252「剣麗超絶覚醒!?」
ハルを通じて出たラナソール側では、レオンが嬉しそうな顔で立っていた。
場所はどうやら町外れの人気のない場所のようだ。他に人はいない。
向こうの方にフェルノートの街並みが見える。
「やあユウ君。待っていたよ」
彼は満面の笑みを浮かべ、ガタイの良い身体でハグしてきた。彼なりの親愛表現だ。
でも、伝説の鎧が当たって痛いし、息もちょっと苦しい。
あはは……。やっぱりハルとは勝手が違うな。
「うぐ……君の方に直接会うのは久しぶりだね。レオン。そんなに久しぶりという感じもしないけど」
「ハハ。そうだね。僕は彼女を介して常々君に力を貸していたし、君の心にも触れていたからね」
やがて満足したのか、最後に肩をバシバシと叩いてようやく離してもらえたので、俺は一息吐く。
「今どんな感じなんだ。フェルノートのみんなは」
「全員無事とはさすがにいかなかったよ。……でも、レジンバークより数は少ないけど、勇気ある人たちが立ち上がってくれたからね。どうにか致命的な被害は出さずに持ち堪えている。最近は君の力の恩恵で、人死にも出ていない」
「そうか……。とりあえず均衡状態は保っているんだな。助かったよ」
「そのくらいしかできることがなかったからね。せめてみんなを守ることだけはと」
苦々しさを含みながらも、自負の窺える顔つきで口元を締めたレオンは、俺に向き直って言った。
「ところで、改めて僕からも君に礼を言いたい」
「君も?」
「そうとも。実は彼女がヴィッターヴァイツにやられたとき、あまりにも精神へのダメージが大きくてね。僕も危うく消えてしまうところだったんだ。君は彼女だけでなく、僕の命も繋ぎ止めてくれたんだよ」
「なるほど。君も危なかったんだな」
現実の死が必ずしもこちら側での死とはならないラナソール一般人と違って、特にハルとレオンは互いにはっきり認識できるほど心の繋がりが強い。
生死が完全にリンクするほどだったのだろう。
「だから礼を言わせてくれ。ありがとう」
レオンは深く頭を下げる。
俺はすぐ「いいよ」と頭を上げさせたけれど、彼なりのけじめのようだった。
「それで、ここにもみんなの力を借りに来たんだろう? 後で行ってあげるといい。既に僕から話を通してある」
「話が早くて助かるよ」
フェルノートにはレジンバークほど実力者はいないけど、首都だけあって人の数は多い。
かなりの上澄みが期待できる。
「ただ君は、それでもまだヴィッターヴァイツには届かないと感じているようだね」
「そうだな……。ジルフさんの見立てなんだけど。フェルノートや他の場所からみんなの力をかき集めても、おそらくあいつの3~4割程度が限界だろうって。俺もそんな気はしている」
黒の力ならたった一人でも圧倒できた。フェバルの力というのは、本当に反則的に強いのだ。
それでも戦いにできるだけ、今までより条件はずっとマシだ。これ以上は贅沢だろう。
そう考えていると、彼が提案する。
「ヴィッターヴァイツとケリをつけるんだろう? 僕たちにもぜひ戦わせてくれないか。やられっぱなしは性に合わないものでね。ボクの仇は僕たちで取りたいんだ」
「君も戦ってくれるのか。そうだよな。悔しいよな。でも……」
いくらレオンも《マインドリンカー》の恩恵を受けているとは言え、ユイやリルナのようなほぼ100%のリンクではない。
普段はほとんど互角の俺とレオンも、数万人と繋がった今となっては、無視できないほど大きな力の差がある。
気持ちは嬉しいけど、奴がレオンを弱点と見て、優先的に狙われることになりはしないだろうか。
「君の心配はわかっている。今の状態の僕では、残念ながら足を引っ張ってしまうだけだろうな」
「そんなこと言うつもりはないんだけど……」
「いいや、事実だ。悪く思うことはない。ろくに戦えない者が奴の前に立つことのリスクは、彼女が、そして僕が一番良く理解している」
悔しかったんだと憤りを滲ませて、それでも彼は前向きだった。
「もちろん足手まといにはならないさ。とっておきがあるんだ」
「とっておきだって?」
いつだか正体がバレたときさながら、レオンはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「続きの話はぜひ彼女とすると良い。代わるよ」
「代わるって……え!? ふぉぁっ!?」
思わず変な声が出た。
なぜなら、目の前で早回しのように彼の姿が変化し始めたからだ。
俺の背丈を上回るほど体格の良かった彼の背が、突然縮み出した。
さらに流れるようなピンク色の髪がざわついて、急速に伸び始める。
伝説の鎧も彼の体形の変化に合わせて、柔軟に形を変えていく。
縮みながら腰回りが凹み、逆に胸部の板金は底から盛り上がり始めた。
同時に、顔つきも変化する。
中性的な面影はそのままに、肌はきめ細かさを増して。
精悍さを宿す男らしい顔のパーツが、柔らかい雰囲気を帯びていく。
気が付けば、彼はすっかり変貌していた。
くびれた腰と、ほどほどに盛り上がった胸。人懐っこい丸顔は、肌白ながら健康的な色香を漂わせている。
よく見れば。腰にかける聖剣フォースレイダーも、縮んだ等身に合わせて、大剣から細身の流剣へと。いつの間にか形を変えているではないか。
そう。どこからどう見ても、彼は見目麗しき女性剣士になり果てていた。
しかも、この心の反応は――。
変化を終えた彼、いや「彼女」は。
くるりと一回りして、新しい姿を俺に見せびらかした。
「じゃーん。どうかな。びっくりしたかい?」
「…………ハル、なのか?」
「うん。剣麗ハル――ただいま参上、だよ」
俺より一回りは小さくなった彼女が、手を胸に当てて大仰しくそう名乗った。
「……う、うん。ものすごくびっくりした」
「えへへ。黙っていてごめんね。驚かせようと思って」
いやもう、ほんとびっくりした。
いつも変身を見せる側だったけど、まさか見せられる側に回るとは思わなかったよ。
これは死ぬほど驚くな。最初に見たら。
……なんだろう。このお株を奪われた感は。
「それ……どうやって……?」
「もちろん始めからなれたわけじゃないよ。本当につい最近の話でね」
そう言って、レオン改めハルは経緯を説明する。
「あのとき、ボクとレオンの命の灯が消えかけて。死ぬほど怖かったけれど。でもね。同じくらい悔しかったんだ」
「うん」
「ボクもあいつに負けたくない、キミと戦いたいって心から願ったら……。復活のときイメージが再構築される過程で、ボクの望みが強く反映されちゃったみたいで」
「みたいって……」
そんなことがあるものなのか……!?
「ね。すごいよね。こんなことってあるんだね」
いやでも実際、こうして目の前にあるのだ。信じるしかない。
なるほど。ラナソールでは、夢想うことがそのまま力になるのなら。
その究極の形として、姿形さえも思いのままに変えてしまうことだってできるのかもしれない。
きっと死の壁をギリギリで乗り越えた彼女だけに起こった、まさしく奇跡なのだろう。
「道理でやけに嬉しそうだなと思ったよ。復活できたことだけじゃなかったんだね」
「うん。嬉しいんだ。こうしてやっと、ボクもキミの隣に立つことができるから。ボクはただキミに守られるだけの人間にはなりたくなかったんだ」
「そっか」
共に戦えるのがよほど嬉しいのだろう。彼女の声は明らかに弾んでいる。
「もちろん見た目ばかりの違いじゃないんだよ。ボクがこの姿でいた方が、どうやらユウくんとは強く繋がれるみたいだから」
「確かに……すごい力だ」
強い。
レオンそのままの姿でいるときより、今の女性剣士の姿の方が遥かに力を増している。
ハルと強く繋いでいる恩恵をそのまま受けているのだ。
下手したら散々繋がりまくっている俺に一歩も劣らないどころか、もう少し上を行くんじゃないかってほどだった。
うーん。でもなんかこの流れ、既視感あるんだよな。
ああそうか。姉ちゃんの方が強いし、リルナの方が強いし、ハルの方が強いっていう。
……いつも負けてばかりだな。情けないな俺。まあいいか。
でもこれで実力的には戦えそうなのはわかったけど、ちょっと心配もある。
「でも君、戦えるのか?」
「心配しないで。もちろんボクには、戦いの知識とかセンスとかはまったくないからね。そこはレオンに全面的にアシストしてもらうつもりだよ。言わばキミとユイさんの関係と同じようなもの、かな」
「なるほどね」
「ふふ。やっと同じになれたね。ユウくん」
二心同体というわけだ。
やっぱりお株を奪われた感がすごいな。さすがラナクリムの主人公的英雄ってところか。
とにかく、レオンの戦闘スキルでサポートされるなら問題ないだろう。
「レオンも言ってたよね。ボクの仇はボクたちで取るんだ。一人で勝てないなら、二人で一緒に戦おう」
ヴィッターヴァイツは今、ラナソールのどこかに潜んでいるんだろう。ラナソールで交戦する可能性は高いと思われる。
そうなれば、単純計算のようにはいかないけれど、二人の力を足せば奴の半分を上回る。
現実的な勝機が見えてきたかもしれない。
「ああ。よろしく頼むよ。ハル」
「今度こそ負けないように頑張ろうね。戦友くん」
共に戦える喜びを噛み締めるように彼女ははにかみ、俺と握手を交わした。
「ところで、なんでこんな辺鄙な場所にいるのかわかったよ」
「バレちゃった? さすがにみんなに晒すのは恥ずかしくて。この姿はまだキミにしか見せてなくってね」
みんなレオンのことは知っていても、ボクのことなんて知らないから、誰だよって混乱させてしまうと思うし……。
と、もじもじしながら答えるハル。
「その姿はやっぱり理想を反映してるのかな。健康的で髪の長いハルってこんな感じなんだって思ったよ」
「へへ。かもね。ボク、普段病弱だから。髪の手入れもしやすいようにって、短く切ってて。だから長めの髪には憧れがあって。たぶん」
そこで彼女はふと何気なく、程よく膨らんだ自分の胸を見下ろして。急に気付いたようにあわあわし始めた。
今さら慌てて、それを手で覆い隠す。
「わ! あ、あのね! これは……その、違うんだ! 何でもないんだ!」
「いや、別に恥ずかしがらなくていいよ。病気で発育が悪かったんだろうから、憧れるのはよくわかるからね」
「ううう……」
今にも消え入りそうなくらい赤くなっているハルは、顔を伏せながら。
恐る恐る探るように、尋ねてきた。
「ユウくんは……どっちが好きなのかな?」
「俺は君ならどうなっても好きだよ」
「……そっか。うん。ユウくんだもん。そんなこと気にしないよね」
ハルはやけにご機嫌になって、俺の手を取りフェルノートへの先導を始めたのだった。




