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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
二つの世界と二つの身体

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215「"アニッサ"、ユウたちに加わる」

 気が付くと、目と鼻の先にエルゼムの爪がぴたりと止まっていた。

 闇の爪は陰のように伸縮自在らしい。

 その場にいながらにして、俺たち三人を同時に殺そうとしていたのだ。

 どういうわけか爪が止まらなければ、赤子の手をひねるようにいとも容易く殺されてしまっていただろう。

 その恐ろしい事実を、認識さえする時間も与えられなかった。

 それほど滅茶苦茶なエルゼムの実力に、戦慄する。


 でもなぜ助かったのか。

 あとほんの刹那で、爪は確実に俺たちの首を刎ねていたはずだ。

 それに、この身体を包む違和感は――。


 本来動けないはずのところを、無理に動いているような感覚。

 まるで昔――時間停止攻撃を受けたときのような感じだ。


 もしかして、ほんとに止まってるのか……!?


 ランドとシルは先ほどから、ぴくりとも動かない。

 だが死んでしまったわけでもなく、ただ止まっているだけだ。

 まさに時間停止特有の状況だった。


 俺だけがなぜか、普通に動いて――。

 いや、違う!


 目の前のエルゼムの爪は、なおもこちらを仕留めようと震え始めている。

 動こうと藻掻いているけれど、まだ自由には動けないというところだった。

 でも時間の問題だろう。徐々に震えが大きくなってきている。


 こいつ。もう時間攻撃耐性を得ようとしている……!


 改めてぞっとするも。とりあえず今のところ、奴はろくに動けていない。

 千載一遇の好機を活かすべく、すぐにでも正確な状況を把握して動きたいところだが。


 何が起きた。誰かが時間を止めたはずだ。

 術者はどこだ。


 周りに目を向けたとき――。


 一人の少女と、ばったり目が合った。


「君は……!?」

「げ。やば」


 謎の少女は、あからさまに「やっちゃった」と言う顔で泡を食っている。

 まるで俺に気付かれるのがまずかったと、そう白状しているようだ。

 よくわからないけど、たぶん彼女が時間停止の行使者なのだろう。

 この状況が予想通りの時間停止なら、俺が動けてしまっていることが想定外だったのかもしれない。


「君が助けてくれたのか?」と、口にしようとしたところで。


「とにかく話は後! えいっ!」

「うわっ!」


 風が俺の身体を包んで持ち上げる。

 ランドとシルも停止したまま、運び上げられていた。

 そして何をどうやったのか、突然少女のすぐ側に空間の穴が開いた。

 向こうはトレヴァークに繋がっている。逃がしてくれるということだろうか。


「いくよ!」


 思った通り、彼女は俺たちを連れて穴を通り抜けた。

 それから彼女はひどく焦った様子で、しかし手慣れた調子で穴に蓋をする。

 エルゼムがこちらへやって来ることはなく、俺たちは命からがら助かったのだった。


「ふう。危ないとこだった」


 少女も一安心したのか、冷や汗を拭っている。


「はっ!?」「あら!?」


 直後、時間停止が解けたらしい。

 はたと気が付いたランドとシルが、何も知らない子供のように辺りをきょろきょろし出した。

 そして、周りが色に満ちた現実世界であることを確認し。

 俺の隣にいる謎の少女の姿を認めて、同時に口を開いた。


「「え!? 誰!?」」

「…………通りすがりの一般少女Aです」


 へらっと明るく笑って、適当に誤魔化そうとする謎の少女Aさん。

 いや、怪し過ぎるから。

 時間停止使えて、空間に穴開けられる一般少女なんていないよ!


「それじゃ、あたしはこの辺で……」

「待った!」「待てよ!」「待ちなさい!」


 そのままやり過ごして逃げようとした少女を、三人揃って引き留める。

 彼女はがくっとなった。


「こんなところに一般人がいるわけねーだろが!」

「魔獣だらけなのよっ!? そもそも私たち違うところにいたはずなのに!」

「……やっぱりダメですか?」

「「ダメ!」」


 絶好のコンビネーションで同時突っ込みを決めたランドシルに対し、少女はたじろいで足を止めるしかなくなった。

 彼女は白い頬を赤くして、「ああああ」「うううう~」とわかりやすく困っている。

 そしてなぜだか、まるで叱られた子供みたいにちらちらと俺の顔を窺ってくるのだ。

 これは……確実に俺のことは知っているな。

 何か言いたそうで、でもとても言えない。そんな印象を受けた。

 それに何だか。この子を見ていると……。


 何かの制服のような服装。茶色がかった赤髪は、先がくるりと丸まっている。

 どこか垢抜けていて、でも根は素直で真面目そうで。

 その顔は、どこか……。

 不思議だ。会ったことはないはずなのに――とても懐かしい感じがする。


 俺は自然と柔らかな笑みを浮かべていた。


「君は俺のことを知っているみたいだね。どこかで会ったっけ?」

「え、えーと。まあ知ってますというか、なんというか……」


 しどろもどろになって、どうしよう、どうしようと頭を悩ませているのは、誰の目にも明らかだった。

 俺たちに姿を見せるのが、よほど想定外だったんだろうな。


「ユウさん。こいつ絶対訳ありってやつだぜ」

「私の勘も告げているわ。問い詰めるべしと」


 二人が意気込んで袖をまくり始めたので、「まあまあ」と宥める。

 少なくとも命の恩人に対して取るべき態度じゃないだろう。

 悪い人じゃないし、困っているのを無理に問い質すこともないはずだ。

 三人を代表して、俺が一切問わないことにした。


「心配しないで。困っているみたいだから、君のことは聞かないよ」

「え、本当ですか!? やった! さすがユウくん優しい。じゃあそういうことでお願いします!」


 あれ。思ったよりケロッとしてる。

 結構調子良い子なのかな。


『ユウ「くん」……ライバルの予感がする』


 ハルがぼそりと言った。

 え? 急にどうした?


 話が変な方向に散らかりそうだったので、俺は一度咳払いしてから言った。


「ランド、シル。ナイトメア=エルゼムから俺たちを助けてくれたのはこの子なんだ。まずはお礼を言うのが筋だと思うんだけど」

「マジで!?」「そうだったの!?」


 てっきり俺がいつもの調子で乗り切ったのかと思っていたらしい。

 信頼があるのはありがたいけど、さすがに俺もあれはまったくどうにもならなかったよ。

 俺も含めて、三人で礼を述べる。

 まんざらでもなさそうに受け取った少女は、さてどうしたものかとまだ深く悩んでいるようだった。


「そうだ。一つだけお願いがあるんだけど」

「あ、はい。何ですか?」


 うん。どうも彼女は俺の前だと、若干改まるというか。

 さっきもそうだけど、まるで後輩に慕われてるみたいだ。

 そんな扱いほとんどされたことなかったから、新鮮だけど。なんでだろう。


「君のこと、なんて呼べばいいかわからないから。せめて名前だけでも教えてくれると嬉しいかなって」

「あー、そうですよね。あたしはアニ……ッサ! アニッサって呼んで下さい」


 照れたように誤魔化し笑いをする彼女。

 明らかに偽名っぽいんだけど、そこは気にしないでおこう。


「アニッサだな。俺はランド」

「私はシルヴィア。シルって呼んでね」


 手を差し出した二人は、名乗り合えば誰とでも打ち解けられる冒険者気質だ。


「はい。よろしくお願いします」


 おずおずと手を伸ばし、握手を交わす三人。

 次は俺の番だな。


「俺はユウ。君は俺のこと知ってるみたいだけど、俺はたぶん会ったことないと思うから。はじめまして」

「あ……はい――はじめまして」


 手を差し出すと、アニッサは心無しか潤んだ瞳でこちらを見上げて。やけに強く手を握ってきた。

 なんか二人のときより妙に気合が入ってるというか、力がこもってる感じがするんだけど。

 気のせいじゃないよね。


 俺たちと握手を交わした彼女は、大事そうに手をさすり。

 満足したように頷くと、からっとした声で言った。


「じゃあ挨拶も済んだことだし、あたしはこれで……」

「待った!」「おいこら!」「それはないでしょ!」


 三人から総突っ込みをくらって、今度こそアニッサはずっこけた。


「えー。何も聞かないって言ったじゃないですか」

「それとこれとは話が違うってもんじゃないのか!? なあ!」

「ドライね」


 ランドが縋るように彼女の肩を掴み、シルがズバッと一言突っ込みを加える。いつものコンビ芸だ。

 俺としても、このまま貴重な戦力がどこかに行ってしまうのは惜しい。


「アニッサ。何やら色々事情はあるみたいだけど、あの場で助けに来てくれたってことはさ。大体の世界事情はわかっているんだよね?」

「はい。まあ……」


 気まずい顔で首を縦に振るアニッサ。わかっているけど、といった様子だ。

 どんな事情があるのかはわからない。それでも。

 まだそんなに話していないけれど、読み取れる心と俺たちを助けてくれた行動から、彼女の性質はわかる。

 彼女も今の状況を何とかしたいと思っているタイプの人間だ。

 だったら。俺にできることは、頼むことしかないけれど。


「二つの世界のこと、何とかしたいんだ。できる範囲でいい。頼む。協力してくれないか」


 深々と頭と下げる。


「あはは……。まあそうなりますよね。それは」


 彼女は困ったように笑い、俺に答えるというよりは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

 そして、かなり真剣に悩む素振りを見せていたが。

 やがて開き直ったように、すっきりとした顔つきになっていた。


「ま、これも縁ですか」


 腹を括ったと頷き、気合いの入った瞳で俺を見つめ上げて。

 彼女は快諾してくれた。


「わかりました。ほんとにできる範囲になっちゃいますけど、協力しましょう」

「ありがとう」

「よくわかんねーけどよっしゃあ!」

「いい感じね」


 俺たちのパーティに、謎の多い味方が一人加わった。

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