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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
二つの世界と二つの身体

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264「ヴィッターヴァイツの悪夢 1」

 いつになるのだったか。

 昔の話――とにかく昔の話だ。


 オレはいつものように、誰もいない荒野で一人修行を続けていた。

 荒野は良い。うっかり景観を損ねることもなければ、何かを死なせてしまうこともない。修行に専念できる。

 一つ所に留まることもできず、死ぬに死ねない。

 フェバルというのは、実にクソったれな運命を背負った存在だが。

 こうして汗を流し、ひたすら己を追い込んでいるときに限っては、嫌なことも忘れられる。


 やがて全身の肉という肉、そして気力が限界を迎えた頃。

 オレは地へ身を投げ出した。

 土埃の混じった風が剥き出しの素肌を撫でる。疲れ切った身体には心地の良い風だ。

 だがややもして身体が疲労に馴染んでくると、頭の隅に追いやっていた嫌なことが戻ってきてしまう。


「ちっ……」


 馬鹿馬鹿しい。こんな修行にどれほどの意味がある。

 習慣だ。他にすることもないからしているだけだ。

 もはやこの身にとって、鍛錬は毛ほどの進歩ももたらさない。

 修行も既に幾千年を超えてからは、肉体は極致に達している。

 フェバルであるからには、修行をやめたところで衰えるはずもなく。老いに逆らうなどという、常人なりの意義もない。


「クソが……」


 何より。

 星脈に授かっただけの力の方が遥かに勝るなどと。

【支配】などという、強引に与えられただけの能力の方が遥かに勝るなどと。

 ああ、気に入らん。まったく気に入らんことだ。

 超越者の存在。知らぬままの方が良い事実だった。

 オレは故郷で一人の武道者として生き、死にたかったのだ。

 なぜフェバルなどになってしまったのか。


 まったく姉貴はよく絶望もせずやっているものだ。今頃どこで何をしているのだか。


 そんなことを毎度思いながらも。

 じきに身体が動くようになれば、意味のない修業を再開してしまうのだろう。

 おそらくは心が死ぬまで、これを続けるだろう。


 自嘲めいた気分に浸っていると。

 仰向けになっているオレを、ぬっとのぞき込む影があった。

 またあの女だ。

 当然、その生命反応にはとっくに気付いてはいたのだが。


「やあ。相変わらず修行に精を出しているみたいね」

「……イルファンニーナか」


 物珍しい奴だ。オレがこれまで出会った中でも、随一と言っても過言ではない。

 見た目は、一目でわかるアルビノということ以外どうということはない。

 年頃の小娘が、オレが修業しているのを飽きもせず見に来る。しょっちゅうだ。

 煩わしいから来るなと言っても来るのだ。こいつの暮らしているという村からは、そんなには近くないはずだが。


「またフルネームで呼んだー。あなただけだよ? みんな私のことイルファって呼んでるよ」

「知らん。オレは略称で呼ぶのが好かんのだ。そのままの名前くらい大切にしておけ」


 結局のところ、流浪の身に残された最後の一つの繋がりはそんなものだ。

 そんなものすら失ってしまった奴を見たことがあるが……。あれはもう人ではなかった。

 ……オレも似たようなものだがな。


「むむむ。同じく略しがいのあるヴィッターヴァイツさんが言うと、説得力があるね」

「オレのことはどうでも良い。それにだ。前々から思っていたが、どちらかと言えばニーナだろう」


 何気ない一言ではあったが。

 どうやらこいつにとっては違ったようだ。


「あー……そっか。うん――ニーナか。ニーナ。それいいね!」


 ぱっと花のような笑顔を浮かべて、サムズアップした彼女に。オレは気恥ずかしくなってきた。

 何がそんなに嬉しいのか知らんがな。


「なんだ。そんなに変でもないだろう」

「うん。変じゃないと思うよ。むしろいい感じ!」

「他にニーナと呼ぶ奴はいなかったのか」

「いないねー」

「だとすれば、連中はよほどセンスがないな」

「違いない! ニーナの方が断然可愛いし!」


 鈴のような笑い声が、殺風景な風に乗って広がっていく。

 いつもながら、やけに愉快に笑うな。こいつは。


「ふふ、よし。お返しにニーナちゃんが、ヴィッターヴァイツの素敵な愛称を考えてあげよう!」

「いらん」

「まあまあそう言わずに」

「いらん」

「お構いなく」


 少しは構えろ。


「えーと。ヴィッターヴァイツだから――ヴァイツ? ヴィッツ? ヴィット?」


 ヴィットと呼ばれた瞬間、反射的に肩が跳ねてしまった。


「っ……その略し方で呼ぶんじゃない……」

「お、図星を突いたっぽい。ヴィットかぁ。その反応、さては昔そう呼ばれてたね~? 女か? 女かぁ~?」

「やかましいぞ!」

「うひゃあ怖い怖い! ――で、実際のところはどうなの? ヴィット」


 オレの強面を恐れもせずに、うりうりと顔を近づけてくる。

 アルビノの赤い瞳が、こちらを興味津々で覗く。鬱陶しいことこの上ない。


「ヴィット言うな。ちっ……姉貴の奴がな」

「へえ。お姉さんがいたの。初耳。どんな人?」

「下らんお節介焼きだ。望んでもいないことをあれやこれやと。貴様みたいなものだな」

「それはつまり、私のような素敵で不可欠な存在だと」

「貴様の謎の自己評価の高さには呆れるぞ」

「いやー、妥当だと思うけどね。だってヴィッターヴァイツさ、私が見つけてなかったら絶対に行き倒れてたじゃない」

「寝ていただけだ」

「そういうことにしとく。鍛えるばかりで、自分じゃご飯だってろくに作れないしさ――おっとそうだった」


 彼女は手に提げていた弁当箱を差し出した。


「はい。今日のお弁当。どうせまた修業ばっかで何も食べてないんでしょ?」

「ふん。要らぬ世話だ。放っておけと何度言えば――」


 ぐうううううう。


「む……」


 ……こんなときに鳴ってしまう腹の虫が、恨めしくてかなわん。


「一緒に食べようよ。ね」


 オレは彼女から弁当箱をひったくると、その場にドカッと座って黙々と食べ始めた。

 彼女も黙って当たり前のように隣に座り、オレの食う様を面白そうに眺めながら食べている。

 食べている間、一切の会話はない。ないというのにこいつはニコニコしている。

 何が楽しいのだか。オレにはこいつがわからん。


 少なくとも貴様などいないところで、その日の飯程度しか困るところがない。

 そもそもオレは飢えて死のうが死ねんのだ。何度も試した。

 食事など一時の嗜好品でしかない。つまり貴様のしていることには……意味がない。

 意味はないが……。

 それはそれとして、こいつの飯は美味い。そのくらいは認めてやろう。


「馳走になった」

「お粗末様でした。うん。あなたは食いっぷりがいいから、作る方としても嬉しいね」

「今日で最後だ」

「明日も来るよ」

「来るな。鬱陶しい」

「せっかくだから、ヴィッターヴァイツが修行してるとこ見ていこうかな」


 どうせ言うことを聞かんので、オレは諦めてその場で修業を再開した。

 こいつがいるとうっかり拳圧で吹き飛ばさないよう、一挙手一投足に気を付けねばならない。

 はっきり言って邪魔である。

 そしてやはり会話はない。だというのにこいつはずっとニコニコしている。

 本当に何が楽しいのだか。オレにはこいつがさっぱりわからん。


 わからんが……。まあ悪い時間ではない。


 結局その日も、日が傾くまで彼女は側にいた。


 オレは修業する。彼女は飯を持ってきて見守る。

 たまに来ない日もあったが、そのような日々が数年続いた。

 会話はあまりしない。飯の前後くらいのものだ。



 イルファンニーナは、よく生傷をこさえて来た。


「また怪我をしているのか」

「私もヴィッターヴァイツにならって修業しているから!」


 などと控えめの胸を張る。

 痛みに顔をしかめてはいるが、その表情に暗さはない。

 だから妙に思っても、疑うまではしなかった。


「馬鹿め。弱いのに無茶をするからそうなる。見せてみろ」


 肌着をめくり上げると、アルビノ特有の真っ白な素肌に打ち身があちらこちらにある。

 放っておけば痕になりそうな切り傷もある。女が傷だらけになってはかなわん。

 気功術ですべて綺麗に治してやると、彼女は無邪気に喜んだ。


「ありがとう。ヴィッターヴァイツってすごいよね。どんな怪我もパアアって治しちゃうしさ」

「こんなもの。《剛体術》のついでの嗜みだ。礼を言われるうちに入らん」

「でもありがとう。優しいよね」

「……今日の弁当を寄越せ」



 いつの間にやら、オレがフェバルであることも聞き出されてしまった。


「お姉さんって今はどこに?」

「さあな。今も生きているとは思うが、どこで何をしているかはわからん」

「つれないね」

「そんなものだ。お互い行く宛てもわからぬ流れ人などというものはな」


 いつからだろうな。姉貴に言われるまま、人助けをしなくなったのは。

 姉貴が知れば怒るだろうか。

 何をしようとオレの勝手だ。そんな筋合いはないが。


 どれほど手を尽くしてみたところで、人は死ぬ。オレは死なん。

 決定的な断絶がある。

 一々感情移入などしていたら、いくつ身があってももたんのだ。


 それに――。


【支配】には妙な感触がある。

 何がとははっきりと言えんが、気持ち悪さのようなものがある。

 万物の事象を意のままに操る【支配】。

 これを存分に振るい、人々の暮らしを改善すれば。とにかく感謝された。

 老若男女問わず、誰もがオレを称えた。

 そう。例外なく。誰もがだ。

 オレの力を恐れる奴も、オレのやり方が気に食わない奴もいなかった。いてもおかしくはないのにだ。

 女に言い寄られて抱いたことも、数え切れんほどある。

 違和感があった。そいつは少しずつ大きくなっていった。

 どこか貼り付けたような笑顔が。尊敬の眼差しが。

 オレではなく、【支配】という力に感謝されているようで。まるで神か何かのような扱いをどこでも受けてしまうことが。

 気に入らなかった。気味が悪かった。

 そのうちオレは人助けなどやめた。人と触れ合おうとも思わなくなった。


 独りはいい。気楽でいい。


 だのに時たま、なぜかこういう構ってくる奴が現れるのだが。

 ……イルファンニーナほどしつこい奴はいなかったが。


「ヴィッターヴァイツも、そのうちどこか行っちゃうの?」

「いつかはわからんが、行くだろうな。それが運命というものだ」

「そっかあー」


 見るからに気落ちするので、オレは少しばかりいたたまれなくなった。

 ほんの少しばかりだ。


「あまり寂しそうな顔をするな。こんな奴が一人いなくなったところで、どうということはない」

「そんなことないよー? だって私、ヴィッターヴァイツくらいしか友達いないもん」

「初耳だぞ。オレなどに始終構っているからそうなるのだ」

「ヴィッターヴァイツはいつも平気で構ってくれるからね」

「貴様がしつこいだけだ。オレから構った覚えはない」

「でも何だかんだ話してくれるもの。こうやって」

「……ちっ。修業を再開する。黙って見ていろ」

「はーい」


 オレはいつもの通り汗を流し、彼女はいつもの通りニコニコ見つめていた。

 いつもの通り限界まで身体を動かした後、ふとオレは何となしに言った。

 何となしにだ。決して同情ではない。


「明日」

「うん? なに」

「明日、村を案内しろ。貴様がどんな惨めな暮らしぶりをしているのか、じっくり見てやろう」

「えー。ヴィッターヴァイツ、来るの!? 興味ないと思ってた!」


 こいつの慌てぶりが面白かった。


「いかんのか?」

「だってだって! そんなに良いものじゃないよ? きっとつまらないと思うし……」

「構わん。貴様は発育も悪いし、怪我も多い。どうせろくな暮らしなどしていないのだろう」

「言ったなあ。発育が悪いのは遺伝だもん。仕方ないもん」


 彼女は貧相な身体を手で押さえ、わざとらしく恨めしい視線を向けてくる。

 オレは無視して続けた。


「何かしてやれることがあるかもしれん」


 事と次第によっては、久々に【支配】を使ってやっても良い気分になっていた。

 小娘一人助けてやったところで、バチは当たらないだろう。


「あー。ふふ、そっか。ヴィッターヴァイツに心配させちゃったか」

「心配などしていない。もし貴様が来る理由がなくなれば、清々すると思っただけだ」

「あはは。そうだね。じゃあ明日はよろしくお願いします」

「うむ」

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