237「ヴィッターヴァイツの狙い」
アルトサイダーにけじめを付けたヴィッターヴァイツは、彼らから得られた情報を整理する。
「ふむ。ダイラー星系列が出張ってきているのか」
ダイラー星系列がトレヴァークを実効支配し、『事態』の解決に当たっていることを彼は知った。
どうやら自身がラナに手をかけたことにより、ラナソールは半壊し。
トレヴァークでは、世界人口の約十分の一が昏睡しているようだ。
さらには今彼が従えている闇の異形ナイトメアが各地で発生し、ラナソールの魔獣どもと徒党を組んで暴れ回っているらしい。
「さて。どうしたものか」
もちろんあの生意気な赤髪の少女を、なるべく後悔させてから殺すことも忘れてはいないが。
もし生きているならば。トレインという男を見つけ出して、落とし前を付けること。
これが当面の大きな目標だろう。
ラナは殺したはずだが、ラナソールは壊れかけたまま残っている。
自分を縛り付けてくれたあの忌々しい世界を完全にぶち壊すには、まだ何かが足りない。
おそらくトレインも殺す必要があるのだろうと、ヴィッターヴァイツは推察していた。
問題は、そのトレインが影も形も見当たらないことである。
あるいはアルトサイドのどこかに潜んでいるのかとも考えて探したが、結局は何もわからなかった。
この薄暗闇の世界はひどく見通しが悪い上に、感知系の技はことごとく阻害されてしまうのだ。
シェルターを見つけることができたのも、偶然によるものである。
【支配】したナイトメアの感情を探ったとき、破壊したい対象として思い浮かべていたので、その位置がわかったのだ。
ナイトメアにとっても、トレインのことはそもそもわからないようだった。
そして残念ながら、アルトサイダーもトレインをよく知らなかった。
大昔の伝説の人物であるというだけで、ぱったりと情報が止まっている。
心残りだが。手掛かりがない以上は、一旦棚上げするしかない。
それはさておき。聞き捨てならないことを聞いた。
「ホシミ ユウ。あの小僧、また懲りずにうろちょろしているのか」
アルトサイダーがユウと接触したこと。世界の異変の解決を彼に託したことは、怯え切った二人が勝手にべらべら話してくれた。
だが星脈の異常と、宇宙そのものが終わるかもしれないという話については、彼は知り得なかった。
ユウがアルトサイダーを信用しなかったことと、現地人に星脈関連の話をしてもややこしくなるだけと思い、彼らには一切話さなかったからである。
もしこの時点で知ることができたならば、さしもの彼でも慎重になっていたかもしれない。
あくまで「かもしれない」話である。
知り得なかった彼にしてみれば、世界の混乱とフェバル級が大量に集う実に面白い状況になっているのだった。
「聞けば、ユウに普段と変わったところはなかったという」
ヴィッターヴァイツが気にしているのは、あの謎の黒いオーラを纏った状態のユウである。
思えば、聖地ラナ=スティリアでは「なりかけ」だったのだろう。
急激な力の増大が認められた。
代わりになぜか、以前【支配】を解除した能力は使えなくなっているようだったが。
何よりあのとき、自分に向けてきた――身を刺すような殺意。
まさかあの甘いガキが発せるものだとは思いもしなかったが。素直に素晴らしいと感じた。
やはり腐ってもフェバル。
きっかけさえあれば「こちら側」へ来る素質があったのかと、内心嬉しくも思ったものだ。
しかし、その後――。
「なってしまった」ユウは、想像を遥かに超える力を持っていた。
ラナに直接手を下したのは彼であるが。
実質世界が壊れた原因の半分は、あの変貌したユウと、そいつと戦っていた何者かである。
ヴィッターヴァイツが純粋な強さに対して打ち震えたのは、ほとんど生まれて初めてと言ってもいい。
しかも、あのユウにだ。
この事実は、彼に少なからぬ衝撃をもたらした。
と同時に、畏れと悦びの入り混じった、強い興味を湧き起こさせた。
あれと戦ったら、どうなるだろうか?
――できるかもしれない。
本当に勝てないかもしれない戦いを。
フェバルとなってからついぞ経験することのなかった、真の意味での死闘を。
戦闘者として、純粋にあれと戦ってみたいという気持ちは、時間が経つにつれ高まる一方だった。
だが一方で。率直に言ってしまえば、畏れてもいるのだ。
なぜだか、しきりに自分の中の何かが警告している。
あれと戦ってはならない。眠れる獅子を起こすべきではないと。
自分でもおかしいとは思う。
普通なら強敵は願ってもない。たとえ己が死すとも戦う一択である。
なのにオレとしたことが。なぜ躊躇うほど畏れの感情が強いのか。
まったく理解できなかった。
きっと何かの気の迷いだろう。
彼は魂からの警告を、あえて無視し続ける。
しかしどうやらあの状態は一時的なものか、不安定のようである。
ラナに手をかける直前、彼と対峙したユウは、まったくあの冷たさと圧倒的な力が抜けているように見えた。
初めて会ったときと同じ、ただの甘ったれたガキだった。
あの力と殺意を向けられなかったことには、安堵した気持ちがないわけではないが。
正直、がっかりした気分の方が大きかった。
そしてアルトサイダーと接触したときのユウも、どうやら甘ったれの方らしい。
「どちらが本当の貴様なのだろうな」
ホシミ ユウとは、極端な二面性を持つフェバルなのかもしれない。
そのようにヴィッターヴァイツは考えていた。
人一倍純粋であることは、何度も対峙すればよくわかる。
純粋ゆえに嵌れば強い。
おそらくは感情をトリガーにして力を爆発させるタイプの、極めて特殊なフェバルなのだろう。
普段クソ雑魚なのは、うまく力を使いこなせていないから。
何より――フェバルの力を振るうことに、躊躇いがあるからだ。
ヴィッターヴァイツは断ずる。
躊躇いがあるから、普段の貴様は弱いのだと。
――本当は、誰よりも化け物なのだろう?
だのに人のふりをして。人の価値など信じている。
ああ。気に入らない。本当に気に入らない。
あの甘ったれた顔が。
どこまでも人を信じて、人のまま足掻いてやろうという目が気に入らない。
まるで昔の自分を見ているようだ。
何も真実を知らなかった、あの頃の馬鹿な自分を。
どうせ運命は決まっているのだ。
どうしようとフェバルは人とは違う。人と交わることなどできはしない。
それでも無理を通せば。
待っているのは、残酷な結末だけだ……。
だのになぜ無駄なことをする? なぜ足掻く?
そもそもこの力は、何のために与えられた?
決まっている。
思う存分振るうために与えられたのだ。好きなだけ暴れるために与えられたのだ。
下等な人間どもに、貴様らと己とは違うのだと。叩き付けるために与えられたのだ。
運命を受け入れろ。力を受け入れろ。
フェバルは絶望してこそ相応しい。力を振るうに相応しい者であれ。
――真に資格のある者ならば。
「誰も貴様に教えぬと言うなら。オレが貴様に現実というものを教えてやろう」
ヴィッターヴァイツはほくそ笑んだ。
「ホシミ ユウ。親しい者が傷付けられたとき、果たして貴様はそのままでいられるかな?」




