308「想剣フォースレイダー」
アニエスに連絡を取り、俺とユイは、彼女と三人だけで再び浮遊城ラヴァークに向かった。
他のみんなは、俺たちに一言二言かけた後はトリグラーブへ帰り、今はまたそれぞれのできることをしている。
「いよいよなんですね……」
「「うん」」
アニエスの憂いを隠せない、しかしどこか感極まった様子に。
俺たちはしっかりと頷く。
バルコニーへ進んでいくと、ラナさんは変わらずそこで佇んでいた。
俺は決意をもって、彼女へ告げる。
「最後の依頼を受けに来ました。トレインを斬り、ラナソールを終わらせるために」
「私も一緒にやるために来ました。ユウを支えて、ラナソールを終わらせるために」
「そうですか……」
ラナさんは「ついにこの日が来てしまったか」という哀しみを垣間見せたが。
こちらの哀しい決意にぐっと息を呑み、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。本当に……本当につらい決断だったでしょう。私などでは、とても推し量ることができないほどに」
「正直言うと。今ここに来ても、どうしても納得できない自分がいるんです」
「そう、ですよね……。ごめんなさい。それしか言えなくて……」
「いいえ。責める気持ちはないんです。素敵な世界を終わらせたくなかった想い。俺たちには、痛いほどわかります」
すべては、彼女とトレインが無理を続けてしまったことから始まったこと。
けれど、今の今まで終わらせる覚悟が持てなかった俺たちには。この二人を責める資格などない。
優し過ぎる理想から始まった、誰も悪くない、ただただどうしようもない悲劇。
「もう終わらせることのできないあなたに代わって、俺たちにしかできないことだから……」
「だからやる。それだけですよ」
「ユウさん。ユイさん……」
それに。
「いつまでも夢が続いてしまったことは、宇宙全体から見れば危険なことだったには違いありません。けれど、この日まで続いてくれたから、俺たちはラナソールのみんなに会うことができた。あの黄金のような楽しかった日々までが嘘偽りだなんてことは、決してありません」
思い出は、夢は。いつまでも胸に残り続けて。
現実に生きる者を支え続ける。
「本当に楽しかった」
「楽しい夢を、素敵な出会いを。ありがとうございました」
ラナさんは感極まり、涙ぐんでいた。
「そうですね……。とても……楽しかった。あれだけ多くの人に愛される世界を創れたことは、幸せでした。後のことは、どうかよろしくお願いします……」
出会いがあれば、別れもある。それがフェバルの必然。
今回は最もつらい形で、終わらせてしまうことになるけれど。
俺は、折れて柄だけになった聖剣フォースレイダーを高く掲げた。
ユイが隣に立ち、一緒に柄を持って支える。
みすぼらしい姿をしていても、想いを司るこの英雄の剣は、力強い輝きを称えている。
それが形となるのを、待ち望むかのように。
ラナさんは、懐かしき聖剣を見つめて。愛おしそうに目を細める。
そうして、しばし思いに耽り――彼女もようやく覚悟を固めていた。
「今からやることを、お伝えしますね」
「「はい」」
「あなたたちは、私と同じトランスソウルの力を持っています。対象の魂、それをそれたらしめるもの――すなわち、本源を斬るその力を」
この場には、三人の「心を司る」能力者が揃っている。
ただし。
「俺たちの力だけでは、到底足りませんよね」
「ええ。ですから……トレヴァークに生きる人々や、夢想病に苦しめられる人々の『生きたい』という想い。ラナソールに生きる人々が、あなたたちに抱く様々な想い。そして既に亡くなり、悪夢の世界に囚われたままの者たちの『救われたい』という願い。総勢70億にも達する想いを、すべて束ねることができたなら……おそらくは」
「70億……」
ユイが唾を呑む。
今までとはスケールがまったく違う。
ヴィッターヴァイツと戦ったときですら、数十万人というレベルだった。
いくら覚悟を決めていたとしても。
俺たちの身に直接宿すならば、たちまち自我は崩壊してしまうだろう。
けれど。
「人の身では、それほどに膨大な想いを支えることなど。到底できません」
「でも今ここには、想いを宿す『理想の』器たる聖剣フォースレイダーがあります」
「俺たちの総力と、聖剣という器でもって。想いを現実の形にすることができたなら」
「はい。世界を斬る剣。さしずめ――想剣フォースレイダー、でしょうか」
「……やりましょう」
ユイの一言で。締められた。
俺とユイは、掲げた剣をしっかりと支える。
ラナさんは剣へ向けて、手をかざして。
三人による共同作業が始まった。
二つの世界と、一つの狭間から、膨大な人々の想いが剣へと流れ込んでいく。
莫大な想いの奔流に、気を抜くと簡単に自我が吹き飛ばされそうになる。
『くっ……!』
『負けないで。みんなと約束したんでしょ!』
『ああ。そうだ!』
みんなと。ランドとシルヴィアと、約束したんだ。
こんなところで、負けてなんかいられるか――!
一心になって、暴れ狂う力を制御しようと心を強く持ち続ける。
聖剣という器があるだけ、そこにさえ意識を集中すれば。
想いをまとめるのは、何もないのに比べれば幾分かは楽だった。
やがて、すべてが一本に収束したとき――。
「戻った……」
『帰ってきた……』
ラナソールに降り立ってから、ずっと二つに分かれていた俺たちは――。
気が付けば、一つの身体に戻っていた。
俺たちの想いの力が、ついに世界を織りなすラナとトレインの異常な力を上回ったということなのだろうか。
そして――。
70億の荒れ狂う想いの奔流が、すべて一つに束ねられ。結実したその刃は――。
まるで生命の源たる海のように。穏やかでいて、苛烈さを秘め。
青く――青く、透き通る輝きを放っていた。
ジルフさんですら、完成させることのできなかった――深青の剣。
それを今、俺たちは手にしていたのだ。
これは……この剣は――まさか。
遅まきながら、ようやくおおよそのことを悟り。
振り返ったときには――いつの間にか、アニエスの姿は消えていた。
『あたしは……はい。一人だけ知っています。この宇宙にただ一人――この世の何よりも厳しくて、そして優しい力を持つその人を』
『その人は……本当に強くて、優しくて、でもちょっと抜けてて。ただ、時々……どこか寂しそうでした。この力は、誰かを確実に『終わらせてしまう』からだと。どんなに悪い奴が相手でも、終わらせてしまうことはやっぱり心が痛むんだって』
『でも同時に、これは自分にしかできないことだからとも言ってました。この力が終わりある人を助け、また終わらない者たちに終わりをもたらすことは一つの救いでもあるから、と』
心の剣。
優しさと――誰かを『終わらせる』覚悟を持たなければ、決して手にすることのできない力。
「そうか……そうだったのか……」
君はきっと、このために。
ここまで俺たちを連れてきてくれたのだろう。
そしてもう、俺たちの前に姿を現すことはないのだろう。
何となくだけど、わかってしまった。
『ありがとう。アニエス』
『うん……。ありがとう。アニエス』
未来のことは、わからないけれど。
この先も無事でいられたら――いつかきっと、また会おう。
そのときまで、もっとずっと。強くなってみせるから。
俺とユイは、この想いと力を貸してくれたみんなに感謝の祈りを捧げながら、少しだけ感触を確かめていた。
ヴィッターヴァイツと戦ったときに一瞬だけ出せた、青白いオーラを常に纏っている。
剣に宿る想いの力によって、違う質にまで高められたものだろう。
たくさんの想いを受け取ったのに。不思議と力は穏やかで、落ち着いている。
まるで見かけだけは、俺一人分と変わらないほどに。
変な感じだ。すごく。
けれど今なら――やれそうな気がする。
いや、やり遂げなくちゃな。絶対に。
「ラナさん――いってきます」
「いってらっしゃい。ユウさん、ユイさん。どうか世界とみんなを――トレインのことを……よろしくお願いします」
意識を集中した俺たちは。
その剣の一太刀で――世界の境界を斬った。
斬られて裂けた隙間に現れた、現実世界。
深夜の真っ暗な空へ向かって、俺たちは飛び込んでいった。




