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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
二つの世界と二つの身体

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238「英雄の条件」

 成り行きから運命共同体となった、ダイゴとシェリーは。

 現実世界を闊歩する魔獣をやり過ごしながら、安全な町へ向かうべく、地図を頼りに移動を続けていた。

 最初のうちこそ、いい歳したおっさんが年頃の娘を連れ歩くという犯罪的絵面に頭を悩ませていたダイゴであったが。

 すぐにそんなことを気にしている余裕もなくなった。

 ダイゴは攻撃、シェリーは回復と綺麗に適性分担がされている。

 どちらかが欠けても生存は絶望的である。

 協力が不可欠であると互いに理解し、数日もすれば、適切な距離感を作れるようになっていた。


 二人にとっての不幸は、廃墟となった聖地ラナ=スティリアの近辺には、他に大きな町はないことだ。

 そのためダイラー星系列は、意図的にこのエリアを警護対象から外していた。

 さらには電波通信も阻害されているため、救助を求めることもできない。

 散々苦労して、近隣の町に辿り着いた二人が目にしたものは。

 人々が食い荒らされ、無残に壊滅した都市の姿だった。

 いっそ聖地ほど徹底的に破壊されていれば、冷静に跡地として見ることもできたのであるが……。

 血肉と腐臭が漂う街並みは、ピリー・スクールに通う一般の学生には生々し過ぎた。

 シェリーは涙混じりに吐き戻してしまい、そんな彼女をダイゴはおろおろしながらさすってやることしかできない。

 そしてこの光景もまた、自分の片割れが――フウガが好奇心と気まぐれで手を貸してしまったことによる結果なのだと。

 根は小市民である彼を、絶えることのない罪悪感が打ちのめしていた。

 シェリーが落ち着くのを十分待ってから、ダイゴは提案した。


「食料と水を探すぞ。マーケットに行けば、無事な缶詰やら何やらあるだろう」

「そう、ですね。本当はお金を払うべきなんでしょうけど……拝借することにしましょう」


 やがて二人はマーケットを見つけた。

 だが非常時に考えることは皆同じだったようだ。既に店内はひっくり返された後だった。

 人が食べた後なのか、あるいは魔獣が引き裂いたか食べてしまったか。無事なものはすぐには見当たらない。

 また外に比べて、死体が遥かに多い場所でもあった。

 魔獣にやられたとみられる者が多いが、人同士の争いによって命を落としたと思われるものも散見された。


「シェリー。大丈夫か」

「あんまり……。でも少し、慣れてしまいました」

「すまんな。待ってろというわけにもいかねえし……」

「わかってます。離れるのは危険だってことくらい」


 腐臭を堪えつつ、二人でくまなく店内を探すと。

 期待通り、缶飲料や缶詰でいくつか無事なものが見つかった。

 詰められるだけ詰めて、二人はこの町を後にすることにした。


 近くに魔獣がいないことを確かめてから、木陰で腰を休める。

 缶飲料と缶詰を一つずつ開けて、ささやかな夕食とした。

 先は長い。無駄喰らいはできない。

 一心地ついたところで、ダイゴが火魔法を起こして暖を取る。日が沈んだ後の明かりにもなる。

 いつ魔獣が襲ってくるかわからないので、交替で仮眠を取る必要があった。

 体力のないシェリーには夜間しっかり寝てもらい、明け方にダイゴが少しだけ眠る。

 現状はこれで回している。

 先に横になったシェリーに、ダイゴは話しかけた。


「もう随分になるよな。親御さんが心配してるだろう」

「あっ……いえ。両親はもういません。夢想病で」

「そうだったのか……。悪いこと聞いたな」

「いいえ。よくある話ですから。結構前のことですし」

「じゃあシェリーは……一人でずっと暮らしてたのか?」

「はい。最初は大変でしたけど、慣れてしまえば何とかなるものです」

「……人生、辛かったりはしねえのか?」

「うーん」


 シェリーは首をひねり、真面目に考えてから答えた。


「辛いことがないと言えば、嘘になりますけど。私自身は結構楽しんでいる方かなって思います。友達もいますし、夢想病で苦しんでいる人を助けるっていう目標もありますし」

「そうか。立派だな」

「そんなことないですよー。私なんてまだまだ子供ですし」

「歳ばかり食っちまった俺なんかより、よほどしっかりしてるぜ」

「ダイゴさんはどうなんですか?」

「お、俺か? 聞いてどうすんだよ」

「悩みがありそうでしたから」


 邪気のない瞳が、彼を貫く。

 実にガキ臭い――穢れを知らない目をしてやがるとダイゴは思う。

 目の前の人物が惨状の元凶の一人であることを知ったら、どんな顔をするのか。

 白状する気にはなれないが、彼の罪悪感が心情を吐露させた。


「……俺はさ。ろくな人生じゃねえって思ってたんだ」

「そうなんですか?」

「ああ、思ってた。くっくっく。馬鹿な話だよな。あのクソだと思ってた日々が、今は宝物に思えて来るんだよ」


 自分がしでかしてしまったこと。これは単なる一時的な異変ではない。

 日に日に数を増し、凶悪さを増していく魔獣ども。

 醒めない眠りにつき、傷付き、殺されていく人々たち。

 もしかしたら、このまま世界が終わってしまうほどの――。


「取り返しのつかないことになっちまった。失ってやっと気付くなんてよ」


 項垂れるダイゴは、シェリーには泣いているように見えた。

 泣きたいけど泣き方がわからない。不器用な男が弱っているように見えた。


「私にはあなたの事情はわかりません。けど、後悔してるんですよね?」

「そう、だな……。後悔してるんだろうな」

「なら、その気持ちを大切にして下さい。もう繰り返さないように」

「大切に、ねえ」


 彼には、どうしても受け止められない。

 こんなに苦しいなら。今すぐにでも捨ててしまいたいと。

 そう思っているのに。捨てられない後悔を。

 大切になどと考えられる素敵な感性は、持てそうもない。


 そんな彼の自嘲めいたニュアンスを、裏なく受け取った彼女は。

 さらに清廉な少女らしい言葉を紡ぐ。


「すべてが元には戻らなくても。生きているなら、できることはあります。ここからやり直すことはできるんです」

「……ふん、やり直すだと? 綺麗事だな」


 彼はとうとう吐き捨てた。怒鳴り立てないことが精々だった。

 ぐちゃぐちゃに悩み苦しむ内心のままを、いっぺんにまくし立てる。


「俺くらいになるとな。世の中にはどうしようもないことの方が溢れてるって、嫌でも思い知っちまうのさ。やり直せば、死んだお前の両親が戻るのか? あの町の連中が帰ってくるのか? 平穏な日常ってやつが戻ってくるのか? なあ、俺たちに何ができる? 明日には魔獣の餌になってるかもしれないぜ。世界そのものが終わってるかもしれねえ。もう遅いんだ。やり直すもクソもねえんだよ」


 そこまで言ってしまった直後に、ダイゴはまた後悔した。

 いくら彼なりの正論でも、いたいけな少女に大人げなくぶつけて良い言葉ではなかった。

 しかし、少女はたじろがなかった。


「そうかもしれません……。でも……ちょっと聞いて下さい」

「なんだよ」

「私の友達に、すごいけどすごくないような、変な人がいるんです」


 ある人物を浮かべながら、彼女は語る。


「その人は……ぱっと見は全然頼りなさそうなんです。下手すると、私とほとんど変わらない子供に見えるほどで。ちょっとしたことですぐ慌てたり、顔を赤くしたりするし」


 そんな、割とどこにでもいそうな感じなのに。


「でもすごいんですよ。いつでもどこでも一生懸命で。気が付くとたくさんの人を動かして、世界中の人を助けて。笑顔にしていて。私も数え切れないほど助けてもらいました。きっと今も世界のために戦ってるんだと思います」

「そいつは……」


 ダイゴの頭を過ぎったのは、ある人物だった。

 あのとき、誰よりも強情に抵抗していた者。

 大切な日常を守るため、最後まで足掻いていた者。


「あるとき、聞いたんです。どうしてそこまでやれるのか、他人のために一生懸命になれるのかって。大した見返りがあるわけでもないのに。そしたらなんて言ったと思います?」

「わからねえな。そんな奴の気持ちなんてよ」


 ふふ、とシェリーは笑った。


「そうです。わからないって言うんですよ。あんまり深く考えたこともないって。ただ困っている人を見たら放っておけないからって。笑ってそう言ったんですよ」

「なんだそりゃあ」

「ね。なんだそりゃあ、ですよね」


 少女はしみじみと同意して、素直に思うところを続ける。


「本物の英雄っているんですね。私、思いました。とても敵わない、真似できないって。こんなすごい人がいるのに、私のやることにどれだけの意味があるのだろうかって」

「そりゃあ、そうだろうよ」


 世の中は一握りの権力者や天才、英雄と呼ばれる者が動かしている。

 彼の知る限り。

 あいつは、ただラナソールで英雄ごっこをしているだけの連中とは違う。

 現実では燻っていただけの自分とも違う――本物だった。


「でもあるとき、見ちゃったんです」


 ダメだった。助けられなかったって。

 人影で泣いている彼を。

 小さく縮こまって、まるで年下の子供が震えているように彼女には見えた。

 そんな姿を見たことがなかった彼女には、本当に衝撃だった。


「私、いたたまれなくて。仕方ないですよって慰めに行ったんですけど……。あの人はどうしても割り切れなかったみたいで」

「何だって背負えるわけじゃねえってのに。贅沢な悩みだぜ。まったく」

「ええ。つい聞いてしまいました。じゃあどうすればよかったんですか? って」

「なんて言ったんだよ」

「また、わからないって言うんですよ。今度は困ったように笑って。泣きながら笑って。どうすればよかったのかなんて、何が正しいのかなんてわからないって。ただ……」

「ただ?」

「わからないけど、それでもきっと。自分にも何かできることはあるはずだって。いつも迷いながら、それを探し続けているんだって……」


 あのときの彼の、困ったような笑顔が。切なげな姿が。

 彼女には、ずっと強く胸に焼き付いていた。


「それを聞いたとき。私、思ったんです。この人も本質的には同じなんだ。同じ悩みを持った、等身大の人間なんだって」


 シェリーは瞑目し、考えをまとめてから続ける。


「じゃああの人と私と、何が一番違うんだろうって。そして気付きました。英雄の条件に」

「へえ。そいつはなんだ?」

「諦めの悪さです」


 きっぱりと言い切った少女に、ダイゴはずっこけそうになった。


「そんなものが? マジで言ってんのか?」

「マジです。見ててわかったんですけど、その人、滅茶苦茶諦めが悪いんです。どんなときでも簡単に諦めようとしないし、終わった後でも、もっとどうにかならなかったのかってずっと考えてます。次はできるように、今度はもっと上手くいくようにって」


 人よりもずっと諦めが悪いから。

 結果として、人にできないことまで何とかしてしまうことが多いのだと。

 その意外なほど単純な因果関係に、彼女は気付いた。

 彼自身の能力の高さもまた、諦めの悪さから己を高め続けた結果なのだろうとも。

 それは誰にでもできるようで、滅多にできることではない。

 ほとんどの人は、大きな困難を前にすれば。

 何かと理由を付けて目を背けたり、諦めてしまうものだから。

 だから。


「私もできるだけ見習ってみることにしたんです。ほんの小さなことかもしれないけど、私だからできることもあるはずだって。知ってましたか? 人は誰でも小さな英雄になれるんですよ」


 彼女が日々綴っている夢想病ブログ。おかげで助かった人は数多い。

 両親をその病で失い、その病と戦ってきた彼女だからこそ書ける文章だった。


「だから、きっとダイゴさんも……」

「長話までして、結局言いたいことはそんなことか?」

「うっ」


 剣呑な目で睨んだため、さすがのシェリーも怯んだ。


「……ちっ。わかったからさっさと寝ろ。明日も早いんだぞ」

「あ、すみません。つい熱くなってしまって……。寝ますね」


 やがて、気まずそうにしていたシェリーが寝静まった後。

 ダイゴは一人、毒吐いた。


「俺だからできること、か……。そんなもの、知るかよ」


 ひとまずはこのガキを無事送り届けることくらいだ。そのくらいはしなければ。

 ――自分に何ができるか。そんな思考になっていることに。

 毒されたことを苦々しく思いながら、ダイゴは夜の番を続けた。

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