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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
二つの世界と二つの身体

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243「ほんの小さな、大きな奇跡」

「なぜ姉貴がここにいる。今さら何の用だ」


 ヴィッターヴァイツは、明らかに狼狽えていた。


「姉貴……。姉貴だって!?」


 本当にそういう関係なのかわからないけど、こいつに姉がいたなんて。

 奴に姉貴と呼ばれた女性は、悲しげに目を伏せて言った。


「あなたに会いに来たのよ。この目で確かめるために」

「……要らぬ世話だ。オレはオレで好きにやっている。もはや貴女の出る幕などない」

「……あなたの噂は聞いていたわ。ろくなことをしないようになってしまったと……。この目で見るまでは信じたいと思っていた。でも……変わってしまったのね」

「変わりもするさ。あれからどれほど経ったと思っている」

「残念よ。本当に……」


 ヴィッターヴァイツの姉を名乗る女性は、深いため息を吐いた。

 そして奴を強く睨んで、叫ぶ。


「こんなことに使うために! フェバルの戦い方を教えたわけじゃない!」

「要らぬ世話だと言ったはずだ! その結果がこれだ! 救えないな!」

「どうやらきついおしおきが必要なようね」


 彼女はぽきぽきと拳を鳴らし、たぶん魔力のオーラを身に纏った。少なくとも気力ではない。

 その立ち振る舞いは、性別こそ違えど、気力と魔力の違いこそあれど。

 どこか奴を彷彿とさせるものがあった。

 なるほど姉弟だと理解する。


「これ以上人を傷付けるつもりなら、私が相手になるわ。ぶん殴ってでもあなたを止める!」


 対するヴィッターヴァイツは――。

 ひどく冷めた目で、彼女を見ていた。


「本当にできると思っているのか?」

「…………」

「オレはあれから遥かに強くなった。貴女はどうだ? 戦闘に限れば、戦闘タイプと非戦闘タイプの差は隔絶している。他でもない、貴女が教えたことだ」

「……そうね。確かに教えたわ」

「断言しよう。今の貴女ではオレには勝てない。それどころか、ろくにダメージを与えることすらできないだろう。それでもやるつもりか?」

「私の性格はよくわかっているはずよ。それにあなたも万全ではないでしょう? 随分と疲れが見えるわよ」

「ふん。確かに傷は受けた。だがこの状態であっても、そこの半端者と姉貴をまとめて始末することくらいわけはないぞ」

「戦いは避けられないようね……」


 彼女は戦闘の構えを取る。

 ヴィッターヴァイツもオーラを充実させ、彼女とそっくりの構えを取った。


「たとえ姉貴であろうと。オレの邪魔をするならば容赦はせん。覚悟しろ」


 彼女は俺に向かって、心底申し訳なさそうに目を向けた。


「ごめんなさい。あなたをこんな戦いに巻き込んでしまって。弟を止められなくて」

「……詳しい事情はわかりませんけど。元々戦うつもりでしたから。やりましょう」


 状況は変わり、二対一。

 死を覚悟していたが、再び戦う意志が湧き上がってくる。

 来い。一矢くらいは報いてやる!


 そして、ヴィッターヴァイツが猛然と躍りかかった瞬間。


《ファル=ゼロ=ブレイズ》!


「ぐああっ!」


 あまりにも速い風の塊が奴の側面にぶち当たり、思い切り吹っ飛ばした。

 痛々しい激突音が鳴り響く。

 それをやったのは――。


「遅れてすみません! あたしも戦います!」

「ユウさん! あんたの想い、ばっちり伝わってきたぜ!」

「怖いけど、私も戦うわ! こんな卑劣なヤツ、許せないもの!」

「みんな……!」


 アニッサ。ランド。シルヴィア。来てくれたのか!


「アニエス! あなたも来てたのね!」

「J.C.さんもお久しぶりです」


 奴がむくりと起き上がる。

 ほとんどダメージはないようだが、取り乱しようが異常だった。

 額に血管が浮き出るほど、ぶち切れている。


「赤髪の女、貴様あッ! 何度も何度も不意打ちばかりしやがって! 探したぞ! まず貴様から始末してやる!」

「はっ! やれるものならやってみろっつーの! この最低外道クソ男!」


 どちらかといえば優等生な印象だった彼女が、こんな子だったのかと思うほど挑発的に指を突き立てる。

 奴とは因縁があるらしく、よほど犬猿の仲だということが窺えた。

 それは俺もそうだが。


 ともかく、これで五人。

 頼もしい仲間たちが、俺を庇うようにして奴の前に立った。

 それでもまだ厳しいが、奴はかなりのダメージを受けている。

 もしかしたら――。


 全員を眺め渡したヴィッターヴァイツは、憮然として言った。


「ホシミ ユウ。これが貴様の言う絆の力とやらか?」

「そうだ。みんなの力を重ねて、俺は戦う!」

「下らん。笑わせるな。雑魚を何人束ねたところで、所詮雑魚」


 奴は歯をむき出しにして、嗤う。


「フェバルに勝てるはずもない。ほんの少しだけ死の時間が延びたに過ぎん」


 奴は口の端を引き締め、満身創痍で拳を構えた。 


「この場でまとめて殺してやろう。下らん夢を覚ましてやろう。ユウ。貴様と姉貴だけが無様に蘇り、絶望するがいい!」


 これ以上、みんなを殺させるわけにはいかない。

 戦え。勝つんだ。絶対に。


 覚悟を決めたとき。


 ――不意に念話が飛び込んできた。


『容疑者ヴィッターヴァイツ。この場は既に包囲されている! 既にこの私とバラギオンのすべてがお前に狙いを定めている。直ちに投降せよ!』


「ちいっ! また横やりが入ったか。存外に長居し過ぎたな」


 奴は忌々しげに舌打ちした。

 ダイラー星系列に反撃のための十分な時間を与えた。

 俺の精一杯の抵抗は、予想以上に健闘していたのだと悟る。

 もっと簡単にケリがつくと。この男はそう考えていたのか。

 奴は懐を探った。手にはワープクリスタルが握られていた。

 こいつ。逃げるつもりか!


「待て! ヴィッターヴァイツ!」

「命拾いしたな。ユウ。次はないぞ。オレを止めたいのなら――力を示せ」


 奴の姿が薄れていく。間に合わない。

 ラナソール産ゆえにプロテクトがかけられず、効果を失うこともないのか。


「ああ。見せてやるさ。俺たちの力を」

「……フン」


 ヴィッターヴァイツは、向こう側の世界へと消えていった。


 奴の脅威が消えたとき、俺はその場で崩れ落ちそうになった。限界だった。

 トリグラーブを失うという事態は避けることができた。仲間の多くも死なずに済んだ。

 でも、ハルが。よりによって君が……。


「ハル……!」


 居ても立っても居られなかった。

 立っているのもやっとの身体を引きずって、彼女の下へ向かう。

 血だまりの中で安らかに眠る彼女を見つめたとき。

 どうしようもない喪失感が胸を締め付けた。


「あ、あ。ハル……ハルぅ……!」


 この健気で、優しくて、強い意志を持った子は。

 死んだのだ。

 もう動かない。もう帰って来ないのだと。

 止め処なく寂しくて。愛しくて。どうしようもない。

 彼女に縋りついて泣いた。泣くことしかできない。


「ごめん。ごめんよ……ハル。俺は、君を守れなかった……!」


 君との思い出が、次から次へと溢れて。

 涙が止まらない。


「どうして君なんだ。どうして俺じゃないんだ!」


 こんな命なら。君を救えるなら。

 死の痛みなんて、何度だって差し出してやったのに!

 俺と関わったせいで目を付けられ、惨たらしく殺されることになってしまった。

 君が死ぬことはなかったのに。俺の、せいで……!


「う、う……! こんなことになるなら! 少しくらい君の気持ちに応えてやればよかった……っ!」


 リルナはきっと怒るだろう。でも話せばきっと理解はしてくれたはずだ。

 いつか俺は去り、君は人としての生を歩んでいく。そう思っていたから。

 これが君の淡い初恋で、切ないかもしれないけど、素敵な思い出として前に進んでくれるだろうって。

 そう思っていたから。

 だから、痛いほど君の気持ちをわかっていたのに。あんなに受け取っていたのに。


 俺も君のことが好きだったのに。


 こんな別れなんて。考えもしなかったんだ。

 本当に、考えもしなかったんだ……。

 悔しいよ……。


 痛かったよなあ。苦しかったよなあ。

 なのに、最期の最期まで。ずっと俺を想って。

 俺を絶望の淵から引き戻してくれた。正しい道に引き戻してくれた。

 そんな君の愛に、俺は応えられない。

 もう応えることができない。


「ハル……。ありがとう。ごめん。本当に、ごめん」


 俺は彼女の唇に顔を寄せて、そっとキスをした。

 もう意味がないとわかっていても。そうせずにはいられなかったんだ。




「……ユウ、くん」




「ハ、ル……?」



 どうして。君は――。


「へへ。こんな形で……キス、させちゃった。やっぱりボク……ずるい女、だね」

「ハル……!」

「ずっと、聞こえてた、よ? 嬉しい、な。キミは……ボクの、ために……そこまで、涙を流して……くれるんだね……」

「どうして……。どうやって」


 間違いなく死んでいたはずだ。あの傷で助かるはずがなかった。

 どうして。


「そこの……二人が、助けて……くれたんだ。不思議な力を……使ってね」


 はっと振り向くと。

 ヴィッターヴァイツの姉を名乗る女性と赤髪の少女が、気恥ずかしそうに顔を反らしていた。


「あ、は、は……」


 どうやったのかわからない。

 けど、わからなくてもよかった。奇跡でもよかった。

 もう一度ハルに会えた。それだけで十分だ。


「ありがとう……ユウくん。やっぱりキミは……ボクのヒーロー、だよ」

「ありがとうを言うのは……こっちの方だよ。ごめん。俺がもっと、しっかりしていたら……」

「ううん」


 ハルはぎこちなく笑って、首を横に振る。

 花のような笑顔が、帰ってきた。


「キミが、諦めなかったから。キミと、繋がっていたから……ボクは、死の闇から……戻って来られたんだよ? あのとき、キミが変わってしまったら。繋がりが切れて、しまっていたら……たぶん、ボクの心は死んでた。キミの……ボクを大切に想う心が、ボクを助けてくれたんだ」

「そう、か。そうだったのか……」


 無駄じゃなかったんだ。

 あのとき踏み止まったことは。

 俺の足掻きは、覚悟は。決意は。

 それに応えてくれた仲間の想いは。

 細い細い糸を手繰り寄せて。

 世界に比べたらほんの小さな、けれど大きな奇跡に――届いていたんだ。


 実感が湧くにつれて、別の種類の涙が溢れ出す。

 温かい気持ちが頬を濡らす。

 人目を憚ることなく、嗚咽を上げていた。


「ハル! ハルっ! よかった! よかった……っ!」

「わ、いたいよ。ユウくん」


 子供のように縋り付いて泣きじゃくる俺を、細く温かい手が包んだ。

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