175「ユウ VS 機械兵器包囲網 3」
「彼女」たちは素早い。中途半端な攻撃では避けられてしまうだろう。
できれば一撃ですべて倒し切りたい。
《マインドバースト》を発動させ、さらにジルフさんから学び取った【気の奥義】を解放する。
【気の奥義】は俺の身体スペックではかなり弱めにしか使えないけれど、併用することで技の威力を乗算的に高めることができる。
気剣に力を込める。真っ白な刀身に青が混じっていく。
今度は『切り札』じゃない。正真正銘、俺自身の剣技だ。
手応えに感じる力は申し分ない。しっかり当てさえすれば倒せるはずだ。
速度と攻撃範囲を重視して――いけ!
《センクレイズ》
すべてに狙いを付けて横に斬り払い、剣閃を放つ。
勢い良く飛び出したそれは、大気を切り裂いて瞬く間に目標へ届く。
さすがにジルフさんのと比べると明らかに見劣りしてしまうが、中々の威力だ。
俺から見て手前側にいた魔獣と「彼女」たち、全体の約半数はものの一瞬で塵も残さず消し飛んだ。
だが問題はそこからだ。後方にいる連中は、パワフルエリアの圏外にいる。
剣閃がパワフルエリアを抜けた瞬間から、急激な威力の減衰が始まった。
始めのうちは頼もしい威力で敵を消し飛ばしていくものの、やがて完全消滅まではできなくなる。
死体の一部が残り始めると、それが壁となってますます威力が衰えていく。
まずいな。このままじゃ一番後ろの方は逃げられてしまうかもしれない。
この場所から攻撃の届かない位置で包囲されたら厳しい。
パワフルエリアを出た瞬間に殺される状況が出来上がってしまう。
距離を取られる前に有効な追撃をしないと。
けど気力のみに頼った技では、同じことの繰り返しにしかならなさそうだ。
だったら――物理も利用するか。
トレヴァークの物理許容性は普通程度には高い。
一度起こしてしまった物理現象は、パワフルエリアを抜けても弱まりにくいはずだ。
まずは気剣を器用に使って、近くの地面をごっそり切り抜いた。
さらに【気の奥義】の効用で、巨大な土塊を触れずに持ち上げる。
あまり距離が離れていなければ、物に気を飛ばしてひっつけて。念動力のようなことも可能だ。
気剣をしまい、右拳に気力を込める。白いオーラが一点に集中して弾ける。
……まさか、あいつの真似事をすることになるとはね。
皮肉を感じながらも、土塊へ力任せに拳を叩き込んだ。
「はあっ!」
まるでミサイルが弾けるような破砕音を伴って、土塊が粉々に砕ける。
ただ砕くのではなく、同時にすべての破片に気を付与する。超音速による摩擦熱で燃え尽きるのを防ぐためだ。
気力を帯びた無数の土の散弾が、魔獣や「彼女」たちに向かって飛んでいった。
パワフルエリアを抜けた途端に気のコーティングはみるみる剥がれていくが、既に十分加速の乗った破片の勢いは止まることを知らない。
《センクレイズ》が到達した地点をさらに越えて、土塊は後方の敵に対しても確実なダメージを与えていく。
まず有効な防御手段を持たない大半の魔獣が、全身に石つぶてを浴びて命を散らす。
「彼女」たちも全身に風穴を開けられて、機能停止するか少なくとも機動力を失った。
一部の者はバリアを展開しているが、易々と貫通してダメージを与えることができている。
『心の世界』のエネルギーを混ぜ込んだ俺の気力は、ただの生命エネルギーじゃない。そう簡単に防ぐことはできないよ。
そうして、「彼女」たちも総じて沈黙していき。
意外にも最後までしぶとく残ったのは、土耐性の極めて強力なごく一部の魔獣だった。
彼らは既に俺に対して怯えているらしく、尻尾を巻いて逃げようとしていた。
放っておいても邪魔になることはないだろう。
さしあたって、見える範囲の脅威は排除できたかな。
「ふう……」
ようやく一心地つけた。よく死なずに乗り切ったよほんと。
でも少しすればまた援軍が来るだろう。ゆっくり休んではいられないな。
ディース=クライツを取り出して調子を確認する。
無理な運転をしたからか、残量メーターは底をついていた。
溜息を吐いてしまう。
早くも歩きの旅が決定したか。さっさと身を隠さないとね。
こんなとき女になれたらな。
あっちの身体はあらゆる探知に引っかからないほどステルス性抜群だから、上手く身を隠せたかもしれない。
でも、あの身体は。姉ちゃんは……。
ユイ。みんな。
思い出すとまた泣きそうになるけれど、今はぐっとこらえる。
俺にはやるべきことがある。俺を頼りにしている人がいる。
心寂しくても辛くても、ただ泣くことが許された子供ではないのだから。
みんなを救える力なんてない。
でも手に届く誰かの、助けを求める人の横に寄り添うことはできるはずだ。
くよくよ立ち止まっていたら。差し伸べられるはずの手を差し伸べられなかったら。
俺はもっと後悔する。ユイだって望んでいないはずだ。
今、ユイがどうなっているのかはわからない。
普通のフェバルと同じようにどこかで生き返っているのかもしれない。
二度と戻っては来ないのかもしれない。
もし、もう二度と会えないとしたら……。
そのことを考えるだけで、胸が押し潰されそうになる。心が折れそうになる。
やるべきことがあるから、辛うじて自分を誤魔化せているだけなのかもしれない。
……やめよう。今は考えないようにしよう。
全部終わったら。
もう帰って来ない人たちのことを想って、思い切り泣こう。
涙が枯れるくらい泣こう。
そのくらいは、いいよね……?
だから今は……前を向いて動くときだ。
近くに生じていた世界の裂け目は、既に閉じてしまっていた。
開いていたら少しは調べようかと思っていたけど、仕方ないか。時間もないし。
一応まだパワフルエリアの効果は続いている。
【気の奥義】で《気力反応消去》――生命エネルギーに対するステルスをかける。
女の身体と違って効果は一時的なものの、何もしないよりはマシだろう。
この技は許容性の関係でパワフルエリアにいる間しか使えないから、効果が切れる前に新しい所を見つけ出してかけ直す必要がある。
大体24時間くらいで効果は切れてしまうから、のんびりとはできない。
魔獣も俺より強いのがその辺にごろごろいるし、機械兵器に見つかればもう逃げる術はない。
パワフルエリアの周辺には魔獣がたくさんいる可能性が高く、ステルスをかけ直すにも一苦労だ。
命がけの綱渡りが続くけれど、頑張るしかないか。
俺は意を決すると、すぐにその場を離れて、深い森の中へと足を踏み入れていった。




