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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
二つの世界と二つの身体

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206「『黒の旅人』 VS ナイトメア=エルゼム」

『黒の旅人』ユウは一瞬のうちに、アルの創り出した異形ナイトメア=エルゼムの目の前に立っていた。

 膨大な闇の化身であるエルゼムは手足の細長いシャープな人型を模しているが、顔は個性のないのっぺらぼうである。

 体躯は日本人高校生として平均的なユウよりもやや大きく、体表はつるりとした真っ黒な闇である。

 それが薄暗闇の世界に浮いていた。

 ユウは睨み上げるように、それを観察する。


「気味の悪い奴だ」


 見た目の不気味さはともかく、強さ自体は大したことはなさそうだが。


 ユウの感じた正直なところだった。

 もっとも純粋な意味での強さではほぼ頂点を極めた彼の所感であり、あくまで一般のフェバルからすれば十分に驚異的な力は有しているのだが。

 あのアルがわざわざ創ったのだから何かあるのだろうと、ユウは一切警戒を緩めない。

 奴の性格の悪さを一番良く理解しているのが『黒の旅人』だった。


 gyaaaaababababababababbabababhyggggggrrggggrgrgrggggrgrgrgaggggrgg!


 耳をつんざく絶叫が轟く。

 老若男女、果ては種々の動物の声までもが入り混じったような、何の声とも形容し難いおぞましい叫びだった。


「やかましい」


 言い終えたときには、もう黒の剣はナイトメア=エルゼムの影体を真っ二つに斬っていた。

 怪物が戦闘態勢に入るわずかな間を見極め、抜剣から斬撃までを済ませてしまっていた。

 敵ならば殺す。隙あらば殺す。殺せるならば殺す。

 単純な能力値だけではない。

 人間らしい心と引き換えに得た冷徹な殺意――徹底した油断のなさと容赦のなさこそが、彼を最強格の戦闘者たらしめてきたのだ。

 黒の剣は、あらゆるものを斬る剣である。

 直接斬らねばならない制約はあるものの、斬ったならば、基本的にはどんなものも確実に斬れる。

 それが肉体を持たない闇の化身であろうと、驚異的な回避能力や再生能力を持っていようとも。

 すべての都合を無視して、斬ったという事実が確定する。

 そのくらいでなければ、大概反則能力持ちの超越者など斬れたものではない。

 とりわけ星脈の力による復活をも無視してフェバルを確実に殺し、星脈に永遠に縛り付けることのできる『フェバルキラー』である。

 黒の剣が使えるようになってから、ユウはフェバルを相手にしても「心を殺すまで」何度も繰り返し無駄に殺す必要はなくなった。

 一度芯を捉えて斬れば、どんなものでも殺せる最強の武器である。


 ……だが。

 それも黒の剣と『黒の旅人』が完全な状態であるならば、という条件は付く。


 今の『黒の旅人』は今回の(・・・)ユウから生まれた劣化コピーに過ぎない。

 今回の(・・・)ユウが持つポテンシャル以上の力を持てず、男であることから魔法を使えない制約まで受ける。

 オリジナルの『黒の旅人』の力が繰り返しの果てに高められた究極のものであるならば、今回の(・・・)ユウの力はあくまで一回分(・・・)でしかない。


 その差はあまりにも大きく――結果として現れた。


 確かにそのナイトメア=エルゼムは斬られていた。

 その身体は本来持っていた回避能力や再生能力を発揮できずに霧散し、一般のナイトメアと同じようにあっけなく死んだ。

 だが、次の瞬間。

 ユウの付近の虚無から、瞬時にエルゼムが再構成される。

 復活した「別個体」は、まったくノーダメージの完全な状態であった。


 しかし、復活したそれは――その瞬間にまた斬られていた。

『黒の旅人』は一切動揺を見せることなく。復活した地点を即座に知覚し、再度致命の斬撃を放ったのだ。

 再び死に至るエルゼム。

 だが息を吐く間もなく、それは再構成され――。

 身動き一つする前にまた殺された。


 殺害。復活。殺害。復活。殺害。復活。


 いたちごっこの応酬を無言で数十ほど繰り返し、ユウはエルゼムの特性を掴んでいた。


 なるほど。こいつは面倒だ。


 アルがエルゼムを自分にぶつけようとした理由。

 奴の性格の悪さを再確認し、今度は舌打ちを堪えられなかった。

 つまりは、自分と黒の剣が万全には程遠いことが前提として。しかも相性が悪い。

 黒の剣は斬ることができる。

 逆に言ってしまえば、斬ることしかできない。

 斬ったところで、ナイトメアが持つ世界や人類に対する殺意や憎悪が薄れるわけではない。まして癒されるわけはない。

 むしろ黒の剣とは、純度の高い殺意の結晶なのだ。

 だから殺すための攻撃によって、殺意は自己充足してしまう。

 いつまでも負の感情の総和は減ることなく、負の感情を源とするエルゼムは何度でも蘇る。

 ……それこそ、世界ごと消し飛ばしでもしない限りは。

 そしてユウが世界を消すのは、あくまで最後の手段である。

 光魔法の一つでも使えれば話は違ったのだろうが。あいにく今のユウに魔法は使えない。


 ならば絡め手はどうか。

 ユウが掌を向けると、エルゼムの動きがぴたりと止まった。

 エルゼムの時間を止めたのだ。

 それは唸り声の一つも上げられずに、のっぺらぼうな顔をユウに向けたまま静止している。


「…………」


 ユウは黙ったまま、手応えを確かめる。

 確かにこれで動きを封じられるが、時間操作は消耗が大きい。

 今のスペックでは精々一時間程度が限界のようだと、ユウは経過に伴う消費の大きさから冷静に計算する。


 ……これ以上は無駄だな。


 ユウは時間停止によるエルゼムの拘束を諦めて、拳を握る。

 影体はクラッシュして、エルゼムに死を一つ加えた。


 様々な手段をユウは試した。

 重力や減衰など、動きを縛ることや支配することも試みた。

 大抵のことは、エルゼムが自らを滅して新たな個体を再構築するというアクロバットで回避された。

《反構成作用》など、復活を阻止する方向の技もかけてみる。

 だがその手の攻撃は、アルの【神の手】が構成時点で無効化しているようで通じない。

 特殊能力の強力さや万能性において、アルに追随するものはなく。

 強さにおいては彼に到達したユウであっても、特殊能力による攻略は難しそうだった。


 殺害と復活の膠着が続き。

 負けはしないし脅威でもないが、ただ殺すことができない。

 ユウは手詰まりを感じていた。


 このまま相手を続けるというだけなら、何も問題はない。

 しかしここで厄介なのは、化け物の創造主であるアルの存在である。

 アルがどこに身を伏せているかわからない以上、絶対に奴には隙を見せないように戦わなければならない。

 万が一一瞬でも隙を見せれば、奴は好機とみて自分を仕留めにかかるだろう。

 これはそういう戦いなのだ。

 それがわかっている以上、自ら隙を晒すような大技は絶対に使えない。

 執拗に纏わり付くエルゼムを、淡々と一撃で殺すくらいしか選択肢がない。

 考えながら、黒の剣の一薙ぎが今度はエルゼムの胴から上と下を分断する。


 grnryaagaajkaegajegnagiagejiojfiibmawijeaaigjaoqoajigjehala!


「俺が憎いか。俺を殺したいのか」


 無駄かもしれないが、挑発を試みる。

 この混ぜ物に記憶というものが定かなのかもわからないが、ともかくエルゼムの意識は連続しているらしかった。


「お前には無理だ」


 殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。


 無駄な体力は使わず。無駄な威力は込めず。無駄な殺意も込めず。

 エルゼムを殺すのに確実に必要な分だけでもって、殺し続ける。

 数えるのも気が遠くなるほどの復讐を繰り返してきた『黒の旅人』にとって、たかが万や億を超える作業などまったく苦にならない。

 殺し続けることでわずかでもすり減るものがないか、光なき瞳で観察を続けていた。

 エルゼムに一切のダメージはない。存在に乱れはない。

 しかし延々と殺され続けることには、根を上げたらしい。


「……逃げたか」


 数多の死を刻んだエルゼムは、とうとう周囲の闇に溶け込んで、わざと身体を再生しなかった。

 そうすることで殺すべき対象をなくしたのだ。

 薄暗闇の世界に静寂が戻り。黒の剣をしまったユウには、息一つの乱れもない。

 だが勝利とはほど遠い。

 逃げ方が創造主にそっくりだなと内心皮肉を言うが、取り逃がした事実を慰めてくれるものではない。

 エルゼムは、ユウの手が届かない場所で復活するつもりに違いなかった。

 何しろアルトサイドの「どこでも」自由に復活できるのだ。


 アルめ。いつも俺が嫌う手を用意してくれる。


『黒の旅人』にとっては脅威ではなかったが。

 攻撃力・防御力・速度・特殊能力、どれをとっても並一般のフェバルを超越しているのは間違いない。

 放っておけば甚大な被害をもたらすだろう。特にトレヴァークに出現すれば、どうなるかわかったものではない。

 だがわかっていても、『黒の旅人』には仕方のないことであり。

 今度も彼は託すしかなかった。


「あれを倒せるとしたら、それは……」


 自分のような闇に塗れ、力の強いだけのフェバルではなく。

 時にその手を汚すことがあっても光の道を歩もうとし、心ある人であろうとする「自分」のような者なのではないか。

 ユウは「ユウ」に静かな期待を寄せ。己にできる役割を果たすべく、再び闇の中を歩き始めた。

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