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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
二つの世界と二つの身体

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232「ウィル & レンクス VS ナイトメア=エルゼム 2」

 エルゼムは空を飛び、二人の獲物に襲い掛かった。

 細長い手足は鎌のごとく鋭い形に変形し、左右で両者をそれぞれ狙っている。

 元が闇であるから、形状の変更は自由自在なのだ。

 身構える二人であるが、鎌が二人に到達する前に、闇が溶けるようにしてエルゼムは消える。

 次の瞬間、背後から二人目掛けて、同時に鎌は振り下ろされていた。

 ウィルは冷静に地を蹴ってかわした。

 レンクスは振り向き様に避けつつ、一発蹴りを見舞う。


「ありゃ?」


 しかしレンクスの蹴りは――影体を捉えることなく、空を切った。


『何をやっている。そいつには光属性以外は効かないぞ』


 超スピードの戦闘は音を遥か置き去りにするため、双方が手を止めない限りは言葉での意志疎通は基本的にできない。

 代わりに念話を用いる。超越者クラスには基本スキルとされる由縁の一つである。


『そういうことは早く言え』


 ナイトメアとの戦闘経験がなかったレンクスは、気合を入れ直して手足に光の魔力を纏った。

 気を主体とするレンクスは魔法はさほど得意ではないが、それでも非戦闘タイプで魔法が得意な者よりも上なのだから、素質の差は残酷である。

 ウィルもまた光の気剣を作り出す。

 魔力も気力も同等にハイレベルである彼だからこそ、一人で構成できる至高の剣であり。彼の最も信頼する武器である。


『前から思ってたが、お前のそれってなんかイメージと違うよな。どっちかって言うと闇の剣使いそうなのによ』

『勝手に人を測るな』


『黒の旅人』には見破られたが。

 他人に思い入れをひけらかすつもりはないし、踏み込まれたくもない。

 ヒカリの気剣を使い続けることなど、感傷以外の何物でもないのだから。


 敵が動き出す前に、小手調べとしてウィルは【干渉】を仕掛ける。


《封縛手》


 並みの相手であれば、一切の能力や活動を封じ込めてしまう凶悪な技だが。

 エルゼムには効かなかった。

 他にもウィルは、ごくわずかの間にいくつか小技を仕掛けてみたものの。

 エルゼムは何を受けても、まったく平然としている。


『やはりダメか。レンクス。能力は無意味だ。奴にプロテクトをかけられている』

『くっそ。まあ能力一発で勝てたら苦労しないよな』


 少し残念に思いつつも、さほどショックを受けることはない二人。

 フェバル級の能力はまともに喰らったら一発で終わるため、同レベルでは何らかの対策を用意しているのが普通である。

 特に、次の四つは重要とされる。


 時空の操作によって致命的影響を受けない――時空耐性。

 環境要因によって行動不能とならない――環境耐性。

 因果や量子の操作等によって存在を解消されない――強存在性。

 身体支配や精神支配によって深刻な影響を受けない――自律性。


 これらは基本四点セットであり。

 すべてを一定以上の水準で持たない者は、勝負の土俵に立つことすらできない。

 ちなみにここまでの旅で、ウィルは直接的・間接的にユウにすべて備えさせているのだが……。

 あえて自分から教えることはないだろう。


 それはさておき、エルゼムが動き出した。

 腕を振るうと、闇の爪が伸びて二人を襲う。

 レンクスとウィルは、左右に散ってかわした。


 カカカ。


 エルゼムが不気味に笑うと、闇の爪が爆発的に枝分かれする。

 茨の森のように膨れ上がり、二人の全身をバラバラに切り刻もうとする。

 レンクスは光の拳を打ち込んで爪を砕き、ウィルは剣をもって斬り裂く。

 すると残った爪の先端が広がり、一斉に黒いビームを撃ち込んできた。

 さすがに避け切れないと見た二人は、光の魔力を纏って防御態勢に入る。

 雨嵐と闇のビームが撃ちこまれる中、エルゼムが朱い目を光らせる。

 直感、身の危険を感じたレンクスは。

 咄嗟に己の拳を自分の胸へと打ち込んだ。

 間一髪、彼の心臓の内で生成されかかっていた闇の棘が砕かれる。


『あっぶねえ。今、内側から直接貫かれそうになったぞ』

『奴はこのアルトサイドそのものの化身。ある意味どこにでもいるというわけだ』

『リーチはあってないようなものか』


 影体に気を取られてばかりではいけない。

 エルゼムはありとあらゆる場所から、一瞬で攻撃を仕掛けられるということだった。

 エルゼムは、形状自在と遍在性を活かしたスタイルで戦闘していた。

 瞬間移動、気配の操作、影体の自己消失と再構成など。

 トリッキーな動きで二人を翻弄しながら、次々と攻撃を繰り出してくる。

 攻撃パターンも非常に多く、初見殺しのようなものもいくつかあった。

 気配を読むことに長けた達人であるほど、エルゼムの不規則な動きにはペースを乱されやすい。

 加えて気や魔力を一切読めないことが、いっそう敵の実体を捉えにくくさせていた。


 芯を捉えたはずの光の気剣が空振る。

 のっぺらぼうを撃ち抜くはずの拳が空を切る。

 次の瞬間には、背後や側面から即死レベルの攻撃が飛んできている。

 単純な動き自体も中々のもので、下に見積もっても並みの戦闘タイプのフェバル程度にはあった。

 牽制に撃ち込んだ光魔法がすり抜ける様を見て、レンクスはぼやいた。


『ちょこまかと動きだけは一人前だな』

『見切れない攻撃ではないが、一撃でもかすってくれるなよ。濃縮された悪夢の塊だ。フェバルではまともに戦えなくなるだろう』

『だろうな』


 並みのナイトメアでも、延々苛まれるほどの精神ダメージを受けるのだから。

 エルゼムからまともに攻撃をくらえば、精神が破壊されるほどの重大なダメージを受ける危険が大きい。

 もちろん星脈が正常であれば、次の星へ行くときに治るのだが。穴が開いている現状が問題だった。

 ここで死ねば最悪復活せず、そのまま穴の向こう側にいるオリジナルのアルの糧とされてしまう恐れがある。

 絶対に負けるわけにはいかないが、二人にはまだ余裕があった。

 いかにトリッキーな動きをしようとも。二対一による数の優位と、明確な基本スペックの差があったからだ。

 ウィルもレンクスも、確実にすべての攻撃を見切っていた。

 であれば、あとは慣れの問題である。

 徐々に敵の攻撃の合間を縫って、反撃を仕掛ける機会が増えていく。


 幾度目か、レンクスの拳がエルゼムの急所を捉えようとする。

 そしてまたエルゼムは、直撃する寸前に姿を消そうとした。


『そこだ!』


 だが彼は寸前に拳を引き。

 魔力を飛ばす拳で、次の出現位置をピンポイントで撃ち抜いた。


 グ、ギ……!


 光の魔力の直撃により悶えるエルゼムを、ウィルの冷徹な剣閃が貫く。

 斬られた場所から眩い光が弾けて、エルゼムは消滅した。


『ふう。やったな』

『…………』

『ん。どうした?』


『――違う』


 ウィルは直感で身の危険を覚え、光の気剣を背後に向かって振り抜く。

 その判断が彼を救った。


『なっ!?』


 レンクスは驚愕する。

 なぜなら。倒したはずのエルゼムが、寸前のところまでウィルに闇の剣を届かせていたからだ。

 しかもまるで一切のダメージのない、完全な姿で。


『くそったれがっ!』


 なぜ倒せていない。

 ウィルの攻撃は間違いなく、完璧に決まっていたはずだ。


 レンクスは苛立ち、猛然とエルゼムに挑みかかった。

 先走る彼に、ウィルも不本意ながら彼のサポートに回る。

 既にここまでの戦いで、奴の動きに底は見えている。

 ゆえにこれまでよりも苦戦することはなかった。

 やがてレンクスの会心の一撃が、今度こそエルゼムの芯を捉えて爆散させる。

 しかし――。


『レンクス。気付いたか』

『ああ。ちくしょう』


 黒の剣による攻撃と違い、光属性による攻撃であるから、失った闇が補填されることはない。

 なので確かにダメージは通っている。通っているのだが……。


 エルゼムが倒されたとき。

 ほんのわずかにアルトサイド全体の闇が薄まったことに、二人は気付いた。

 だがそれだけだ。

 エルゼムは、再び万全の状態で二人の前に復活していた。


 二人は気付く。

 エルゼムの真の恐ろしさとは。

 フェバル級の基本能力でも、変幻自在の特殊能力でも、一撃で精神を破壊しかねないほどの凶悪な攻撃力でもない。

 それらをすべて兼ね備えながら、殺しても殺しても瞬く間に完全復活する――圧倒的タフネスであることに。

 いかに超越者と言えども、体力は有限である。

 ウィルとレンクスがエルゼムを優に上回る強さを持っていたとしても、永遠と戦い続ければ見通しは明るくない。


『向こうだけ残機ほぼ無限で、こっちだけオワタ式かよ。やってられないぜ』

『……どこでそんな言葉を覚えた』

『地球。ユウとゲームやってるときにな』


 復活したエルゼムは。

 己を初めて、幾度もまともに傷付けた二人を気に食わなかったようだ。

 朱い目を細め、レンクスとウィルを睨む。


 krrrrrrrkaqatarrrrararakrqrrarrrarrr!


 最初に発した身を刺すような咆哮とは違う。

 舌を巻いて出すような、奇妙な発声が続いた。


『なんだ。何をしている?』

『…………』


 周囲の闇が蠢き始める。


『まさか。こいつ』


 レンクスが訝しんだのと同じタイミングで、闇が次々と生物の形を取り始める。

 そして気が付けば、多種多様、実に億千万のナイトメアの軍勢が二人を取り囲んでいた。

 まったく比喩抜きで、地の果てまでも闇の異形が埋め尽くしている。

 それを容易く生み出した、たった一人の将は。カカカ、と不気味に笑い続けていた。

 二対一が一転、二対数億の構図である。


『おいおい……。こりゃあ先の長い戦いになりそうだな……』

『……お前は雑魚をやれ。僕はあの野郎を斬る』

『いいけどよ。本当に倒せんのか? こんなもん』

『なら逃げるか? 逃げるのは問題ないだろうな。代わりにこいつは、いずれユウやあの女のところへ向かうが』

『最悪だな』


 二人でさえ苦労させられているのだ。

 もしトレヴァークやラナソールに解き放たれることがあれば。

 すぐにでもナイトメアで世界を覆い尽くし、この世の地獄絵図を作るだろう。

 現地人は皆殺し、エーナでも一分ともたない。ジルフでさえどこまで戦えるかわかったものではない。

 ユウやユイにとって、最も救いのない結末になるのは間違いなかった。


『俺たちでやるしかないか』

『別に無限に復活するわけじゃないだろう。なら、死ぬまで殺し続ければ良いというだけだ』

『よく言うぜ。だがその心意気、乗った!』


 二人とエルゼムの長い長い戦いは、始まったばかりである。

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