正確に排除していく。
――なんだ。
また何か、来る。
温度変化。そのわずかな予兆を読み切って。
サイドに避けたユナの鼻先を、突如発生した巨大な炎がかすめた。
……こいつは、よく知っている。
「やっとか。ついにここまで来たか――アレクセイ」
『炎の男』の気配を感じ取り、彼女は目をギラつかせる。
彼の得意とするものは、パイロキネシス。シンプルな発火能力である。
【エグゼクター】の射程距離は666m。その正確な距離を彼女は知る由もないが。
彼女は知っている。奴の厄介な能力の恐ろしさを。
あの男は、最低でも数百メートル離れた地点から、建物を狙い通りに炎上させることができた。
犯行は大胆かつ一瞬のこと。気付いたときには後の祭りさ。
神出鬼没。完全犯罪こそを信条とした、慎重かつ狡猾な男。
だと言うのに。白昼堂々占拠活動とは。
どういう風の吹き回しか。
「どうした。こんなそよ風じゃネズミも殺せないわよ」
二度、堂々たる動きで炎を避けてみせる。
しかし、不可視の位置をこれほどピンポイントに狙える能力であったか。
気を読む技術、あるいは人の熱でも感知しているのか。
死の淵を乗り越えたことで、どうやらあいつの能力も一段階進化したのかもしれない。
さて。気付けば、周囲にあれほどいた人もなく。
目的地までは拓けている。ただ真っ直ぐ行けばそこへ着く。
もちろんその真っ直ぐが、一筋縄ではいかないだろうが。
感心と呆れをもって、ユナは呟いた。
「あくまで直接対決をご所望ってかい。まったくあんたらしくもないね。そんな潔い男、私は知らないんだけどな」
三度、無から突如発生する炎を完璧に見切り。
肌すれすれのところでかわし。
「いいさ。お望みなら付き合ってやる」
ユナは不敵に口の端を吊り上げた。
しかしすぐ、への字に唇を堅く結んで。
今や視線の向こうにそびえ立つ国会議事堂を睨み上げる。
もう目と鼻の先。そこに奴はいる。
「私はなあ。めっちゃむかついてんだ。東京を滅茶苦茶にしやがって」
うちのユウがどれだけ悲しんだと思ってる。うちの旦那がどれだけ冷や飯食ったと思ってる。
死ななくても良い奴らがたくさん死んだ。ケイゴだってそうさ。
お題目に乗っかってテロを始めた奴もいるだろう。さっき死んだ奴だって、そうだったかもな。
見たくもないものばかり見せて。やりたくもないことばかりさせやがって。
あんたら。絶対許さない。
「アレクセイ! 今からてめえをぶっ殺しに行く! そこで首洗って待ってろ!」
怒れる女狂戦士が吼える。
5年前に置き残した伝説。狙撃であっけなくケリを付けてしまったもの。
歴史にifは存在しないが。地獄の底から奴は帰ってきた。
きっとこの日のために。真の決着をつけるために。
『炎の男』と『地上最強の女』。
直接相まみえたならば、果たしてどちらが勝っていたのか――。
歴史的テロ事件の影で、大いなるリターンマッチが始まろうとしていた。




