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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
地球(箱庭)の能力者たち

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530/713

15「東京決戦 5」

[1月20日 13時50分 東京都内某所]


 カーラス=センティメンタルはホテルの一部屋に身を潜め、トゥルーコーダ特製のPCから外の様子を観察していた。

 彼女自身に戦う力はないため、やることやったら見物に回るのが彼女の性分である。

 そこへ機械音声が流れる。当PCの作製者『彼』のものであった。


『残念。さすがに初手でやらせてはもらえないか』


 最初の攻撃が失敗に終わり、声色にはわずかに悔しさを滲ませていた。

 都内複数のカメラにハックを仕掛け、『わざわざこんなときに外から向かってくる車両』を徹底的にマークしていたのだ。

『炎の男』と違い、『彼』は無差別攻撃を良しとしない。スマートでなく、美しくないからだ。

 ゆえに星海 ユナが乗っていると断定できたところで仕掛けた。

 あらゆる電子機器を操る『彼』の【電気仕掛けの神(デウス=エクス=リレクトリキ)】にも、唯一の弱点がある。それは静的オブジェクト――つまり動き回っていないものにしか使えないということだ。

 座標を指定して行使するタイプのため、高速で動き回る車両の類を外側から狂わせるのは難しい。

 そこで協力を申し出たのがカーラスだった。彼女の手勢にはターゲッティングを補佐する能力を持った男がいた。彼の力を借りることで動的オブジェクトにも対象を広げることができたのだ。

 車というものは一見するとハードの塊のようで、実のところ部品には多く半導体が使われている。心臓部であるエンジンにもチップは積まれており、狙いを付けられさえすれば爆破炎上させることも可能だ。

 そうして満を持して奇襲したはずなのだが……ユナ自身は逃れてしまった。恐るべき危機察知能力である。

 とは言え戦果一。無駄ではなかったが、こちらも犠牲を出し痛み分けというところか。


「容赦ないわねー。いきなり脳天ぶっ飛ばすとかさあ!」

『容赦のなさで言ったら、ぼくらも似たようなものじゃないか』

「だけどさー!」


 可愛い部下をやられてぷんぷんしているカーラスに、性格上ぶっきらぼうな口になるものの、トゥルーコーダも同意していた。

『彼』とターゲッティング能力の相性は極めて良好で、当作戦に失敗したとしてもまだまだ活躍してもらうつもりでいた。計算外の手痛い損失だ。

 見つかるはずがない位置、そして当たるはずのない距離だった。

 星海 ユナの狙撃能力はもはや、我々TSPの異能にも等しい域に到達している。そう結論せざるを得ない。


『こうなるかもしれないから、別にぼくに付き合ってくれなくてもよかったんだけどな』

「感謝しなさいよ。コーダ。あんたって情報戦ソフトじゃ無敵でも、現実戦ハードの方はからっきしなんだから」

『まあ……一応礼は言っておこう』

「素直じゃないよねー」


 呆れながらカーラスがほんのり口元を緩めたことに、画面の向こうのトゥルーコーダは気付かない。


「で、まんまと地下に逃げられちゃったわけですけど。これからどうするの?」

『あえて開けておいたのさ。彼女、袋の鼠だってことに気付いているのかな』



 ***



[1月20日 13時52分 東京メトロ半蔵門線]


「――て感じの算段を敵さんは描いているだろう。つまり両者合意含みの既定路線ってところだな」


 無人の地下街でディース=プレイガを力強く走らせながら、ユナはタクと通話している。

 営業停止の地下鉄は当然、電灯も消されていた。真っ暗闇の中を暗視スコープと肌感覚を頼りにバイクを進めているわけだ。


『路線をバカ走ってるだけにですか?』

「別に上手くないぞ。てか私だってやりたくてやってるんじゃないっつーの」


 時間の猶予さえあれば、地上から徒歩で進んでいくのが確実だった。だがそれでは手遅れになることは明白。

 彼女としてはリスクを承知の上で、用意された道に乗っかるしかなかったのだ。

 そして、彼女の優れた気力感知はとっくに知らせている。


 ホームにはもうたくさんの敵が潜んでいることを。


 改札口に差し掛かったユナは、器用にもウィリーを駆使して改札を乗り越えた。

 いよいよ階段を下ればホームだが、馬鹿正直に突っ込んでいけば一斉射撃を受けることは確実。

 ユナは戦闘民族ではあっても、フィジカルのごり押しで人を踏み倒せるような怪物ではない。

 だから頭を使う。無謀は避ける。

 彼女は【火薬庫マイバルカン】で即時に武器を持ち換えた。


《アクセス:バウンスシューターYS-Ⅶ》


 ユナスペシャル(特注仕様)の七番目が解放される。

 彼女は躊躇うことなくバイクを進め、ホームへ続く階段の一段目へタイヤを乗せたとき、息をするかのように六連射を放った。

 六発の弾丸は各々床の異なる地点に着弾し――あっさり外したかと思われたが、そうではなかった。

 接地した弾丸は跳ね返り、ベクトルを変える。そして一発の無駄もなく、正面から彼女を襲うべく待ち構えていた敵共の脳を吹き飛ばしてしまった。

 射線外からの奇襲。


 バウンスシューターYS-Ⅶとは、跳弾に特化した特殊な銃であった。高速で打ち出された弾丸が極めて跳ね返りやすい構造になっている。

 普通の人が使えばただの欠陥銃に過ぎない代物は、跳弾さえも完璧に計算して撃てるユナが扱えば超性能の室内武器へと化ける。

 まさしく彼女専用の銃と言えよう。


 複数の呻き声と急速に減衰する生命力反応を確かめたユナは、再びバトルライフルへ換装しつつ、王者の進撃を続けた。

 前輪がホームの平らな床に到達する。予め掃除をしておいたので、一斉射撃も来ない。

 目立ちたがりを始末すれば、残りは物陰に隠れ潜みながらこちらを狙う標準的な慎重者だった。そういう相手であれば、万が一も起きない。

 銃口をこちらへ向けた者を優先し、一人一人確実に始末していく。いざとなれば弾を避けることもできるが、なるべく撃たせる前にやるのが鉄則だ。

 だが臆する者まで無理に全員殺すことはしない。移動が優先である。

 本来なら電車が通る路線へと豪快に飛び出した。ドスンと重たい着地音を上げ、さらにバイクのエンジンは唸りを上げて加速する。

 敵たちはあっという間に置き去りにされていった。


 戦いに関しては祈ることしかできないタクは、リーダーが最初の窮地を切り抜けたのを見届けて、ひとまずほっと胸をなで下した。

 もちろん散々彼女の強さを見てきたので、信じてはいるのだが。一々やることが派手なので心臓に悪い。


『ほら。やっぱり危なかったじゃないですか』

「このくらいは楽勝よ」


 けらけらと笑うユナ。普通の人なら死地でもこの人にしたら朝飯前なところに、タクはこの世の不公平を感じた。


『この調子じゃ、位置とかもリアルタイムで把握されてるでしょうね。また仕掛けてきますよ』

「だろうね。能力者にはあんたみたいなのもいるわけだしさ」


 電脳を操るタクを知っているユナとしては、TSGの層の厚さを考えれば、確実に類似タイプの能力者がいると踏んでいた。

 そもそも、あまりにもタイミングが良過ぎるのだ。最初の仕掛けと言い、地下での準備の良さと言い。

 このときこの瞬間に来るとわかっている者の待ち構え方だった。


『世界中をハックした奴は確実にいますしね。状況は進んだようで、余計追い込まれてる気がするんですけど。マジで大丈夫っすか?』

「だから頼りにしてんのよ」

『僕をってことでいいんですよね?』

「もちろん。敵の策略を信じるか相棒を信じるかで言えば、そりゃあんたの力を信じるでしょ」

『……フッ。そう言われちゃあ男タクマ、一肌脱がないわけにはいかないっすね!』


「ちょろいな」と思ったユナであったが、やる気に燃えている相棒にあえて水を差すことはしない。実際何度も助けられている。

 彼の【知の摩天楼(インテリジェンス=スカイスクレーパー)】は、こと三分間に限って言えば最強レベルの情報能力だ。

 だからこそ使いどころが肝心。極力自力で対処し、ここぞというときで力になってもらう。

 それこそが鼠の活路であると彼女は直感し、頭の中で作戦を組み立てていた。


 さて、東京メトロ半蔵門線は、渋谷から国会議事堂までを最短ルートで結ぶ。

 渋谷駅を出れば表参道、青山一丁目と続き、その次が永田町である。

 単純計算であと三つ駅があり、つまりは三つ敵が大量配置されていると考えて間違いない。

 現在走っているトンネルは所々曲がり箇所があるが、走行自体は滞りなく快適だった。

 車両が通るには余分な隙間もほとんどない設計だが、バイクであれば十分余裕がある。


 彼女の駆るバイクは、表参道までの中間地点ほどに達していた。

 その頃には一つの懸念が杞憂であることを察し、彼女は内心ほっとしているところだった。

 今最悪なのは足がやられることだと考えていたのだ。


 なるほど。いつこのバイクも爆発させられるかひやひやしていたが、どうやらもうその手はできないらしい。

 やれるならとっくにやっているはずだからな。

 子供向けアニメの悪の組織じゃないんだ。初手だからと戦力を出し惜しみする奴はいない。むしろ最も確実性の高い作戦を遂行する。

 ということは、地上でぶっ倒した奴の中に当たりがいたんだろう。あそこで始末しておいてよかったな。


 とそこで、彼女の優れた眼は仕掛けられた罠を捉えた。


「暗闇に糸か。敵が大人しいと思ったら。姑息な真似するねえ」


 細い糸状のものが、どうやら一面に張り巡らされている。バイクの速度で突っ込めば肉体はバラバラになってしまうだろう。

 ピアノ線か高強度繊維の類だと見破ったユナは、虚空から右手に武器を取り出した。


《アクセス:リルスラッシュ》


 バイクを自動運転モードに切り替え、先端部から跳び立つ。

 慣性速度を乗せた細身が、華麗に宙を舞う。

 手にするは白銀の刃。それ自体は何の変哲もない、リルライト製の超合金ブレードである。

 そこへユナ自身の命の力が注がれる。

 見た目の変化はないが、気力を感じ取れる者ならば、淡い白色のオーラを帯びていくのがわかるだろう。

 広い宇宙には気剣のようなオーラ武器を作れる連中がいる。だがあまりに魔法に長けた彼女は相対的に気の扱いは不得手であり、その域には達していない。

 しかし物質に気力を纏わせることはでき、強度を高めることは可能。それならば人の領域の技術である。

 ユナが一度気を帯びさせたなら、どんなものであれ地上最強の剣になる。

 まして素材が高強度の合金であれば、鋼以上の強度を持った繊維の束をも一刀両断できるほどに。

 まるで紙を切るように障害物を斬り裂いたユナは、くるりと一回転してバイクに着地を決めた。


「ふう。手間かけさせるんじゃないよ」

『さらっととんでもないことしたっすね』


 タクの突っ込みを受けつつ、快速でバイクは進んでいく。

 今のところ、トンネル内で直接襲撃はない。糸の他にも爆弾等仕掛けの類はあったが、どれも事前に見破って処理できている。

 狙撃に優れる彼女に狭いトンネルでけしかけても遠くから撃破されるだけ。敵も無駄な戦力を消耗したくないということなのだろう。


 さて。そろそろ表参道駅のホームを横切る。

 やはりというか、そこにも敵は大量配置されていた。

 今度こそ飛び出た瞬間に一斉射撃をもらうだろう。 

 跳弾武器は既に知られている。同じ手を二度使えば、シールド等の対策を取られているかもしれない。

 そう考えたユナは、まったくやり方を変えることにした。


《アクセス:ロケットランチャーYS-Ⅴ》


 無骨な鈍色の弾頭が輝く。ユナスペシャルのNo.5が火を噴くときが来た。

 なんてことはない、超威力のロケランである。

 構造上低反動ではあるものの、威力を追求したためにかなりの重量がある。

 バイクに乗りながら平気で立ち撃ちできるのは、やはりユナくらいのものであった。


「寒い中群れてぬくぬくお過ごしの皆さん。素敵なプレゼントをくれてやるよ」


 パワーイズジャスティス。

 日本という国で絶対にしてはいけない感じの盛大な爆発が、すべてを豪快に吹き飛ばした。

 時刻表を貼り付けた柱は崩れ落ち、壁は一瞬で砕け、焦げ付き、表参道の蛍光看板も粉々に消し飛んだ。

 スプリンクラーが噴出し、まるで泣いているようだ。

 当然、敵に生存者などいない。


「よし」


 事もなげに頷くユナの裏で、タクはほとんど泣き叫んでいた。


『うわああああああ!? またなんてもんいきなりぶっ放してくれてんですかぁ!?』

「ちゃんと天井崩れないように計算して撃ったから大丈夫だって」

『そういう問題かなあぁぁ!?』


 盛大に頭を抱えまくっているタクは、ついに壊れたのか、ぶつぶつと独り言を始めた。


『ああ……始末書増える……仕事増える……謝罪行脚増える……』

「別にさあ、全部あいつらがやったことにすればいいじゃん」

『しれっと妙なこと言うのやめて下さいよぉ!』


 表参道はクリア。残りは二駅だが、このまま順調に行けるかどうか。

 一抹の心配はあるものの。

 とりあえず派手に敵を吹っ飛ばしてちょっとだけスカッとしたユナは、不敵に笑った。


「想定が甘いのよ。私を殺したかったら核兵器でもぶつけるか、フェバルでも連れてくるんだな」



 ***



[1月20日 13時58分 東京都内某所]


 表参道駅でロケットランシャーが炸裂した様を見せつけられ、カーラスとトゥルーコーダは……目が点になっていた。


「うわぁ……」『おう……』


 もちろん自分たちにも自分たちなりの正義があるわけだが。世間一般で悪とされているもの。

 これじゃどっちが正義の味方かわかったものではない。

 やがて我に返ったカーラスは、仲間を殺された憤りよりもどっと呆れが上回ったようだった。


『私が言うのもなんだけどさー、無茶苦茶するね。ドン引きしちゃった」

『……あの女、頭のネジ外れてんの?』


 まったくイカれている。

 さすが『炎の男』が宿敵と認めるだけのことはあるな、と二人は改めて気を引き締めた。


「で、決意はできたのかしら?」

『ああ。本当はもっとスマートにやりたかったけど。そっちがそうなら、こっちにもやり方があるってところを見せてやるよ』


 被害規模もなりふり構ってはいられない。トゥルーコーダ本気の第二攻勢が始まろうとしていた。

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