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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
二つの世界と二つの身体

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212「シズハ救出作戦 4」

 さて、シルヴィアはどこだろう。

 心を感じ取る力を頼りに彼女の居場所を探る。

 遥か遠方ではあるが、確かに彼女はいることがわかった。


「シルはあっちだ。ずっと遠いけど」

「こりゃユウさんがいないとすぐに迷子だな」


 心の能力だけはちゃんと機能してくれて助かった。

 ここってなんか変なノイズがかかっていて、ほんの少し離れただけで上手く相手の気とか読めなくなるんだよな。

 現にザックスさんとラミィさんの居場所がわからないし。既にここから出た可能性もあるけど。

 ところで、もう【気の奥義】は効果を切っておくか。

 ずっと【気の奥義】級に強いフェバルの能力使ってるのは、負担が大きいからな。

《不適者生存》はそのままで、《マインドリンカー》は引き続きランドとも弱めに繋いでおこう。

 念話ができると色々と捗るしね。

 能力を切ると、ランドが顔をしかめた。


「う。身体がずしっと重くなった気がするぜ」

「それが普通の状態だから大丈夫だよ」

「まーあまり無理に力出すのはよくねーもんな。長い戦いになりそうだしよ」

「そういうこと」


 二人で歩き出すとまもなく、闇の異形の一体が現れた。

 けむくじゃらの丸い身体の側面からは、人の両腕が生えている。

 身体の中央には大きく裂けた口があり、そこにはサメのような鋭い歯が付いている。

 様々な生物の混ぜ物のような姿だ。本当にすぐ出て来るなこいつら。


「この気色悪いのがナイトメアか?」

「うん。早速出て来たな」


 ナイトメアはおぞましい叫び声によって、仲間を次々と呼ぶ性質がある。

 一度数が増えてしまうと、全滅させない限りは延々と敵が湧き続ける無限地獄となってしまう。

 よって最善手は、何もさせずに仕留めてしまうこと。

 有効な攻撃手段がなかった以前は、逃げ回るしかなかったが。

 今回は光の気剣がある。ランドもいる。

 断末魔も上げられないよう、大きく裂けた口を縦に真っ二つに割る勢いで気剣を振り抜く。

 狙い通り、ナイトメアは何ら動くこともできずに身体を引き裂かれた。

 裂かれたところから掻き消えて、そして二度と復活しなかった。

 なるほど。光属性で斬ると再生しないんだな。


「さすがユウさん。スパッといったな」

「こんな感じで、仲間を呼ばれる前に速攻で倒していこう」

「了解。可愛いモコならともかく、バケモンに囲まれたってちっとも嬉しくねーしな」


 いきなり群れで出て来た場合、速攻で倒すのは無理だけど。

 さすがに悪意が群れていれば、俺なら事前に察知して避けられるだろう。

 見敵必殺を心がけ、一寸先は闇の中を焦らず慎重に練り歩いていく。

 下手に急ぐより確実に進んだ方が、結果戦闘が減り、安全でしかも速いと俺たちは判断した。

 アルトサイドではお腹も減らなければ眠くもならないため、体感の疲労や消耗だけが休憩の目安になる。

 あからさまに危険なルートは避けても、平均して一時間に一度は戦闘になった。

 幸い偽神ほど危険なのはおらず、ランドと協力して一刀の下に捌いたため、大事には至っていない。

 見た目が不気味なのと光属性以外無効なだけで、大半のやつの強さそのものは、ラナソールの普通の魔獣と同じくらいなのかもしれない。


 強行軍の間、気の休まる暇はほとんどなかった。

 俺の絶対時間感覚によれば、三日ほど移動を続けた辺りで。

 さすがのランドも弱音を吐き出した。


「しかし気が滅入ってくるぜ。こうも闇ばっかりで、常に敵のことを気にしなきゃならねーとなるとよ。寝れねえし気が休まらねーな」

「まったく同感だよ。正直一人でまた来るのは怖かったね」

「けどシルは、こんな暗くて怖いところにずっと囚われてんだよな。早く助けてやらねーと」

「そうだな。このペースだとあと一週間くらいかな」

「まだそんなにかかるのかよ……。ったく、慎重に移動しなきゃなんねーのがもどかしいぜ。ほとんど何にもねーのに無駄に広いしよ」


 悪態を吐きながらも。

 ランドは決して歩みを止めず、自暴自棄な急ぎ方をすることもない。

 誰よりも真摯に彼女を助けたい彼の想いが、行動に現れていた。


 さらに五日ほど歩いたところ、何かとてつもなく大きなものに突き当たった。


「おおっと。なんだこりゃ」


 ランドが目を丸くして驚いている。

 今まで何もなかったところに、山ほど巨大な影が突然現れたものだから。

 無理もない。


 ――どうもこの先から、悪い感情をたくさん感じる。

 危険な気がするけど、迂回していくには大き過ぎるな。


 暗いせいで、大きいということ以外はよくわからない。


「ランド。光魔法で照らしてくれないか」

「うっす」


《コーリンデン》


 彼の掌から数個の光球が作り出され、散開して周囲を明るく照らし出した。

 そして、映り出されたものを見たとき。

 大きな動揺が走った。


「これは……!」

「なんてこった……」


 真珠のように白い土の色――。

 あまりにも特徴的なそれを、間違えようはずもない。


 フォートアイランドだ。


 島の一部、もしくは丸ごとアルトサイドに落ちてきたのか。

 だとすると、向こうから感じる悪い感情の正体は……。

 この先に向かうのが恐ろしくなる。最悪の想像は間違っていないだろう。


 まただ。また俺のせいで……。


 いくら受け止める覚悟をしてみたところで。

 こうして新しい犠牲者を見せつけられてしまえば、平気ではいられない。


「ユウさん……。顔真っ青だぜ」

「あ、あ……。ここのみんなは、もう……」

「……気持ちはよく分かるさ。俺にだって仲の良い知り合いくらいいたしな」


 ランドは目を伏せ、深く溜息を吐き。

 それでも、折れそうな俺の肩を力強く叩いて言った。

 励ますように。


「それでも行くしかねーよ。この先にシルがいるんだろ? このままじゃシルまでやられちまうぞ!」

「そう、だな……。シルまで失うわけにはいかない」


 シルはまだ奇跡的に耐えている。けどいつまでもつかはわからない。

 助けられるのは俺たちだけだ。立ち止まるわけにはいかない。


「島に上陸して、できるだけ早く通り抜けてしまおう」

「だな……」

「……先に言っておく。ここの島の人たちはたぶん、ナイトメア化してしまっている」


 彼らはもう人じゃない。化け物だ。


「だから、もし知り合いだったとしても……。襲ってくる者は斬らないといけない。覚悟はいいか?」

「……ユウさんこそ、覚悟はできてるのかよ?」

「今してるところさ……」


 自分に言い聞かせながら、光の気剣を生成して構える。


「……行くぞ」

「……おう」


 白色の大地に乗り上げる。

 ぬかるむ土に足を取られないよう、注意して行動しなければならない。


「俺についてきてくれ。光球で先を照らすのを忘れずに」

「了解」


 確認のため、悪い感情が多い方向を照らしてもらう。

 遠目にうっすらと見えるのは、いくつもの建物の影。

 予想通り、住宅街は既に闇の気配に満ちている。


「建物の少ない方を行こう。あっちの山を登るルートで行く」

「その方が見たくないものをあまり見ないで済みそうだな」


 できれば誰も見たくないと願って、山道を進んでいく。

 けれどこういうときに限って、願いは叶わないものだ。


 子供たち「だったもの」が、数人彷徨っているところに出くわしてしまった。

 町の外で遊んでいたのだろうか。

 周りが闇の気配に満ちている中で、微弱なものを感知しきれなかったようだ。

 彼らはすっかり黒くなった肌を爛れさせて、目は血のように紅く。

 顔の輪郭も闇にぼやけていたが、かつて人間であったとわかる姿だった。

 まだあまり時間が経っていないからか、生身だった頃の面影が中途半端に残っているのが余計に痛々しい。


「い゛だい゛よ゛お゛お゛お゛ぉ゛」

「た゛す゛け゛て゛ぇ゛」


 子供の声とノイズが混ざったような悲鳴を口々に上げている。

 そして俺たちの姿に気付くなり、助けを求めるようによろよろと迫り寄って来た。


「こいつら……」


 ランドが呆けたように口を開けた。

 俺も凍り付いて、すぐには動けなかった。

 できることなら救ってあげたい。

 だけど、もう。

 個人の心は、取り戻せないほどに壊れていた。

「子供だったもの」たちからは、明確な殺意が発せられている。世界を憎む意志が宿っている。

 放っておけば、仲間を呼ぶあの叫びも発するだろう。

 彼らはナイトメアなのだ。もう救えない。


「ごめん。ごめんな……」


 俺にできることは、もはや化け物となってしまった彼らを光の刃で眠らせてあげることだけだ。

 意を決し、一人一人介錯してやると。

 小さな断末魔を上げて、光に溶けていく。

 憎むべき敵でさえ殺すのは躊躇われるのに、目の前にいるのは何の罪もない子供たちだ。

 ただの被害者なのに。

 涙が出そうになるのを必死でこらえた。

 ここで泣いてしまっては、動けなくなりそうだったから。


 ランドも苦しそうな顔をしながら、介錯を手伝ってくれた。


 全員を光に消し去った後。

 ランドはやるせなく肩を落とし、ぽつりと呟いた。


「くそっ……こんなのってねえよな……」

「…………」


 その後も何度か変わり果てた住民たちを斬り捨てながら、俺たちは無事に闇に呑まれたフォートアイランドを抜けることができた。

 互いに口数は減り、ついにはシルの位置が近くなるまで、ろくに言葉を交わすこともできなかった。

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