269「決戦 ユウ & ハル VS ヴィッターヴァイツ 2」
俺とハルから仕掛けた。
心を通じ合わせていることを活かし、互いの隙を消すよう同時に剣撃を浴びせかかる。
一歩間違えれば同士討ちになりかねない、絶妙なコンビネーションで斬りかかっていく。
だがヴィッターヴァイツは余裕だった。
両腕に分厚い気のベールを纏わせて、雨あられと飛び交う斬撃のすべてを見切り、余すことなく受け止めている。
わずかコンマ数秒の攻防で、力の差は目に見える形ではっきりと表れていた。
かすり傷すら与えられないのか。
二人同時に相手して、綺麗に捌かれている……!
『どうした。こんなものか!』
ヴィッターヴァイツが獰猛な笑みを浮かべ、念話を送り付けてくる。
一瞬の切り返しだった。
ヴィッターヴァイツの蹴りがハルの腹部に突き刺さる。
ハルは錐もみ回転しながら吹っ飛んでいく。
『ハル!』
気を取られている場合ではなかった。
ヴィッターヴァイツの回し蹴りが既に目前まで迫っている。
咄嗟にガードするも脇腹へ衝撃が走り、俺もまた吹っ飛んでいく。
ただやられているわけにはいかない。
《パストライヴ》
ショートワープでヴィッターヴァイツの背後を取り、気剣を振り下ろした。
だが次の瞬間には――唐突に地面が迫り、鼻柱から激突していた。
痛みが走り、声にならない悲鳴が上がる。
何をされたのかはすぐに理解した。
後頭部を掴まれ、地面に叩き付けられたのだと。
衝撃で地面が爆砕する。岩礫が幾度も顔を打ち付ける。
『ユウくん!』
俺だけに届く心の声で、ハルが叫びながら突っ込んできた。
魔法剣の煌めきが奴の腕を狙っている。捕まった俺を救い出すつもりだ。
しかしヴィッターヴァイツは涼しい表情のまま、片腕だけで彼女の剣を弾いてしまった。
俺も一緒に仕掛ける。
無理な態勢から、強引に奴の胴へ手を押し当てる。
《気断掌》――!?
――壁だ。
まるで厚さに果てのない壁に打ち付けているかのように、手応えがない。
『気を極めたオレにそんな技は効かんぞ!』
ヴィッターヴァイツの手が離れたと思うと、俺はボールを蹴り出すように弾き飛ばされていた。
何度も地面をバウンドした後、辛うじて飛び上がり、体勢を立て直す。
呼吸を忘れていた喉がむせ返す。
吐き出されたものは血ではなく、唾液だった。
なるほど耐久力は上がっている。今までならもうやられていたが、まだ戦えないほどではない。
だけど、どうやればあいつに攻撃が届くのか。
『やっぱり手強いね。わかっていたけど』
いつの間にか横に並び立っていたハルが、こちらを気遣うように目を向けている。
彼女の言葉に、少しばかり絶望感を覚えていた心を奮い立たせる。
隣にハルがいることが、共に戦える者がいることが心強い。
『ああ。でも戦えている。あいつが攻撃を防いでいるということは、まともに当たれば通るはずだ』
ヴィッターヴァイツが攻撃を防いでいる。この事実は重要だ。
奴にとって今の俺たちの攻撃は、脅威になり得るレベルに達しているのだ。
勝率はゼロではない。
奴の気力も無限ではない。戦いが進み互いに消耗してくれば、手数の多いこちらにチャンスも増えてくる。
でもあいつだってそれはわかっているはず。このまま大人しく済むとは……。
『今度はこちらからいくぞ』
身構えた俺たちの死線を――。
ヴィッターヴァイツは、容易くすり抜けた。
後ろ――!?
意識ではわかっていても、身体が追い付かない。
俺とハルの頭はわし掴みにされ、バッティングする。
「う゛っ!」「あ゛っ!」
追撃で蹴りをもらい、俺たちは揃って宙を舞うことになった。
攻撃の手が休むことはない。
奴は既にこちらが吹っ飛ぶ方向へ先回りしていた。
剛脚が身体を両断する鋭さのオーラを伴って、それぞれに繰り出されている。
すんでのところで腕を回して、威力を殺した。
腕が痺れる。元よりパワーは向こうが上。
殺し切れなかった分は上昇力となって、俺とハルを打ち上げた。
今度は上か!
振り向きざまに反撃を狙う――。
――視界を、真っ白な光が覆っていた。
極太の光線が、撃ち落とされている。
魔力波だと――。あの一瞬で。
それもただの魔力波ではなかった。
ヴィッターヴァイツ自身の気を練り込んで、魔気混合の技としている。
理を超越するフェバルだから可能な芸当だ。
まずい。ハルが危ない!
俺と違い、彼女は回避用の瞬間移動技を持たないのだ。
咄嗟に《パストライヴ》で飛び出した俺は、ハルを抱きかかえて再度飛んだ。
一瞬、背中に灼けるような痛みが走ったが、気にしてなどいられない。
攻撃範囲から離れた直後、大爆発が起こる。
轟音が耳を劈いて――そして何も聞こえなくなった。
どうやら鼓膜が破裂したらしい。
キノコ雲が巻き上がる。おびただしいほどの土埃が、爆風とともに俺たちを突き刺した。
そして何も見えなくなる。
視覚情報を失えば、生命反応のないハルは有利だが。
そうは許さんと、ヴィッターヴァイツは己の気を膨れ上がらせ、辺りの土埃をすべてかき消してしまった。
『危なかった。助かったよ。ユウくん』
額から血を流したハルが、状態は問題ないと微笑む。
『圧倒されてばかりだな。まずは傷の一つでも付けたいところだけど』
『ボクに考えがある』
以心伝心で作戦が伝わる。
やってみるか。
『ほう。挟み撃ちか』
俺とハルは、ヴィッターヴァイツの前後から再度仕掛けた。
だがヴィッターヴァイツは戦闘の達人だ。死角からの攻撃も余裕で捌いてくる。
機を見計らい、ハルは魔剣技の《レイザーストール》を放った。
当然かわされる。かわした先には俺がいる。
あわや同士討ちかというところ。
《アールレクト》
至近距離で跳ね返した。
跳ね返した先には、もちろん奴がいる。
さらに俺から《センクレイズ》と、ハルからダメ押しで《レイザーストール》をお見舞いする。
二人がかりでダメなら、攻撃を三つにするまでだ。
さすがの奴もこれには面食らったようだ。反応はできても、すべてを避けることはできなかった。
背後からもらう形になった《レイザーストール》が、奴の肩を浅く抉っていく。
効いている。
浅いとはいえ、魔法剣の攻撃は届いたぞ。
これを見て、威力は落ちるものの、あえて『属性変化を加えた』魔法剣主体の攻撃に切り替える。
やはりヴィッターヴァイツは気への耐性は絶大で、またフェバルゆえ星光素への耐性も高いようだ。
反面、魔法に対しての抵抗力はそれほどではない。
フェバルと言えど、魔法も気も等しく得意とする者は、俺やウィルなどの例外を除いてはいないのだ。
反射も駆使して手数を増やす。深追いはせず、かといって片方だけ狙い撃ちされないよう、一切攻撃の手は休めない。
二人で不足をカバーし合い、ギリギリのところで均衡を保つ。
俺もハルも消耗を強いられるが、ヴィッターヴァイツにもわずかずつではあるが、着実にダメージが積み重ねられていく。
『小賢しいわッ!』
ついに痺れを切らしたヴィッターヴァイツは。
気力の消費をものともせず、大技を使った。
剛腕に纏わり付いた気が、竜巻のごとく荒れ狂っている。
その状態で、俺に向かって猛然と迫ってきた。
こいつ。一人ずつ確実に仕留めるつもりか!
実力差か。悲しいことに図体は向こうが二周りも大きいのに、スピードさえ負けている。
強烈な拳が迫る。
かすっただけで血肉が弾け飛ぶに違いない。防御という選択肢はなかった。
身を反らせ、紙一枚のところで必死にかわす。
それは正解だったが、攻撃の脅威から完全に逃れることにはならなかった。
瞬間、奴の拳に纏わり付いた竜巻が膨れ上がった。
かわすので精一杯の俺は、なすすべなく側撃を食らってしまう。
宙へ弾き出され、恐ろしいことになおも攻撃は持続していた。
攻撃が当たった箇所に竜巻が張り付いて、威力の残る限り俺の体を抉ろうと回転を続けている。
こうなれば、血肉の削れる痛みに耐えながら。
この攻撃の威力が失われるまでは、全気力を防御に回して耐えるしかなくなった。
やられた。
仕留めずとも、俺とハルの分断が次善の狙いだったのだ。
一対一の状況を作り上げたヴィッターヴァイツは、この機会を逃さんと全力でハルを潰しにかかる。
一度は目の前で彼女を殺された悪夢が過ぎる。
ダメだ。もう二度とあんな目に合わせるわけには!
なのに状況は、俺に助けることを許さない。
一瞬でもガードを緩めれば、ひとたまりもなく切り刻まれてしまう。
《パストライヴ》を使う余裕がない。
しかし彼女も現実世界の無力な少女ではなかった。
剣麗の力と彼女自身の抗う強い意志をもって、致命的な一撃を辛うじて退けている。
聖剣フォースレイダーもまた、十全に彼女の動きをフォローしていた。
刀身に風の魔力を宿して、凶暴な竜巻をいなしている。
やっと奴の攻撃の威力がほんの少し弱まってきた。
俺がカバーできるまでにはもう少しかかる。このまま持ちこたえてくれ!
ハルの粘りと執念が通じたのか。
奇跡的にも、暴力のわずかな隙を縫った一撃が奴に届いた。
袈裟懸けに斬り付けられたヴィッターヴァイツは、驚愕に目を見開き――膝を付いた。
致命傷には至らなかったようだが、決して小さな傷でないことは明らかだった。
ここぞとハルが剣に力を込める。
ヴィッターヴァイツは立ち上がろうとするも、万全の体勢ではない。防御は間に合わない。
剣が振り下ろされる。
爆発のような衝撃が発生する。
勝負は――決まらなかった。
気を纏わせ、歯を食いしばり――。
奴は膝を付き、左腕しか使えない姿勢でありながらなお、彼女の剣を受け止めていた。
ハルが上から押すような形になる。
力は奴が上でも、体勢の有利が拮抗をもたらしている。
あのヴィッターヴァイツが苦しんでいる。ハルが押している。
『お前に踏みにじられた人たちのために! ボク自身の正義と誇りのために! ユウくんのために! この剣にかけて、ボクたちは負けるわけにはいかない!』
『聖剣……人の意志……そんなものが何だと言うのだ! 所詮世の理に比べれば、ごくちっぽけなものに過ぎん。フェバルのパワーとは次元が違うッ!』
『フェバルがなんだ! 強けりゃそんなに偉いのか! 人間を! この世界を! ボクたちを! なめるなあああーーーーーーーーっ!』
ハルが力を尽くして、決めにかかる。
ヴィッターヴァイツが膝を折る。明らかに押し込まれていた。
いけ! いけえええええっ!
とうとう奴の左腕に刃が食い込む。
一度食い込んだ刃は離れることなく、そのまま腕を切断する勢いで進み――
――! まずい!
『ハル、気を付け――!』
ハルに注意を促すのと。
奴が「防御に回していなかった右腕で」彼女の顔面を殴り付けたのは、ほとんど同時だった。
ちくしょう。なんて奴だ。
あいつは全力で抵抗する態度を演じながら、咄嗟の判断で防御を完全に捨てたんだ。
肉を切らせても反撃することを優先した。
突然の攻撃に怯み、たたらを踏んでしまうハル。その隙を見逃すヴィッターヴァイツではない。
一転攻勢をかける。力なくぶら下げた左腕を庇いもせず、右腕ばかりで超速のラッシュを加え始めた。
怒髪天を衝き、奴の目は真っ赤に血走っている。
『とんだ勘違い女だな。力を得ただけの常人である貴様が、このオレに届くと一瞬でも思ったかッ!』
ハルは聖剣を盾にして必死に粘っている。
まるで剣は意志を持つかのように、彼女を死の攻撃から守り続けていた。
ヴィッターヴァイツは刀身の防御の上からでも構わず、万力を込めて執拗に殴り続けている。
『何が英雄……何が聖剣だ。下らん。我々の力こそ。鍛え上げた肉体こそが最強の武器なのだ。そんな代物! 我が拳の前に砕けぬものではないッ!』
次第にハルの感情に絶望感が広がっていく。
心の繋がっている俺には、わかってしまった。
実際、剣にひびが入り始めているのだ。
フェバルの力の前には、いかに伝説の剣と言えど。
物質の限界がある以上は、耐え切れないというのか――!
一度亀裂が入ってしまうと、あとは脆かった。
重い一発が入るたびに亀裂は増えていく。もはや余命いくばくもない。
あの剣が壊れる瞬間が最後だ。このままではハルが殺されてしまう!
『今度こそ死ねいっ! 二度と復活できぬよう、その剣ごと粉々に消し飛ばしてくれるわッ!』
右腕に竜巻状の気を纏わせ、正面からぶち抜かんと詰め寄る。
俺が今なお継続ダメージを受け続けている技だ。消耗したハルが喰らえば、ひとたまりもない。
――させてたまるか!
奴の攻撃はまだ死んでいないが、傷付くことなんか気にしている場合じゃない。
もう二度とあんな目には遭わせないと。そう心に誓ったんだ!
俺は防御を解除して、気を練り始めた。
辛うじて体表に押し留めていた竜巻が、肩の血肉を一瞬で抉り飛ばし、風穴を開ける。
「ぐあああ゛あ゛あーーーっ!」
気を失いそうになるほどの壮絶な痛みに耐えながら、瞬間移動を発動させる。
奴とハルの間に割り込む。
《気烈脚》!
間一髪というところで。
攻撃に意識を傾けていたヴィッターヴァイツの横っ面を、全力で蹴り付けた。
致命傷となるはずだった攻撃の軸は逸れ、紙一重のところで彼女への直撃は免れた。
……だがその余波までは、殺し切れるものではない。
凄まじきフェバルの力。
的を外した竜巻は至近で爆散し、周囲のあらゆるものを無差別に傷付ける刃となって。
大地ごと、俺とハルを巻き込んだ。
全身に熱く鋭い痛みが走る。
目の前で、ハルの身を包む鎧が薄紙のように切り刻まれていく。
彼女の口からは、真っ赤な鮮血が吐き出されていた。
ひど過ぎる……! およそ女性が受けていい傷ではない。
至るところずたずたになるほどの凄惨な傷を受けながら、彼女は錐もみ打って吹き飛んでいく。
しかしそれでも、ハルは生きていた。
聖剣が最後まで身を挺して、彼女を庇ったのだ。
だが、辛うじて彼女の命を繋ぎ止めたのと引き換えに。
聖剣フォースレイダーは――。
ほとんど柄だけを残して、粉々に砕け散ってしまった。




