268「決戦 ユウ & ハル VS ヴィッターヴァイツ 1」
記憶の回収と聖書の捜索を続けていた、ある日のこと。
【支配】されたメッセンジャーを通じて、ヴィッターヴァイツの言葉が伝えられた。
『ラナソールで待つ。
貴様は下らんことを気にするからな。心置きなく戦えるよう、広く無人の大地を選んでやった。
気を放っているからすぐにわかるだろう。貴様が貴様なりの意地を貫くならば、人間だけで来るがいい』
果たし状だった。絡め手なしで正面から戦うつもりなのだ。
想定していた中で最もありがたい条件だった。
ラナソールなら、ジルフさんやエーナさんも連れていけるかもしれないけど。
この戦いの意味を考えれば、それではいけない。二人には手出ししないようお願いした。
取り決め通り、人間だけで戦うつもりだ。俺とハルの二人で。
はっきり言って、この戦いに勝ったからと言って、世界がどうなるというわけではない。
だが無視するという選択肢はなかった。
ここで逃げれば、あいつは失望するだろう。みすみす暗躍を許すことになれば、活動にも大きな支障が出る。
何より、俺自身が逃げたくなかった。
何の心境の変化か、あいつは堂々と正面から俺の挑戦を受けて立つ気だ。
あいつも俺との勝負にこだわっている。ここは命をかけてでも挑む価値があると直感している。
ただ、それにハルを付き合わせてしまうことは――。
いや、今さらだったな。
隣に立つハルに目を向ければ、力強く頷き返してくれた。
とっくに覚悟ができている。何度も話し合ったもんな。
一度は死んだ身だ。彼女にとってもヴィッターヴァイツは因縁の相手だった。
いざとなれば、身を挺しても彼女の命だけは守るつもりだ。
***
一同に見送られて、俺とハルは出発することにした。
ハル自身がここから動くことはないが、向こうでは剣麗ハルが今かとスタンバイしている。
J.C.さんは、憂いを秘めた顔で言った。
「私はフェバルだし……歯がゆいけど、あなたたちの戦いをしっかり見届けることにするわ。何があってもね」
「はい。やるだけやってみます。アニエスはどうする?」
「あたしはこのレベルの戦いだと、たぶんあっさり殺されちゃうと思うので。でも移動はばっちり任せて下さい!」
アニエスとは相性は悪くないと思うけれど、現状は彼女が事情を明かしたくないのか、そこまで繋がりが強いわけではなかった。
《マインドリンカー》の強化倍率が微妙なので、足手まといになってしまうと自己判断したのだろう。
命懸けの死闘に付き合わせることはできない。
それに彼女なら、俺にもしものことがあったとしても、この世界のために動いてくれるだろうから。
「わかった。送り迎えを頼むよ」
「迎えの方もしっかりさせて下さいね?」
「ああ」
――さすがに約束はできないけどな。
厳しい戦いになることはわかっている。
綿密に準備はしてきた。それでも勝率は半分にも満たないだろう。
現実的なレベルまで持ってこれたことが、そもそも奇跡的なんだ。
でも負けたくない。負けるわけにはいかない。
「行こう」
「向こうで待ってるからね」
「うん」
「では、行きます」
アニエスが時空魔法で空間に穴をこじ開ける。何度見ても凄まじい魔法だ。
開いた穴を抜ければ、そこはもうラナソールだった。
すぐにワープクリスタルでハルが合流してくる。
ヴィッターヴァイツの気は――隠すつもりがないな。
遥か遠くに離れているのに、肌を突き刺すくらいビリビリしている。
さらにアニエスが転移魔法を用いて、近くまで送り届けてくれた。
さすがに視認できる距離は危険ということで、それより少し離れた位置だった。
「あたしはここまでです。後はお願いします」
彼女は再び空間に穴を開けて、去っていった。
さて、舞台を確認しよう。
見渡す限り起伏の少ない、殺風景な荒野が広がっている。
この無味乾燥な感じは見覚えがある。おそらく果ての荒野に当たる場所だ。
最低でも地平線までの距離は大地が広がっている。
世界崩壊の際、切り取られた大地の中でも大きな部分を決戦の舞台に選んだようだ。
フェバル級が存分に広さを活かせる地形というわけだ。
進んでいくと、ヴィッターヴァイツが仁王立ちして待ち構えていた。見たところ傷は癒えているようだ。
奴は俺たちの姿を認めると、獰猛な笑みを浮かべた。
「来たか。てっきり一人で来るものだと思っていたがな。貴様にはプライドがないのか?」
「最初はそのつもりだったんだけどな」
「ボクに与えた傷のこと、忘れたとは言わせないよ」
胸を指し示しつつ、彼女が進み出て奴を睨み付けると。
奴は興味深げに口元を歪めた。
「なるほど。あのときの小娘――こちらでの姿というわけか。よもや生きていたとはな。大方姉貴の力なのだろうが」
「人間だけで来いというルールには抵触していないはずだ」
「ボクは――ボクやみんな、そしてユウを傷付けたお前を許さない。戦う資格がなくたって戦わせてもらうよ!」
「くっくっく。認めよう。だがわかっているな? オレは女だからとて容赦はせんぞ」
「わかっているさ」
「そうか」
そこまで言うと、ヴィッターヴァイツは口をへの字に曲げて押し黙った。
奴の双眸が、品定めするかのようにこちらを見据えている。
息苦しい静けさだ。
奴から溢れ出す生命エネルギーが、バチバチと大気に空音を弾けさせているかのようだった。
「なるほど。良い目だ。パワーも相当に上がっている。確かに準備はしてきたようだな」
ヴィッターヴァイツが全身に力を込める。
フルパワーの《剛体術》が、奴に分厚い気の鎧を纏わせる。
「だが二人でなら勝てると考えているのなら、思い上がりも甚だしい」
「……っ!」
黒の力を使っていたときは感覚が麻痺していたが、やはりこれまでの敵とは比べ物にならない。
「人がフェバルに敵うはずもない」
まるで自分自身にも言い聞かせるかのような言葉だった。そして言うだけのことはあるのだ。
これがラナソール――許容性制限なしでのフェバルの本気か。
ウィルもレンクスもジルフさんも、今まで全力なんてまるで出してなかったのだと思い知らされる。
数十万の力を束ねても、それを二人合わせても、まだ届かない。
改めて眼前に突きつけられる残酷な事実。
わかっている。わかっていた。
それでも俺は。俺たちは。
俺とハルは、一瞬だけ目を合わせて頷き合った。
俺は左手に気剣を作り出し、ハルは右手に聖剣を構える。
同時に最強の純粋魔力要素、すなわち星脈に宿る星光素を纏わせる。
二つの剣が白い輝きに包まれる。
《マインドリンカー》で底上げした力によって、付与が可能になったものだ。
特性上、剣は《剛体術》に相性が良いとは言えない。
だがハルとのコンビネーションを優先し、二人がともに戦えるうちは剣主体で攻撃しようと決めていた。
「「行くぞ(行くよ)。ヴィッターヴァイツ!」」
「来い。貴様らに絶望を教えてやろう!」




