280「ラナの記憶 15」
クレコが一人で敵を引き付けるのを心苦しく思いながら、私はなすべきことをする。
聖地ラナ=スチリアを護る光の結界を張った。
ナイトメアを極力通さないようにするための防御であり、人には無害なものだ。
クレコが戻ってきたときには、もちろん通れるようにしてある。
そして数は少ないながら戦える者たちに呼びかけ、私とともに防衛にあたる。
クレコの奮闘もあり、街に到達する異形の数はそれほど多くはなかった。あまり同時多数に襲い掛かられると結界が壊れる恐れが高かったので、本当に助けられている。
結界を無理に押し通ろうとするものは大きなダメージを受けるため、私たちでも対処することができた。
クレコの反応は弱っているが、まだ消えてはいない。
このまま持ちこたえてくれれば、じきにトレインが助けに来る。彼ならみんなやっつけてくれる。
そしてどんなに重症でも、きっとクレコを治してくれる。
だけどそんな希望は、容易く打ち砕かれた。
突然、結界が割れた。
一瞬のことで、何が起きたのかわからなかった。
驚きの声を上げる間もなく、目の前に何かが現れた。
それが闇の異形であり、顔に何も描かれていないと。
あまりにも遅過ぎる認識をしたとき――。
「か、は……」
胸に衝撃が走り、意識がぐらつく。
そいつが腕を私の胸に突き刺している。
化け物が、顔のない顔を私に突き合わせている。
怖い。怖い。
そして、なんて哀しい。
身を貫かれ、それよりもずっと激しい憎悪と殺意が、私の心まで殺していく。
のっぺらぼうの姿が薄れてきた。
――ああ。あなたを生み出したのも私。
私の命が尽きることで、きっとあなたも自己を構成することができなくなったのね。
そう、どこか他人のように理解していた。
のっぺらぼうが消えて。
ぽっかりと空いた胸から、命の源が流れ出していく。
地に倒れた私は、消えゆく意識の中。
最後に二人のことを想った。
クレコ。ごめんね。
私だけ先に逝っちゃって、ごめんね。
トレイン。ごめんね。
私、あなたとの約束……守れそうもない、かな……。
――――――――
夢の世界は、灰色の現実に戻ろうとしていた。
【想像】によって生み出されたものたちが、次々と無へ還っていく。
それは魔法生物たちにも、ナイトメアにも等しく波及した。
急速に低下していく許容性が、同時に回復する世界本来の理が。
強き者から存在を罰し、消していく。
また、寿命を超越した不死者たちは――永遠の生を欲しいままにしていた彼らは。
まるで存在の罪を裁かれるかのように、魂ごと燃え尽きて消えた。
そして生ける冒険者たちからも、肉体の強さ、気力、魔力が急激に損なわれていく。
戦闘状態にある者の多くにとって、その影響は致命的だった。
動きを損なったことから、ナイトメアに命を絶たれる者が後を断たなかった。
また運悪く、自ら命を落としてしまう者も多かった。
そのとき空を飛んでいた者は制御を失い、墜落して死んだ。
高速で動いていた者は、自らの速度が生む衝撃によって弾け飛んだ。
世界から色が消えていく。
ついにすべてのナイトメアも失せて。
残ったものはわずかな人の生き残りと、死屍累々のみだった。
ぽつりぽつりと雨が降り始める。
天候さえもコントロールしていた――その枷が外れたことで、滞留していた雲が世界各地で雨を降らそうとしていた。
小雨はやがて大雨に変わり、戦いで流れた血も死体も綺麗に洗い流していく。
雨は三日三晩降り続けた。まるで世界が涙しているかのようだった。




