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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
二つの世界と二つの身体

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487/711

290「『黒の旅人』 VS 『始まりのフェバル』」

 ナイトメア=エルゼムとウィルおよびレンクスの戦いは。

 永遠に終わらないのではないかと錯覚するほど、長い長い均衡状態が続いていた。

 だがあるとき、それはあっさりと終わってしまった。

 エルゼムはゾルーダの呼びかけに応じて、戦闘を中断して消えてしまったのだ。


「おい。あいつ、消えたぞ! どうなってやがんだ」

「逃げた、のか……?」


 ウィルは油断なく周囲を警戒しつつ、そう結論付けるしかなかった。

 しかし妙だ。なぜ今になって突然逃げ出したのか。状況はむしろエルゼムに有利だったはず。

 ゾルーダには生命反応も魔力反応もないために、ウィルにもレンクスにも皆目原因がわからなかった。

 ただ二人とも、長期間に渡る連続戦闘で疲労が蓄積していたのは違いなく。

 多少の休息を挟んでから奴を追おうかと、目を見合わせた。

 そのとき――。


 二人の背後に、身の毛もよだつ気配が立ち上がった。


 アル――!


 振り返ろうとするも、まったく反応が追い付かない。

 ウィルにもレンクスにも、一切油断はなかった。

 ただ、あまりにも速過ぎたのだ。


 二人が身構えるよりも早く。

 二人の腹部にかざされたそれぞれの手が、二人を同時に弾き飛ばした。

 ウィルとレンクスは吹っ飛び、同時に倒れる。


「う……くっ……!」

「ぐ……が、あ……!」


 内臓を破壊され、口の中に血の味が広がる。

 本来のたうち回ってもおかしくないほどの激痛だったが、二人とも動くことはできなかった。

 まるで全身が麻痺したように、どうやってもまともに動かないのだ。

【神の手】を使われたに違いなかった。


「ア、ル……!」


 ウィルが怒りを込めて、執念だけでアルを睨み付ける。

 自分を良いように操ってくれた因縁の敵。

 だが悔しいことに、まるで相手にならない。

 格が違うのはわかっていたが、実際に一撃で動けなくされてしまうのは屈辱の極みだった。

 アルがつまらなそうに一瞥すると、ウィルの意識は容易く刈り取られてしまった。


「て、め……え……ユイ……を……!」


 レンクスもまた激しく怒っていた。

 だが彼も壮絶な痛みとダメージが重なり、アルが何かするまでもなく、意識を維持することができなくなった。


 二人ともに至上の怒りをぶつけられたアルであったが。

 彼自身は、処置を施した二人にはもう興味はなかった。

【運命】の啓示を受けたフェバルである以上、この場で完全に亡き者にすることはあえてしない。

 邪魔にならなければ十分である。


 あいつらなどよりも、問題は――。


 アルは虚空を睨み付けた。

 闇の向こう側より、莫大な強さの反応が迫る。

 そいつは彼の前で立ち止まり、自分とそっくりな光なき瞳で、正面から彼を睨み付けた。


「やはり来たか。ユウ」

「脚を出したな。こそこそ逃げ回るのはやめにしたのか」

「頃合いかと思ってな。お互い、もはや余計な言葉は要るまい」

「ああ――そうだな」


 言い終わると同時、『ユウ』は黒の剣で容赦なくアルに斬りかかっていた。

 アルもまた、黒の剣でしかと受け止める。

 そこから、まるで挨拶するように。剣舞を踊るかのように。

 超絶技巧と神速の応酬が繰り広げられる。

 実力はまったくの互角。

 そして互いに、これが「三世界を消し飛ばさない程度の茶番」であることを理解していた。

 それでも、ユウやウィルという肉体の枷から外れた二人の実力は。この場で発揮している力は。

 ミッターフレーション――ラナソールを半壊に追いやったあの日を遥かに凌駕している。


 アルトサイドには、激震が走っていた。

 次々と空間に穴が開く。

 すべてのナイトメアは二人の圧倒的オーラに気圧されて居場所を失い、押し出されるようにして、生じた穴からラナソールやトレヴァークに逃げていった。

 それもアルにとっては、副次的な狙いの一つなのだ。

 やはりわかっていたことだが。この戦い自体、世界に与える悪影響が大き過ぎる。

『ユウ』は苦々しく思いながら、それでも攻撃の手を休めることはできなかった。

 ほんの少しでも気を抜けるような相手ではない。


 やはり最も厄介なのは、アルに違いなく。

 俺が押し留めなければ。誰がこの男を止められるものか。


 アルの口元が歪む。

 彼が感情を露わにするのは、最大の敵と認めた『星海 ユウ』という存在だけだ。


「このまま世界の終わりまで。僕と踊り続けてもらおうか!」

「知ったようなことばかり言って弄びやがって。だからお前は許せないんだ!」


 激突する剣と剣が、またアルトサイド全域を揺るがす――。


 神の領域の戦いは、人知れず闇の世界で。

 世界の歯車を終わりへと急加速させる。

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