189「突入 アルトサイド」
集落の全滅を目の当たりにしてから、さらに5日が無為に経過していた。
三つ目、四つ目、そして五つ目の頼りがすべて無残に壊滅しているのを確かめて。
俺は無力に打ちひしがれるとともに、悲観的な気分になっていた。
ある程度以上の規模の町や村は、周囲にバリアが張られているから行けない。
俺が狙いを付けているのは、より小規模の地図にも載らないような集落や、ブラムド博士の研究所のような孤立した場所だ。
逆の見方をすれば、小規模過ぎるゆえにダイラー星系列に見過ごされ、あるいは意図的に切り捨てられて庇護を受けられなかった場所でもある。
そして、そういう扱いになった場所は……ことごとくやられてしまっていた。
原因ははっきりしている。
トレヴァークという現実世界に対して、ラナソールの魔獣があまりに強過ぎるんだ。
しかも「設定上」ほとんど必ず人間を襲うようにできているから、徹底的にやられている。
トレヴァークの人間の強さは地球と大差ない。
なのに地球の人間が手を焼く熊やトラを持ってきても、ラナソール基準では精々が下から二番目のD級相当に過ぎないのだ。
B級以上になると、大半は銃弾も通らない。いかに絶望的な差かは言うまでもないだろう。
そう考えると。やり方は強引にせよ、確かにダイラー星系列の連中はこの星の人間を直近の脅威から守っていると言えた。
彼らの強権的なやり方は好きじゃないけど……人々を守る武力を残しておく意味でも、正面切って敵対するのは避けないとな。
防衛戦力であるバラギオンや「彼女」たちを、これ以上削るような真似はできない。
たぶん連中は、この星の人よりフェバル対策を優先してしまうから。
改めて隠密行動を厳守することを心に誓い、しかし移動手段に関しては方向転換を余儀なくされていた。
既にミッターフレーションから20日以上が経過している。
ここまでの惨憺たる結果からするに。
都合良くどこかの小集落などが襲われずに助かっていると考えるには、もう時間が経ち過ぎている。
せめてあの日からすぐに目を覚まして動けていたら、状況は違ったかもしれないけど。
……わかっている。過ぎたことを考えても仕方ない。
最初の一回だけが問題だ。
上手く誰かのパスを使って、人のたくさんいるところにさえ行ければ。
あとは点と点を結んで繋いでいけば、いくつかの町を経由していずれはトリグラーブに辿り着くことができるだろう。
しかしその一回を確実な手段で行くことが、どうしても叶わない。
だったら。非常にリスキーにはなるけれど……。
最悪どちらの世界にも戻れなくなるかもしれない。
できれば取りたくはなかった手段だけど、他にしようがない以上は仕方ないか。
世界を移動する方法はもう一つある。それも何度か「見えてはいた」。
魔獣はラナソールから世界の穴を通じて――直接か、アルトサイドを経由してかはわからないけど――とにかくトレヴァークへやって来る。
ということは、奴らがやって来る穴が塞がってしまう前に逆に侵入すれば。
トレヴァークの方から、アルトサイドやラナソールに乗り込むことができるんじゃないか。
とは言っても、事はそう簡単じゃない。
まず基本的に、トレヴァークへ吹き出してくる方向に穴は開いているということ。
トレヴァーク側から侵入するためには、強い抵抗に逆らって強引に突破する必要がある。
穴の内部エネルギーは極めて高い。
以前吸い込まれてしまったときには、急なことで用意がなかったとは言え、まったく身動きが取れなかった。
パワフルエリアの恩恵は確実に受けられるだろうけど、ガチガチに固めて行っても上手くいくかは五分五分といったところだろう。
次に、もし入れたとしてもどこへ繋がっているかわからないこと。
最悪の場合、閉鎖空間で詰んでしまうことも考えられる。
ユイがいれば、ユイのところが緊急脱出口になるんだけど。今はいない……。
もし詰んだ場合は、フェバルであることを活用して自殺するしか……。
いや、それでも脱出できるかはわからないか。
ヴィッターヴァイツは、フェバルはこの二つの世界に閉じ込められていると言っていた。
あの確信的な口ぶりからすると、自殺も試してみたんだろう。
しかもあのときよりも、状況は遥かに悪化している。
星脈も相当やばいことになっていると考えられるから、不用意に死んだ場合のリスクがわからない。
ユイの所在が一向にわからないことが、何よりのリスクの証拠だ……。
だからダイラー星系列に追いかけられたときも、一生懸命死なないように立ち回ったんだ。
個人的にも自殺はしたくないし、しない方が賢明だろう。
――よし。いってみるか。
苦労しながら魔獣の攻撃を掻い潜り、パワフルエリアまでやってきた。
世界の穴が開いている。
ここまで観察してきてわかったことだけど、どうやら穴には二種類ある。
真っ暗なやつと、虹色の妙な色合いなやつだ。
前者は比較的早めに閉じてしまうのに対し、後者は開いている限り魔獣が常に飛び出してくる。
セオリーで考えるなら、前者はアルトサイド、後者はラナソールに繋がっていると考えるのが自然だ。
普通なら、後者に入りたいところだけど……。
難しそうだった。魔獣の圧倒的物量に塞がれてしまって、俺自身が入り込む余地がないのだ。
消去法的に、前者の真っ暗な穴に飛び込んでいくしかないだろう。
アルトサイドか……。
俺を庇って飲み込まれていったレンクスは、たぶんそこのどこかにいる。
再会できればこれ以上ない戦力になるけど、上手く会えるだろうか。
それと気になるのは、以前ハルと一緒に見たあの謎の闇の化け物だ。
ラナソールが崩壊した際にも、たくさん出て来たのを見ている。
まるで世界のすべてを恨むかのようなおぞましい叫び声と、手当たり次第に破壊行為を行う凶暴な性質。
出会ったらほぼ確実に襲われるだろう。
いつ襲われてもいいように、心の準備はしておかないとな。
【反逆】《不適者生存》
穴の奥がどれほど過酷な環境でも生存できるように、レンクスの能力を予めかけておく。念のための保険だ。
さらに【気の奥義】を解放し、併せて《マインドバースト》も発動しておく。
パワフルエリアの恩恵も相まって、トレヴァークの通常状態とは比べ物にならないほどの力が全身に満ちている。
現状取れる最強の手を打った。これで上手くいくかどうか。
闇の穴の一つに向かって走り出す。
穴へ近付いていくにつれて、巨大な斥力が俺を押し戻そうとする。
やはり吸い込みの時とは逆で、ものすごい抵抗だ。気を張らないと入り込む前に体力を使い果たしてしまう。
それでもじりじりと前には進んでいけている。きちんと準備すれば、俺の力の方が辛うじて上みたいだ。
ある程度接近した後、とどめに《パストライヴ》を連発して。強引に穴へと突っ込んでいった。
***
「ありゃ? ユウさんの反応が消えた?」
ユウと再会するために旅を続けていたランドは、突然消えた彼の反応に戸惑いを見せた。
ランドはユウの生命反応に対して、馬鹿正直に真っ直ぐ追う手段を取っていた。
ランドが出発したトリグラーブはトレヴィス大陸中央に位置するのに対し、ユウのいた最果ての町パーサはラナリア大陸東端にある。
二つの大陸は、巨大なルート海によって隔てられている。
彼は今、ラナリア大陸の西端までやって来ていた。
どうやって海を渡ったのだろうか。彼の取った手段は、馬鹿正直に過ぎた。
なんと身一つで泳いで渡ってしまったのである。
ラナソールの上位S級冒険者という、現実世界にとって冒涜的な実力が成せる業だった。
同じ真似は今のユウにもできないだろう。
魔のガーム海域と違って、危険な海の生物がそう頻繁に現れるわけでもない。
彼にとってはきつめの遠泳と変わりなかったのである。
また陸地でもランドはほとんど無敵だった。
世界の果てを目指す冒険の中で歴戦を経てきた彼にとって、ラナソールの魔獣どもはよほどでなければ恐るるに足らない。
実際、クリスタルドラゴンだろうが、アゼルタイタスだろうが、フォーグリムだろうが。
襲ってきた奴には正面から戦い、見事に討ち果たしていた。
ちなみにラナソールの人間である彼自身、魔獣が普通に出て来ることについては「そんなもんかな」程度の認識であった。
なので、トレヴァークにおいてはこの上ない異常事態であることにはもちろん気付かなかった。
そんな彼にはやはり知る由もないことであるが、二つの幸運が彼に味方していた。
まず彼には通常の意味での気力や魔力がないため、戦いを起こしても検知されない。
直接目撃されない限りは、ダイラー星系列の探知網に引っ掛かることもなかった。
そして彼は、バラギオンやシェリングドーラが空を巡回しているのを何度か目撃はしているのだが。
ユウの「郷に入れば郷に従え」精神にこれまた馬鹿正直に乗っかって、襲って来ないなら自分から仕掛けることは決してしなかった。
結果的にダイラー星系列との接触を一切避けたまま、ここまで来られたのである。
もしラナソールの人間である彼がダイラー星系列に捕まってしまえば、ろくなことにならないであろう。
彼にとっては、まさに幸運なことであった。
「せっかく少しずつ近付いていたのになあ。どこ行っちゃったんだよユウさん」
ランドはぼやきつつ、神経を研ぎ澄ませて。
ユウの反応が戻るのを、じっと待つのだった。




