8「ユウのTSP疑惑」
[12月3日~12月24日]
地方都市にはあまり手が回らないのか、小規模の事件が散発するに留まっていたが、東京は連日発生する爆破炎上テロと、それを迎え撃つQWERTYおよび自衛隊+警察とのいたちごっことなっていた。
12月2日、星海 ユナの関与が判明した段階で、TSGは明らかにやり方を変えた。
失敗することを前提に、TSPを極力温存した『捨て駒』による同時多地点攻撃へと舵を切ったのだ。
彼女の身は一つであるため、確実に一か所を潰せても、他での被害をすべて防ぐことは残念ながら不可能だ。
駅やバスなどから上がる火の手を、報道される悲報をもどかしく睨む日が続いた。
それでもユナは連日出動し、単独にして追加で四名のTSPと三十五名の『捨て駒』を倒す活躍を見せる。
だが依然として『炎の男』の尻尾は掴めず。アレクセイが爆破炎上効果を付与した対象は捕捉できても、彼自身は能力を使っている瞬間でなければ検知できないのが厄介だった。
また、通常兵器を用いた多くの未遂や、一部模倣犯が現れたことも特筆すべきことだろう。
ただ物理的な爆弾などであれば、警察が事前に発見し、自衛隊と連携して犯行を阻止することは可能だった。おかげでQWERTYは対TSPに集中できたのである。
一連の事件の影響は極めて大きい。
まず主要駅の大半が損壊し、首都高速道路も破壊。交通機関は完全に麻痺してしまった。
生活インフラも狙われ、断水や停電も局所的に発生している。
だが日本は死ななかった。
かつてあのウイルスが全世界で蔓延したときの経験が活きた。在宅勤務主導に切り替え、経済を回し続けたのだ。
『明日からまた家で働くことになったよ』と、苦笑いで伝えるシュウの声を聞いたのは、ユナにとっても記憶に新しい。
またこの変化は、副次的な効果をもたらした。
都心からごっそり人が減ったことで、警備の面では非常に容易になったのだ。
12月初頭に比べれば、明らかにテロの阻止率が上がってきている。
こうして人のまばらとなった首都市街地を舞台に、睨み合いと小競り合いが続いているのが現状である。
***
[12月24日 10時05分 QWERTY本部]
メインルームの巨大モニターは、あちこちのカメラから美麗なイルミネーションを映していた。
連日悲惨な事件が勃発しているにも関わらず世間はクリスマスムードで、人間社会のある種の無関心さを感じさせる。
さすがに現地の人出が足りないのか、飾り付けの数は例年よりもずっと少ないようだが。
タクとユナは、コーヒー片手にその光景を眺めていた。
「これがあと数日もすれば門松に変わるんだから、日本って変な国ですよね」
「確かにね」
商魂逞しいというか、何だかんだ回っていく社会の力強さというか。
一応の均衡を保てているのは、何より自分たちや警察組織が活躍しているおかげでもあるが。
「まさかあのウイルスでぐだぐだやってたのが、こんなときに活きてくるなんてねえ」
「おかげでこっちはやりやすいですけども。監視体制もサイクルで回せるようになってきましたし」
「私は奴らが『聖なる夜に血の贈り物を!』とかやりかねないから、全然気が抜けないわ」
「隣の誰かさんに聞きましたけど、人には頑張りどきってのがあるみたいですよ」
「言うねえ。でもタクあんたは、寝れるときに寝ときなよ? ただでさえ無理しがちなんだから」
「へいへい。わかってますよユナの旦那」
「ほんとにわかってるー?」
空返事に窺うような素振りを彼女が見せていると、自動扉が開いて二人の人物が入ってきた。
ユウとクリアハートだ。
よもや子供に見せられないような映像はないか、とタクは一応目を配るが、問題なし。
メインルームなど最高機密で、普段なら絶対に入れないところなのだが。
今回ばかりは軟禁も長期化してしまったため、特別措置をとっていた。
親が近くにいるのにずっと会えないのも酷な話だ。ユウが会いたがったときにはクリアから連絡を入れさせ、大丈夫な場合は入れるようにしていた。
細かいことの意味は小さな子供にはわからないだろう、と高をくくっている部分もある。隊員たちもユウの天真爛漫さには癒されており、図らずもセラピー効果があった。
「おかあさーん」
手を振りつつ足元に縋り寄ってきた我が子を、ユナはよしよしと撫でた。
「ちゃんといいこにしてたかい」
「うん。クリアおねえちゃんといいこしてたよ」
クリアハート隊員が「ミッションは順調です」と言いたげな顔をしているので、ユナはウインクしておいた。
思えば昔はクリアがこのポジションだったな、と懐かしく思いながら。
さて、小さな彼の中にはこだわりの順番があるらしく。まず母親に存分に甘えてから、隣のタク”おにいちゃん”に向かう。
「タクおにいちゃんだっこ」
「よしこい!」
コーヒーカップを置き、全身全力でおいでを構えるタクに、ユウは笑顔で飛び込んだ。
「ほーら高い高いだぞー」
愛しさから頬ずりしてやると、ユウは大いに喜ぶのだ。
「あははは! おひげジョリジョリする~」
「ふはははは! これは名誉の無精ひげなのだ~!」
「タクおにいちゃんふけつー」
「なんだと~! そんなこと言う子にはこうだ。うりゃうりゃ!」
「きゃー!」
きゃっきゃするユウに、母は目元を緩める。
「ふふ。お父さんはおひげ生えないもんね」
童顔体質のシュウにはできない遊びだ。彼は髭剃り要らずだった。
星海家も代々童顔家系なので、つまりユウは童顔サラブレッドなのだ。
この子も将来、小僧に見られて苦労することになるのだろうか。自分は圧で黙らせてきたが。
ふと、一人寂しく在宅PCに向かう夫を想像する。
ほんとなら一番ユウを抱きたいだろうに。可哀想だから近く差し入れとキスのプレゼントでもしてやるか、とユナは決意する。
すると、ユウが彼女に振り向いて言った。
「きょうね。クリアおねえちゃんとアリサおねえさんとね、おでかけするんだよ。けんさ? なんだって」
「あー……そういや今日だったね。気を付けて行っておいで」
「うん!」
外に行かせるのは心配だけど、アリサに任せておけば問題ないか、と彼女が考えていると、件の人物も入室してきた。
「おっつユナっち」
「おっつアリサん」
いつの間にかユウの取り合いっこを始めたタクとクリアを尻目に、アリサはユナに耳打ちする。
「あの子たちのことは任せといて。ちゃんと子守りするからさ」
「頼むよ。でもさあ。何もこんなときに、呑気に検査なんてしなくたっていいだろうに」
「こんなときだからこそじゃない? TSPへの世間の心証はそりゃもう最悪になってるし」
そう言われるとぐうの音も出ないのだが。ユナはむぐぐ、とあからさまなしかめ面で堪えていた。
暴力戦闘女と呼ばれても人の親。愛する我が子のことではまったく冷静ではいられないらしい。
そんな彼女を気遣うように肩を叩きつつ、アリサは言った。
「前から薄々そんな気はしてたけど。やっぱあの子、あなたと同じで天与の才があるのよ」
「うーん。親心としては全力で見過ごしたいとこなんだけども。さすがにそうも言ってられなくなっちゃったしなあ」
仮にTSP認定されると、日本では毎月の厳しい検査と経過観察義務が生じることとなる。
QWERTYメンバーのほとんどは特例として免除されているが、未成年であるクリアハートは免除対象外である。
今回から、そこに小さなユウが加わることになりそうな気配だ。
TSPは当然管理名簿にも登録される。まったく普通の人生は歩めなくなるだろう。
頭では理屈はわかっている。能力の暴走や事件は、未成年の時期が最も多いのだから。
管理保護を体現した決まりなのだと、わかってはいる。
ただ我が子の自由と幸せを思うと、実に複雑な気分なのだが。
「あんなの見てしまったらねえ……」
***
[12月15日 QWERTY本部]
お仕事中のタクの背中に、虫のように引っ付いていたユウが発した、何気ない一言が発端だった。
『ねえねえおかあさん。ここと、ここと、ここ。すごくわるいひといるよ』
『『!?』』
隊員一同、凍り付いた。
なんとユウ。PC画面地図上の三点を指さし、あっけらかんと答えてみせたのだ。
タクが体力と精神を削って【知の摩天楼(インテリジェンス=スカイスクレーパー)】を駆使し、ようやく突き止めたものを――ピンポイントで。
『ユウ。どうしてそんなことがわかるの?』
思わず凄んだ母に肩を掴まれ、問い詰められて。
『えっと……。なんとなく?』
ユウは忙しく目を泳がせながら、きょとんと首を傾げて答えた。
『おいおいおいおい。まてまてまてまて』
『さすが、我が弟』
タクは盛大に頭を抱え、クリアはなぜか我が事のように得意気だった。
『うちの子、天才かよ……。いや、素直に喜んでもられないっての』
前々から、確かに傾向はあったのだ。
人や動物の気持ちがわかるのだと、素直なユウは何度も口にしていた。
なぜか怪我した子猫を拾ってきたり。どこからか迷子を見つけてきたり。Gの隠れ場所を言い当てたり(もちろん全力で駆除した。ユウは泣いた)。
新宿駅のテロで疑惑がほぼ確信に変わっていたところに、これか。
大人の部分で、ユナはどうしても考えざるを得なかった。
もし人の悪意がわかるのなら。全員のリソースをギリギリまで割き、タクが身を削ってまで辛うじて対処しているテロリストを未然に言い当てられるとしたら。
対TSG捜査の――リーサルウェポンにもなり得るのではないか。
『あと、ここ? あ、わかんなくなっちゃった』
『どしたの……?』
難しい顔をしているユナの横で、クリアがユウの目を覗き込みながら尋ねる。
『あのね。こえって、いっぱいいーっぱいなの。ひともどうぶつもしょくぶつもみんないるから。すぐまざってね、よくわかんなくなっちゃうんだ』
『そうなのかー』
『うん。そうなの。でもね、クリアおねえちゃんのやさしいこえはずっときこえるよ!』
『……! よしよし。愛してる』
『えへへ』
……さすがにまだ、意識的かつ安定的に使えるわけではないのか。
ほっとする。残念に思うべきなのかもしれないが、ユナは心底安心していた。
いくら能力が優れているからといって、子供を大人の戦いに巻き込んでいいものじゃない。ましてや自分の子だぞ。
そんなユナの機微を察したのか、タクは彼女の肩に手を置いて囁いた。
『ユナさん。僕のことはいくらでもこき使ってくれていいんすよ。あの子を戦場に関わらせるべきじゃない。そんな世界は、TSGが言うまでもなく、間違っている』
『……そうね。ありがとタク』
『まさか素直にお礼言われるなんて。明日は雪でも降るのかなあー』
ゴン、と小気味良いユナのげんこつが響いた。




