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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
二つの世界と二つの身体

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294「絶望的な戦い」

 出発の直前に、ランウィーさんから通信連絡が入った。ずっと気がかりだったエルゼムについてだ。

 奴がなぜすぐにトリグラーブを襲って来なかったのか。足止めされていることが判明したのだ。

 爆心地付近にて、エルゼムは謎の赤髪の女性と交戦中だとランウィーさんは教えてくれた。

 その女性は押され気味ながらも、たった一人で奮闘しているらしい。

 たぶん、いや間違いなく受付のお姉さんだ。

 お姉さんは、エルゼムが最も厄介な敵であることを察知して。単身真っ先に乗り込んでいったのだ。

 アレとまともに戦えるということは、最低でも戦闘タイプのフェバル並みには強いことになる。

 俺たちは反応することすらできなかった相手に。本当にすごい人だ。一体どれほどの修行を重ねてきたのだろう。

 すぐにでも応援に入るべきか迷ったが、そのうちにまた戦況が変わった。

 さらに謎の黒髪の幼女と大柄の男性が現れ、お姉さんの助けに入ったらしい。

 三対一となり、大地が削れるほどの激戦を繰り広げているようだ。

 幼女と男……ラミィとザックスだろうか。

 爆心地の方に注意を向ければ、確かに二人の反応を感じた。


 以上の状況連絡を受け、ブレイさんは判断を下した。


「よし。我々は予定通り、世界各地のサポートに入るぞ。どうも我々が立ち入れるレベルの戦いではなさそうだ」

「はい。そのようですね」


 悔しいが、今の実力で入っても足手まといになるだけだ。ブレイさんの言うことが正しかった。


 俺はそのまま、ブレイさんと行動をともにする。

 時折アニエスの手を借りて、戦力が足りていないところのカバーを中心に回る。

 アニエスは俺たちに付きっきりではなく、全体の足として忙しなく動き回っていた。

 ランウィーさんが戦況を見極め、逐次適切な場所を移動を指示してくれる。

 劣勢に陥っているところへ応援に行く関係で、俺たちが向かうところは常に激しい戦いが繰り広げられていた。

 ナイトメアの大群に襲われ、怪我を負い、悲鳴を上げる人々。殺されてしまった人々。

 そればかりか、ナイトメアに変化させられてしまう人々。

 そして、ナイトメアに変化した家族や友人に殺されてしまう人々。

 何度も何度も目の当たりにした。

 俺はとにかく必死になって、ナイトメアを斬って斬って斬りまくった。

 一体一体だけを見れば、まったく勝てない相手ではない。それでも敵の数はあまりに圧倒的で、しかもそれぞれが遥かにパワーアップしている。

 とてもみんなを守れない。手を伸ばしても届かないものが多過ぎる!

 繰り返し見せ付けられる惨殺が、悲劇の連鎖が。へし折れそうな俺の心をさらにめった打ちにする。

 泣いている場合ではないのに。何度も目に涙が溜まって、そのたび周りに悟られないように拭っていた。

 それもこれも、情けない俺がいつまでも決断できないからなんだ。

 手をこまねいている間にも、どんどん犠牲者は増えていく。

 俺のせいだ……。俺がしっかりしていないから……。

 心の力は、ハルやフェバルたちとの繋がりを除いては、ほとんどろくに働いてはくれなかった。

 動きにも冴えがない。自分でもわかっていた。

 けれど、戦いの手を止めるわけにはいかない。

 見かねたブレイさんが、心配して声をかけてくる。


「ユウ。お前……やはり本調子ではないようだな。精神状態に大きく左右される力というのは、こういうときに面倒だな」

「本当にすみません。もっとしっかりしなきゃいけないって、わかってはいるんですけど……っ!」

「無理はない。だが少し下がった方がいいんじゃないのか? そもそもお前には、この世界の人々を救う義務はないのだぞ」

「そんなこと、言わないで下さい。俺が何のために今まで戦ってきたのか、知らないわけじゃないでしょう!?」

「そうか……そうだよな。わかった。何も言うまい。気の済むようにするといい」


 ブレイさんはそれからも黙々と戦い続けていたが、彼もまた無力を感じているようだった。

 彼の能力は【素粒子操作】らしい。対象の素粒子を操作することによって、破壊や変換といった事象を引き起こす。

 ヴィッターヴァイツの【支配】と若干似ているが、対象を素粒子に限定する代わりに、よりきめ細やかな操作が可能だそうだ。

 だがナイトメアには実体がない。操作すべき対象がないのだ。能力は役に立たず、自前の魔力によって戦うしかない。

 こうなると、戦闘タイプでないことが致命的に響いた。

 今の彼は、今の俺よりいくらか強いレベルに過ぎないのだ。


 そして、そんな俺たちの限界をまざまざと見せ付けるような強敵が、ついに現れてしまった。

 地を揺るがしながら迫る巨大な影。

 異常に肥大した手足のみを誇りにする、シンプルなゴーレム型の体躯。


「おいおい……。なんだあのでかいのは……」

「あいつは!? まさか!」


 ナイトメア化し、全身が真っ黒に染まっているが。あの姿はラナクリムでも有名だった。

 ああ、よく知っている――!


「『拳闘神獣』ナックガルガ……!」

「そいつはなんだ。特別な魔獣か?」

「はい。魔神種です! しかも最強クラスの!」

「何だと……!?」


 ラナクリムにおける「挑戦推奨」レベル――570。

 あの偽神ケベラゴールよりもさらに数段格上の、文句なしに最強格の魔神種だ。

 図太い手足に相応しい圧倒的パワーと、見かけに似合わない超スピード。

 そこから繰り出される「世界の壁すらも砕く」と形容される威力の物理攻撃のみを武器とする、実に潔いヤツだ。

 まさかあのクラスまでもが、ナイトメア化してしまうなんて……!

 今まではなかったことだった。

 魔神種は闇に呑まれない程度には、個の強さを持っていたはずなのだけど。

 ここまで世界の崩壊が進んでしまうと、さすがに耐えるのは無理だったのか。


 エルゼムだけが問題ではなかった。

 あいつほどではないが、恐るべき実力を持つ敵は複数いたのだ。

 しかもこいつはナイトメア化したことで、さらに一段と実力が上がっている。

 今の俺たちに勝てるのか――。


 ナックガルガは俺たちに狙いを定めると、巨大な足を踏み込む。

 次の瞬間には――。

 地を蹴り砕く爆音に先んじて、拳を振りかぶりつつ目前まで迫っていた。


 速い――!


《パストライヴ》!


 足の踏み込みが殴り込みの予備動作であることを知っていた俺は、咄嗟にショートワープで回避する。

 一方、ブレイさんは一瞬の対応が遅れ、顔面にパンチが直撃していた。

 トレードマークの眼鏡が粉々に割れ、弾丸のようにすっ飛んでいく。

 肉体が吹き飛んでいないのは、フェバルの頑丈さが為せる業か。


『ブレイさん!』


 思わず念話を飛ばすが、人の心配をしている場合ではなかった。

 ナックガルガは、既に逃げた俺の位置を掴んでこちらに向かっている。

《パストライヴ》は使用後に一瞬の隙があるため、こいつを前にして連続使用する暇はなかった。

 打ち出してくる拳に合わせ、カウンター狙いで光の魔法気剣を突き出す。

 うまくかわしつつ浅く斬り付けたが、ダメージは微々たるものだ。

 俺が次の一手を繰り出すよりも速く、ナックガルガは動く。

 強烈なかかと落としが頭上から降り下ろされていた。まともに受けてはまずい。

 受け流したが、勢いを殺し切れずに地へ弾き出される。

 もろに叩きつけられる前に地面を蹴り、急速に方向転換する。

 一度距離を取って、魔法気剣の最大攻撃に賭けるつもりだった。

 しかしナックガルガは、そんな俺を嘲笑うかのように。

 軌道を余裕で追跡し、いつの間にか背後にさえ回っていた。

 まずい。

 振り向き、急ブレーキをかけ、両腕を交差させてガードする。もはやそれしかなかった。

 ガードの上からでも、容易にぶち抜く拳が炸裂する。

 インパクトの瞬間、自ら後方へ飛び、威力を殺す。

 それでもダメージは大きかった。両腕が折れているのがわかる。

 今ので死ななかったのは、咄嗟の判断が功を奏したが――。

 見逃してくれる敵ではない。

 空中で体勢を整える間もない中、容赦なく追撃の拳が迫る。

 今度こそ防ぐのは不可能。


 ――ダメだ。俺。


 気持ちの整理も付かないまま、無理に戦おうとして。この様か。

 心の弱った俺は、こんなにも弱くなってしまうのか。

 みんなをろくに守ることもできず。ナイトメアの一体にも勝てない。


 本当に、情けなくて。どうしようもない――。



 ――――



 思わず、自分の目を疑った。


 大きな背中が、まさに止めを刺そうとする敵の前に立ち塞がっていた。

 彼の掌は、ナックガルガの巨大な拳をぴたりと受け止めていた。

 まるでそよ風のように。何でもないかのように。

 ナックガルガは、いきなりのことに動揺が隠せなかった。

 拳を引こうとするが、掴まれたままびくともしない。

 彼は獰猛に笑って、言った。


「獣風情が。力任せばかりで、拳の使い方をろくに知らんと見える。いいか。拳はな――こうやって打つのだ!」


 腰のひねりを利かせた、光の魔力を纏った拳が――。

 実に美しい軌道を描き、ナックガルガの胴へ叩き込まれる。

 それは芸術のごとく磨き上げられ、高められた人の技。

 修業と戦いに身を捧げた男の技だ。


 激突の瞬間、ナックガルガは全身丸ごと、風船のように弾けた。

 格の違いを示すかのように。最初から敵ではないと言わんばかりに。

 一撃でケリが着いた。


 やったことはわかった。その圧倒的な強さも身をもってよく知っている。

 でもなぜ、何がどうなってそうなったのか。さっぱりわからなかった。


 どうしてお前が、俺を……?


「ヴィッターヴァイツ……!?」

「フン。探したぞ。ホシミ ユウ」


 ヴィッターヴァイツは、茫然とする俺の胸倉を掴むと――。

 ナックガルガの代わりとばかり、殴り飛ばした。

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