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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
二つの世界と二つの身体

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302「夢想の世界を見つめて 5」

「とうとう帰ってきちゃったね……」

「そうだね……」


 俺とユイが最後に帰ってきたのは、冒険者の町レジンバークだった。

 俺たちが最初に訪れた街であり、何でも屋『アセッド』の一号店を建てた地であり、ずっと拠点にしていた場所でもある。

 当然一番思い出も多く、知り合いも多い。

 二人で話し合って、最後はここにしようと決めていた。

 最も馴染みの深い場所をラナソールの旅の終着点としたかった。


 未開区ミッドオールの最前線であるこの地は、魔獣やナイトメアの出現率も高く、各個体も強力である。

 最も脅威に晒されている街ではあるものの、しかし人間の力も負けてはいなかった。

 屈強な冒険者たちやありのまま団等の活躍によって、決して少なくない被害を出しながらも、幾度もあったという滅亡の危機をすべて乗り越えてきている。

 街に足を踏み入れてみれば、活気は一目瞭然だった。

 連日の襲撃に対する疲弊はさすがに隠せないが、いつも通りの騒がしい光景が広がっていた。

 相変わらず、あちこちで笑い声が聞こえたり、たまに意味不明な爆発が起こったり、誰かと誰かが喧嘩をしていたり。

 謎のコッペパンが飛んでいることすら、顔を綻ばせてしまうほど懐かしい。

 二年ほどをここで過ごした。あの楽しかった日常がまだ生きている。

 この街に生きる全員の逞しさと不断の努力によって、最後の聖域は辛うじて残されていた。

 それにユイと一緒にまたここへ帰って来られるとは思っていなかった。

 まるであの日に帰ってきたようで、じーんと来てしまう。

 気持ちはユイも同じで、俺の掌を揉みながらしみじみと言った。


「本当に帰ってきたんだね」

「うん」


 だけど……。

 何度でもその事実が、俺たちの心に釘を打ちつける。

 この光景も今日で終わり。俺たちが終わらせなくてはならない……。


「……いこっか。最初はどこにする?」


 少し悩むけど、そうだな。


「ありのまま団かな。やっぱり」

「あー。その気持ち、よくわかる」


 自分同士で納得し合っていた。

 こんなときでも濃ゆいのは消去法で先に済ませておこうと思えてしまう辺り、あの人たち強い。

 さすがに一番最後の思い出を一面肌色にする気にはならないからな……。

 ありのまま団員は大半がエインアークスの構成員と繋がっており、現実世界で身元と無事を確認できている者が多い。

 彼らには一応、還るべき場所がある。

 そのことは、ほんの少しだけ気持ちを楽にさせてくれた。ほんの少しだけだけど。



 ***



 ありのまま団本部の扉を叩く。ここへ来るのは漢祭り以来だ。

 なんか近寄りがたいので、普段は来ないようにしていたけど。

 あのやかましい連中との付き合いも、これで最後か……。

 しんみりした気分で、扉を開くと。


「破ァ!」「ソイヤッ!」「ダアッ!」「ハアンッ!」「オオンッ!」

「「応、応、応、応、どっこいしょーーーーーーー!」」


 センチメンタルが、弾けた。

 剥き出しの姿で銘々躍動する、マッスルポーズを決めたムキムキな男女たちによって。

 約数名、叫んでるふりして喘いでるのもいるぞ。


「……よさこいでも踊ってるんじゃないよね?」

「たぶん、違うと思う。たぶん……」


 エントランス正面から激烈なインパクトで出迎えられ、目を見合わせ困惑する俺たちに。

 天井から何かが急降下してきた。

 さっとかわすと、ドカンと爆音を立ててぴたりと倒立着地をキメる漢が一人――カーニン・カマードだ。

 そして頭が魚だ。しかもなんか豪華高級魚盛りになっている!

 てか、頭で着地してる! 魚が苦しそう! あれ、髪の毛じゃなかったの!?

 というか、いつから張り付いてたんだよ。しかも床割れたぞ。今。

 カーニンは倒立をキメたまま、言った。


「HAHAHAHA! やあ諸君。漢のマッスルトレーニングへようこ――」

「「いえ違います」」


 こいつらに対しては、絶対にペースに乗せられてはならないのだ。

 普段は流されやすい俺もユイも、断固とした姿勢で臨む。

 相変わらずふざけているカーニンはさておき、一般団員も俺たちに気付いた。


「ユウさん!」「ユイさんもいるぞ!」

「キングオブ漢祭りと、クイーンオブ漢祭りがきた!」

「やあ、ありのまましてるかい?」


「「ありのまましてるかい!?」」


 うるさい。大合唱がすごい。

 そして、何かものすごく期待しているような。

 わくわくキラキラした瞳でこちらを見てくるもので。


「まったく。おまえら……」


 揃いも揃って。こんなときにも変わらず。馬鹿ばかりやって。

 こっちは泣きたいのに。呆れて笑っちゃうじゃないか。

 胸いっぱいの気持ちを込めて。俺は叫んだ。


「アウトだああああああああーーーーーーーーーーーーっ!」


 上半身だけ脱ぎ去り、力任せに拳でツッコんでツッコんでツッコんで回る。

 ありのまま団員たちは、ギャーと楽しい悲鳴を上げた。

 幾名もが断末ポーズを掲げつつ倒れ、散っていく。

 隣では「アウトおおおおお」ってユイも小さく叫びつつ、俺の対処しにくい裸女を蹴散らしていた。可愛かった。


 団員たちの最期を逆立ちのまま見守っていたカーニンは、気味の悪い哄笑を上げると。


「おいッ! 少年たちよッ!」


 叫び、こちらへいっぱい注意を惹きつけ。


「残念だったなッ! 団長ならここにはいないぞ! ギルドで受付のお姉さんたちとなあ、最終作戦会議さあッ!」


 そして不敵に笑うと。

 ぴたりと閉じていた両足を、ゆっくりと開こうとしていた。

 股間はビリビリと破れ、中から黄金の光が放たれようとしている――。


「ここから先は、次のステージ(R18)になるぜ?」

「やめろおおおおおおおおおおおおおーーーーーーっ!」


 別の意味で旅が終わっちゃうだろ! いい加減にしろッ!


 必死に手を伸ばすも、放たれる金色の光は次第に収束しつつあり。

 黄金の輪郭を白日の下に解き放とうとしている――!


 くっ、ダメだ! 間に合わない!


 しかし、そこでユイの魔法が炸裂するッ!


《キル……わーキルキルキルーーーッ!》


 一生懸命で思いつかなかったんだな!


 とにかく、黄金の光は闇の球状モザイクによってすっぽりと覆い隠され――。

 ……それはそれで悪目立ちしないでもなかったが、とにかく最悪の自体は免れた。

 しかもこの魔法、絶妙な刺激があったのか。カーニンに別の意味でトドメを刺してしまった。


「おおおohhhhhhウウーーーーンahaaaaaaaa……!」


 お子様に聞かせられない何とも艶めかしい声を上げて。

 漢は倒立したまま絶頂し、気を失った。

 足が付きたてられたまま、逆生涯に一片の悔いを残さなかった。

 魚もやり切った清々しい顔をしている。この日一番のイケメンだった。


「はあ……はあ……。なんて、強敵なの……」


 顔を真っ赤に赤らめ、息も絶え絶えに、涙目で崩れ落ちるユイ。

 かける言葉が見つからない。

 裸累々の中、とりあえず彼女の下に屈み、肩を支えて起こした。


「ありがと」

「こちらこそ。助かった。色んな意味で」

「ある意味世界よりも大切なもの、だったのかもしれないね」


 そんなとき。


「ラストバックステッポウ……」


 壁際にはバックステップ男がいた。

 彼はたった一歩だけ、万感の想いを込めて後ずさり、なんかめっちゃいい声で黄昏れていた。

 いつものラバースーツ姿で。

 とりあえず無視する。


「バ、バックステップポウ……?」


 おい。そんな動揺するな。悲しそうな顔をするなよ。

 てか動揺するとき、そんな感じなんだな。


「はあ……仕方ない。今まで思いっきりスルーしてたけど、一度くらい捕まえてみろってことなんだろ?」

「たぶんそういうことなんだろうね」

「わかった。俺がやろう」


 覆面を被っているので素顔はわからないが、この返答にはにやりと笑みを浮かべたのはわかった。


 身構える俺。

 片足に体重を乗せ、いつでも後ずされると態度で示すバックステップ男。


 そして、俺は――。


《パストライヴ》


「あ、ずるい」


 瞬間移動によって、彼が動くその前に肩へタッチを決めた。


「ポオオオオオオオオオオーーーーーーーーッ!」


 男は一縷の無念と、どこか満足そうな雄たけびを上げ。

 忽然と姿を消す。


「え……?」「消えた……!?」


 慌てて見回すと、いた。

 入り口の正面で、ぴんと伸ばした背中を向けている。

 今日着ていたラバースーツの背中が、初めて見えた。

 そこにはこう書いてあった。


『ポウ(最後だ。がんばれよ)』


 男は背中だけで語り、もう何も言わなかった。

 手を振りながら、夕日をバックに走り去っていく。


 そして、俺たちはすべてを悟った。


 最終作戦会議。

 ラストバックステッポウ。


 そうか。こいつら……わかってたのか……。

 もしかしたら、他のみんなも……?


 すべてを出し切って、満足に気を失う面々からは。真実はわからない。

 ただ、いつも通りにバカ騒ぎをして。いつも通りにふざけて。

 そうやって、少しでも俺たちの気を楽にしようとしてくれたのかもしれない。

 それこそが、彼らなりの餞別だったのかもしれない。


 ……はは。まいったな。本当にまいった。


 ――まさかこいつらに泣かされる日が来るなんて。思わなかったよ。

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