14「東京決戦 4」
[1月20日 13時23分 東京23区外]
「よしよし。いざというときは頼むぞ」
よもや出番があるかと荷台に載せた愛機のバイクを撫でつつ、ユナはにやりとした。
彼女の愛機は名をディース=プレイガという。惑星エストティア原産の最高級バイクであり、リルライト製でとにかく頑丈なのが売りである。
リルライトとは、かつて彼女の友人ルイス・バジェットが開発したエストティア最強の合金だ。リルナという特殊機体のために開発され、汎用の合金よりも数段上の強靭性を誇るが、極めて生産コストが高い。ディース=プレイガは、そんなものを惜しみなく使った逸品なのだ。
ただし、量産機に付属するブロウシールドや飛行機能はオミットされている。動力も量産機は電力だが、これは石油で動くようになっている。最初から地球での運用が考慮されたためだ。
色々と許容性の低い地球では、バイクのような飛行に適さない車体を安全に飛ばすことがそもそも難しい。風や弾丸をバリアで防ぐブロウシールドもろくに機能しない。何より不自然に目立ってしまう。諸々を考慮し、地球で自然に使えることが最重視された結果だった。
それでも銃弾程度であれば容易く弾き、非摩耗性タイヤもパンクとは無縁の優れた耐久性を持つ。命を預けるに相応しい名機には変わらず、彼女も重宝していた。
「何にやにやしてるんですか」
軍用車の運転役を務めることになった浅間 ケイゴが呆れている。
相変わらず、これから死地に向かおうとは思えない余裕だと彼は思う。
「浅間君にはこいつのロマンがわからないかな」
ユナは単にバイクのことを言われたと思ったのか、わざとらしくおどけて笑った。
「やれやれ。行きますよ」
「運転しっかりね」
地上最強の主婦は荷台に立ち、【火薬庫】からいつもの武器を取り出す。
《アクセス:バトルライフルYS-Ⅱ》
彼女を乗せた軍用車は、23区内を目指して急発進していった。
***
[1月20日 13時47分 東京都内]
都内は炎上し、あちこちアスファルトが捲れている。建物は傷つき、倒壊したものもある。窓ガラスなどが散乱し――要するに魔境と化していた。
戦車や特殊車両が街中を闊歩し、ヤクザ者たちと交戦を繰り広げている。
様子がおかしいのは、一部の警察や軍隊が味方を攻撃していることだった。
時折飛んでくる流れ弾から身を伏せつつ、ユナは通信でタクに尋ねた。
「どうなってる? なんで味方同士までドンパチやってんの」
『どうやら警察や軍隊の中に内通者がいるようで。あと様子が普通じゃないのもいるみたいっす。操られてるんですかね』
「そいつは厄介だな」
攻撃に巻き込まれないよう、渋谷道玄坂付近まで慎重に車を進めた二人であったが。
とうとう右も左も激戦区となり、車両の押し通る隙間もない。にっちもさっちもいかなくなってしまった。
ケイゴはたまらず通信機を取り出し、後方のユナに伝えた。
『どうします? どこも通れませんよ』
『うーむ。本格的に通行止め食らってるんじゃしょうがないね』
わずかに思案し、ユナは素早く決断した。
『わかった。どっか適当なところで降ろして帰っていいぞ。後は私の方で何とかする』
『何とかするって言ってもですね。バイクでも状況変わらないと思いますけど。余計危なくないですか?』
『心配ごもっとも。でもま、色々やりようはあんのよ。私を信じろ』
『はあ。あなたって人は。わかりましたよ』
ケイゴは呆れるが、彼女が眩しくもあった。
いつも自信満々に言い切るものだから、本当に何とかなる気がしてしまう。実際この人はどんな困難に思われたミッションでも果たしてきたのだ。
ユナの変わらぬ前向きさに張り詰めていた緊張がほんのり和らいだ――そのときだった。
『おい。今すぐブレーキ踏め! 飛び降り――くっそ!』
荷台から一つの影が飛び出す。
紛れもなくユナの駆るディース=プレイガである。走行中にも関わらず急発進させていた。
そして直後――彼女を乗せていた特殊車両は爆発炎上した。
爆発に煽られ、荒ぶる機体を空中でどうにか制御し、地面への激突を避けるユナ。
前のめりにタイヤが接地した瞬間、暴れる車輪をいなしつつ、ドリフトをかけて停車する。
すぐに振り返って叫ぶ。
「おい、ケイゴ! ケイ――」
はっとして言葉を失う。
生命反応が消え失せている。燃え盛る車両の中、即死したであろうことを嫌でも悟ってしまったのだ。
「ちっくしょう! 間に合わなかったっ!」
バイクのハンドルを力任せに殴りつけ、ユナは怒りに身を震わせた。
原因の特定まではできなかったが、エンジン音のわずかな違和感を感じ取っていた。
外からの攻撃――特に爆弾の類には十分気を付けていた。こちらを狙う銃火器にも十分気を配っていた。
ならばそれ以外によるもの。能力による攻撃。しかも車両を直接狙ったものだ。
わかっていた。なのに!
攻撃自体に気付くことはできても、わずかな猶予ではどうにもならなかった。
まただ。自分以外を助けることができなかった……!
大きく溜息を吐いたユナは、自分の頭を一発ぶん殴った。
それで強引に頭を冷やしたのだ。
「どうして人ってのはこう、あっさり死んでしまうんだろうね」
無常感の満ちた言葉を発しながら、悔しさを押し殺すように歯ぎしりする。
こんなことは初めてじゃない。何度もあった。
数多の戦い。ただの人という弱者の中で、『いくらかやれる』程度の自分ばかりが運良く生き残った。
まったく不公平な話だ。人はあまりに脆く、奴らは強過ぎる。
「悪い。こんなことになるんなら、連れてくるんじゃなかった」
ぽつりと呟き、ノールックで携えていたバトルライフルを右方へ伸ばす。
そして容赦なく引き金を引くと、一発の銃声が鳴り響いた。
彼女には直接見えていないが、気配は視えている。
それは過たず、TSPの一人をヘッドショットでぶっ飛ばしていた。
さらに二度、三度と続け様に引き金を引くと、すべての攻撃者は血しぶきを上げて殲滅される。
一度尻尾を出した殺気を見逃してやるほど、彼女は甘くはなかった。
追加の攻撃が飛んでこないことを確認し、ユナは無感動に呟く。
「仇は取ったぞ。こんなことで浮かばれるものでもないけどね……残った家族への保障は任せろ。だからゆっくり休めよ」
それから、無線を取り出してタクへ連絡する。
「ケイゴが死んだ」
『え!? ケイゴさんが!?』
通信機越しでも動揺が広がっているのが彼女にはよくわかった。
無理もない。自分だってつらい。
「タク。あいつには本当にすまないんだが、悲しんでる暇はないんだ。ここは戦地のど真ん中だもの。サポート頼む」
『そ、それはもちろん! でもどうするんです? 調べましたけど、国会まではどこの道も封鎖されてて。ユナさんなら歩きでもいけるでしょうが、それだと時間がかかり過ぎて――』
「いいや。道ならあるさ。電車は止まっている。でしょ?」
不適に微笑んだユナは、それだけ言うと再びバイクを急発進させる。
最も近くにあった地下鉄の入口に向かっていく反応を、タク愛用のモニターがしかと捉えていた。
当然、そこは人が歩いて向かう場所であって、断じてバイクを爆走させるような場所ではない。
地図なき道を突き進むからナビゲートよろしく。この人はそう言っているのだった。
『ああーーっ!? また無茶始めたぞこの人ーーー!』
頭を抱え叫ぶタクの音声を肴に、ユナの操るバイクはガリガリと階段をホームへ下っていった。




