表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
二つの世界と二つの身体

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

511/711

エピローグ3「それぞれの胸の中で」

 再び日常が訪れ、次第に学校や会社も再開していた。


 狭いアパートの一室に、中年の男、ダイゴの声が響く。


「おい。忘れ物はないか。あとも少し急げ。初っ端から遅刻じゃしまらねえぞ」

「えーっと。あれ、あれ? どこだったかな?」


 微妙に寝ぐせが残ったままのシェリーは、慌てて本の山をひっくり返していた。

 勉強熱心なのはいいが、整頓がおざなりになる悪癖があるようだ。


「だから昨日のうちに準備しとけって言ったじゃねえか」

「わああ! すみません! ほんと、どこいっちゃったんだろう?」

「ほれ。こいつじゃないのか?」

「あ、それですっ!」


 崩れた本の山から一冊を目敏く選び取って、差し渡す。

 まさに彼女が探し求めていたものだった。

 実はダイゴは、昨日のうちにこっそり時間割を見て、必要なものを把握していたのだ。


「くっく。案外そそっかしいな。シェリーも」

「えへへ。実は昔っからそうで。ありがとうございます。ダイゴさん」

「おう」

「そして、こうして私を学校に行けるようにしてくれて、本当にありがとうございます」

「……ふん」


 二人が一緒に暮らしているのには、理由がある。

 彼女の家が全壊していたところから、話は始まった。

 さらに運の悪いことには、彼女の財産を預けていた銀行が、物理的に吹き飛んでしまっていたのである。

 元々両親を夢想病で失い、身寄りのなかった彼女は。生活の基盤さえも破壊されて、途方に暮れていた。

 そんなシェリーの窮状を知ったダイゴは、これも縁だと彼女の身柄を引き受けて。

 今は二人で狭い部屋に暮らしているのだ。

 なし崩し的に奇妙な共同生活が始まってしまったわけであるが。

 彼には一人暮らしで無駄に蓄えがあったことが幸いし、つつがなく生活を送れている。


 もちろん、彼とて自制は心得ている。

 娘ほど年下の子に間違いなど起こす気もなく、本当に娘のように思っていた。

 彼女もそんな彼だからこそ、心から信頼し、身を預けているのだ。


「礼はいいさ。立派な医者になるんだろう。しっかり勉強してこいよ」

「はい。ダイゴさんも、お仕事頑張って下さいね」

「……おう。そうだな」

「じゃあ、行ってきますっ!」

「気を付けてな」


 元気な年頃の娘を送り出したダイゴは、うんと伸びをして、自分も出社の準備を始める。

 髭を剃りながら、彼は独り言ちていた。


「学校行って、会社行って。平和な日常ってのは――いいもんだな」


 かつて退屈な日常に絶望していた男は、もういない。

 今、男は平和であることに至上の幸せを感じている。

 ぴしりと白モップを着込み、市民を示す銀バッジを胸につけて。

 意気揚々と扉を開けた。


「さあてと。俺も俺なりに一丁、頑張ってみるか」


 世界が大変なことになって。自分もあと一歩で死にかけた。


 一つ、わかったことがある。


 人には、それぞれの人生の課題がある。それぞれの困難がある。

 苦しいこと。つらいこと。どうにもならないこと。

 そりゃあもうたくさんある。数え切れないほどある。


 この事件で、救われなかった運のない連中だって……たくさんいる。

 俺が明日から、世界を救えるわけじゃない。いきなり金持ちになったりもしない。

 どんなに綺麗ごと並べたって。この事実は変わらねえ。


 だがな。


 それでも命の続く限り、できることはある。

 どんなに小さくても、この手に届くものはきっとあるのだ。

 

 そう信じることが。


 人それぞれの運命に対して、己の意志をもって懸命に立ち向かうならば――。

 誰もがきっと、小さな英雄になれるのだろう。


 青い空を見上げて、ダイゴはしみじみと呟く。


「なあ。そうだよな――ユウ」


 ――ほとんどの人は、決して知ることはないだろう。


 言ったとして、決して信じることはないだろう。


 公式には、ダイラー星系列が解決したことになっているあの事件の顛末を。

 民衆には、ラナの奇跡と信じられている――あの青き虹の光を。その正体を。


 あれが本当は、誰だったのかを。誰の優しさだったのかを。


 ダイゴは――フウガは、知っている。



 彼は最後まで大きく出世することはなかったが、その熱心で誠実な働きぶりは次第に多くの人に認められた。

 彼が退職するときには、たいそう惜しまれたという。

 また、娘のような年頃の娘と積極的にボランティア活動などをする姿が、たびたび目撃されていたそうだ。


 やがて娘は結婚し、立派な医者になり。幸せな家庭を築き――。


 彼は子供たちに「おじいちゃん」と弄られながら、近隣の住民にも慕われ。

 人生をまっとうするときまで、幸せに暮らしたという。



 ***



 エインアークスの全面支援を受けて、着々と進められた夢の翼『アーマフェイン』プロジェクトは。

 ついに実用化の段階にまでこぎ着けていた。


 自在に空を駆ける金属製の機体を見上げて、歓喜に湧くスタッフたち。

 彼らに混じり、プロジェクト責任者アイリン・バッカードは、得意気に鼻を鳴らした。


「ダイラー星系列とやらのとんでも兵器には、さすがに度肝抜かされたけどな。へへ。こいつは立派なトレヴァーク産ってやつだぜ」


 幼き日の夢に描いていたそのままのような飛空艇ではないが。

 地球で言うところのヘリコプターに似た形状のその乗り物は、世界の距離を一気に縮める期待がほぼ確実視されている。


 ――なあ。見てるか兄貴。


 これからこの夢の翼が、数え切れないほど多くの人を救うんだぜ? わくわくするだろ?


 ダイラー星系列による初期復興はなされたものの。

 彼らが去った今も、まだまだ世界各地には救援を求めている者たちがいる。

 本格的な復興へ向けて。空という新たな移動手段が生まれることの恩恵は、計り知れない。


「そうだ。あいつにもちゃんと礼、言いたかったな……」


 アイリンは、一人の頼りなさそうな見た目の青年を想い、寂しげに目を細めた。


 このプロジェクトを実現にまでこぎ着けた立役者。

 兄を除いて、最も感謝する人間の一人。

 世界が滅茶苦茶になってしまってから、連絡の一つも付かないままである。

 今はどこにいるかも、果たして生きているかも彼女にはわからない。


 だが、きっとどこかの空の下で。

 あのお節介な優しさで、誰かを助けている。

 絶対そうに違いないのだと。


 わざわざ夢の中にまで出てくれやがったのだ。くたばるわけがない。

 アイリンは、そう信じている。


 だからあの人に負けないように。自分もできることをするのだ。



 ***



 この日は、ニコの八回忌だった。

 彼女の写真の前で、親子三人が仲良く祈りを捧げている。


 未だ記憶に新しい化け物の襲撃。

 死者は街の八割にも及び、隣の家の者たちも皆殺しにされてしまったという。

 すぐ側を悪魔が襲っていたのだ。

 自分たちが襲われずに助かったことは、奇跡的なことだった。


 巷に流れる噂話でしかないが。

 かの大災厄の日では、生きることを諦め、絶望した者から次々と命を落としていったという。

 本当かどうかはわからない。だが妙に真実味のある話のように思われた。


 両親は、考えていた。

 自分たちがあの日、助かったのは。生きる気持ちを強く持てたのは。

 ――ニコがずっと、天国から励ましてくれていたからではないかと。

 何度も命を諦めようかと思ったとき。

「まだこっちへ来ちゃダメ」という強い声が、しきりに聞こえていたような気がしたのだ。


 夢だったのかもしれない。幻だったのかもしれない。

 それでも、信じたいのだ。


 そして、姉が助けてくれたことを「知っている」マコは。

 祈りとともに、感謝の言葉をたくさん述べると。

 両親へ振り返って、いっぱいの笑顔で宣言した。


「マコね。将来ね、このお店、かわいいものでいっぱいの雑貨屋さんにする! でね、ニコお姉ちゃんみたいに、優しくて素敵な店長さんになるの!」

「そうか……いいな」

「素敵な夢ね。マコならきっと……きっと。強くて優しいお姉ちゃんみたいになれるわよ」

「うん。だって――最後に、約束したもんね」


 今は小さなマコも、時が経つにつれて立派に成長していくだろう。

 やがて記憶は遠ざかり。純粋な幼心も、いつかは少女のまま生を終えてしまった姉よりも大人びて。

 今ははっきり覚えている姉の姿も、そのときには薄れてしまうかもしれない。

 いくらか忘れてしまうことがあるかもしれない。


 人は、忘れてしまう生き物だから。


 それでも。確かなことがある。残り続けるものはある。


 ニザリーは……ニコは、確かに家族を守ったのだ。


 そして確かに、三人の心へと想いは届いていたのだ。


 新たな人生の活力、夢となって。

 彼女は、家族の中でずっと生き続けていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ