176「かけ違えたボタン」
[トリグラーブ大使館 ダイラー星系列暫定政府本部]
ランウィーとブレイは、部下から口頭で被害報告を受けていた。
シェリングドーラ214体およびバラギオン一体の全損。
引き続いて、お付きのドーラの一体――S-0002より、ユウと機械兵器との交戦模様が映し出される。
シェリングドーラには共有記憶領域があり、そこに保存された内容はすべての機体で展開することができる。
彼らの兵器が滅茶苦茶に破壊されていく映像を眺めて、ブレイは苦笑いした。
だが目はまったく笑っていない。
「ふむ。なるほどな。大人しそうな顔をして、中々どうしてやってくれるじゃないか――ホシミ ユウ」
「我々が誠意をもって応じても、顔に泥を塗りますか。これだから外のフェバルは……」
ランウィーは無礼者の「少年」に対して、不機嫌に眉をしかめた。
実際、単純な被害としては大したことはない。
バラギオンの一体が失われたことだけは少々痛手ではあるが。
シェリングドーラなど、一つ一つは裕福な子供の小遣いでも買える程度の価格である。
問題は被害額でなく、面子を潰されてしまったことにある。
散々おちょくり引っ張り回しての全機破壊など、喧嘩を売っているようなものだ。
「やはりフェバルはフェバルか。言うことを聞かん奴らよ」
「ええ。面倒ですね。なまじ力があるばかりに」
ダイラー星系列側としては、最低限の誠意をもって対応はしたつもりだった。
フェバル級を相手に、シェリングドーラやバラギオンといった「通常一切危害を加えることのできない」明らかに格下の兵器を差し向けることの意味。
実質的な出迎えであり、本気で攻撃する意図などないことは、よほどの馬鹿か田舎者でない限りは理解できるはずだ。
だがユウの行った行為は、実に挑発的だった。
わざわざ自身よりも移動速度の遅いはずのバイクなどを乗り回して、シェリングドーラたちを煽り始めたのだ。
非礼には威嚇射撃で応じるものの、一向に挑発行為を止める気配がない。
ならばやむなしと、より厳しい最終勧告を行うことになった。
バラギオンに、わざわざ「青信号」でゆっくりと、あからさまな牽制射撃を行わせようとしたのである。
まだそこで非を認めて立ち止まるならばよかった。
合意を得た上で彼の身柄を一時拘束し、話を伺う場を設けるつもりであった。
だがこれに対し、ユウのとった返答は……最悪に近いと言っても良いものだった。
フェバルの力の行使。バラギオンの破壊。
ここに水面下の交渉は決裂し、ユウは敵性存在と認定せざるを得なくなった。
その後、彼を追うために差し向けたシェリングドーラたちも、すべて挑発行為の後に破壊されてしまう。
そして彼はまるで嘲笑うかのように、生命反応を消してしまったのである。
「いかがいたしましょうか」
「とりあえず見失ってしまったものは仕方あるまい。素直に捕まってくれるなら良かったが……本気で抵抗するフェバルをあんなもので捕まえられるなどとは最初から思ってはいなかったさ」
ブレイはやれやれと嘆息した。
「再び捕捉した場合は、特別製のNo.1フォアデールに任せるか、私が直接相手をしよう」
「大丈夫なのですか?」
「案ずるな。私は文官だが、戦えないわけではない。知っているだろう?」
「ええ。まあ……」
「目には目を。フェバルにはフェバルを、ということだ」
それも星撃級兵器が本星より送られてくるまでの間の話だと、彼は内心で付け加える。
双方にとっての不幸は。
ユウが平常フェバルとして規格外に弱いということが、結局はダイラー星系列に事実として把握されなかったことだろう。
ユウは、彼らの言うよほどの田舎者だった。
ユウ当人にすれば、のっけのシェリングドーラから殺しにかかっているとしか思えない凶悪布陣であったため、形振り構わず全力で向かうしかなかったわけだが……。
下手にジルフの《センクレイズ》を使用してしまったことで、それが彼の隠し持っていた本来の実力であると誤解されてしまった。
悲劇的な認識のすれ違いが生じてしまっていることを、どちらも知る由はなかった。




