間話4「マスター・メギルへの報告」
サークリスの地下深く。
極秘施設の一室にて、マスター・メギルたちが話し合いを開いていた。
「ご苦労だった。我々は例の場所から、エデルの遺産を無事奪取することに成功した。これで計画の達成にまた一歩近づいたというわけだ」
「おめでとうございます。マスター」
そう言ったのは、例の仮面の女である。
「ところで、コロシアムの方はどうなったのだ。クラム」
二人の横には、サークリスの英雄であるはずのクラム・セレンバーグの姿があった。彼は腕を組み、部屋の壁にもたれかかって立っている。
「ヴェスターの奴め。考えなしに暴れてくれた。おかげでとんだ大事になってしまったぞ」
「はあ……。これだから単細胞は困るわ」
仮面の女は呆れ果てていた。
一応無事に逃げるための手段も教えておいたはずなのに、彼は結局それを活かすこともしなかった。
ただただ、あまりにも派手にやらかしてくれたのだ。
今後警備が厳しくなり、少々動きにくくなることは容易に想像できる。
「残念だよ。それで、彼は始末できたのかね」
「ああ。この手できっちりとな。大罪人として処刑させて頂いた」
「彼の部下たちは、どう処分したのかしら?」
「全員、『怪我の処置が間に合わずに死んだ』よ」
クラムがそっけなく言うと、彼女は仮面の奥でクスリと嗤った。
「あら。えげつないわね」
「貴女ほどではない」
「そうかしらね」
とぼけたような彼女を尻目に、クラムは肩を落とす。
「ただ、万事上手くいったわけでもない。少々厄介なことになった」
「どうした」
「コロシアム襲撃を、我々仮面の集団が起こした事件であると証言する学生が現れたのだ。おそらくヴェスターの奴が口を滑らせたのだろう」
「彼の性格なら、いずれやらかすと思っていたわ。あの馬鹿」
「ふむ。やはり始末して正解だったようだね。して、この件にはどう対処する」
「私の方でもみ消しておくとしよう。世間には、単なるテロリストとして公表されるように手配する」
彼の言葉を聞いたマスター・メギルは、満足気に頷いた。
「それは助かる。ぜひ頼むよ」
「ああ」
「で、その学生というのは誰なの?」
冷やかな調子で尋ねる仮面の女に、クラムは眉根一つ動かさず平然と答えた。
「一人は、アリス・ラックインという一年生の女子。もう一人は貴女が言っていた、ユウ・ホシミだ」
「そう……。あの二人ね」
「うちユウ・ホシミについては、衝撃の事実が判明した」
「へえ。どんなもの?」
もったいつけたような言い回しに、元々二人に着目していた彼女は、強く興味を寄せる。
クラム自身、内心驚きを交えつつ語った。
「ヴェスターの部下の一人が証言したところによれば、ユウ・ホシミは性別を変化させることができるらしいのだ」
「なんですって!?」
彼女は、仮面が割れんばかりの驚声を上げた。
「そんな馬鹿なことが、あり得るというの?」
「そうだ。証言に、貴女の報告と、直接この目で見たことも加味して総合的に判断したが、ほぼ事実と考えて間違いないだろう。つまり、貴女が調査していた二人のユウ・ホシミは、実はまったくの同一人物だったわけだ」
そこまで聞いたマスター・メギルが、仮面の女へ冷淡に告げる。
「あれだけ調べておきながら、そんな重要なことに気付かなかったとは。失態だな」
「申し訳ありません……。まさか同じ人物であるとは、思いませんでした」
マスター・メギルは無言のまま、鋭い視線を彼女に投げかける。
まるで値踏みするような目に、彼女は何を言われるかと内心恐れ慄いた。
間もなく彼は威圧を緩め、穏やかに言った。
「まあいいさ。正直、私も驚いたほどだからね。君は優秀だ。この程度のことではどうこう言わんよ」
「はっ……」
「これからもこの私に尽くしてくれ。君の望みのためにもな」
「ありがとうございます」
冷や汗が流れるのを感じながら、彼女は軽く頭を下げた。
「うむ。それにしても、ユウ・ホシミという子は不思議な存在だな」
「まったくです。あれほどの魔力を持っていれば、前々から有名でもおかしくはないのに」
「経歴はまったく不明。忽然と現われて、特異な能力まで持っている、か。神の化身にも似た何かを感じるな。ますます興味が沸いたよ」
「欲しいなら捕まえて来てやってもいいが、どうする」
クラムの提案に対し、彼は少し思案してから、首を横に振る。
「やめておこう。ユウ・ホシミには、背後にイネアというネスラがついている。彼女は一筋縄ではいかんからな」
己に手出しするなと言わせるほどの存在が、クラムの琴線に触れた。
「ほう。そのイネアというのは、そんなに強いのか」
「いや。確かに強いが、おそらく君には敵うまい。ただ、厄介なのだ」
知る者ぞ知るネスラの強戦士。その数々の武勇伝を思い起こしながら、マスター・メギルは続ける。
「彼女は神の化身と刃を交えた経験もある歴戦の戦士。侮れば痛い目に遭うかもしれん」
「そうか。心には留めておこう」
クラムはしかと彼の言葉を受け止め、それから後悔の念を滲ませながら言った。
「しかし、あんな証言をするとは思わなかった。二人とも、私が連れ歩いていたときに闇に葬っておくべきだったかもな。そうすれば、ヴェスターが殺ったことにもできたのだが」
「なに。所詮学生に知られた程度、放っておけばいい。我々はまだ、完全に尻尾を掴まれたわけでもないのだからな」
「失礼を承知で申し上げますが。それは下策かもしれませんよ」
仮面の女が異議を唱える。
彼女はかねてより彼らを最大限評価し、警戒していた。
「ほう。なぜかね」
再び威圧を強めたマスター・メギルに、理があった彼女は今度は動じることなく答えた。
「ユウ・ホシミの周辺には、妙に正義感の強い、才ある連中が揃っていますから。コロシアムの襲撃が我々の仕業であると漏れたことで、何らかの邪魔をしてくるかもしれません。特にアーガス・オズバイン――あのオズバイン家と組まれると厄介です」
すらすらと理由を述べた彼女に、マスター・メギルは感心して頷く。
「なるほど。それは一理あるかもしれんな。では、もし目障りになるようであれば、こちらから仕掛けることも考えておくとしよう」
「はい。それがよろしいかと」
マスター・メギルは、一呼吸置いてから話を締めくくった。
「ともかくご苦労だった。この調子で行けばあと一年以内、早ければ半年ほどで準備は整うだろう。随分と時間がかかったが、ようやくだ」
彼は仮面の奥で、静かに嗤った。
「エデルの復活は、近い」




