158「The Day Mitterflation 9」
「はあ……っ……はあっ……!」
勝ち誇った顔で弾けゆく女性が、消えない悪夢のようにこびりついていた。
「あ、う……うっ……!」
ヴィッターヴァイツ! くそ! ちくしょう!
俺は……俺は……!
「ユウ!」
「ユ、イ……?」
もう離さないと。
満身の力を込めて、強く抱き留められていた。
「どうして。ここは……?」
俺もやられて、死んだはずじゃなかったのか?
「『アセッド』の中だよ。私が引き寄せたの。せめてあなただけでもって……」
「俺だけでもって。じゃあ、他のみんなは……? 他のみんなは、どうなったんだよ……?」
大粒の涙を流しながら、辛い顔でふるふると首を横に振るユイ。
「ごめん。ごめんね。あなただけ、しか……」
ああそうだ。わかっていたことだ。聞くまでもないことだったんだ。
あの状況で、何が期待できる。
弾け飛ぶ女性。溢れ出す光。全部、俺の目の前で……。
何も知らない市民も、協力してくれたエインアークスの仲間も。
みんな。みんな……!
「う……うう、う……!」
死んでしまった。死なせてしまったんだ。
俺が。弱いから。助けられなかったから。
「う゛ううう゛うう゛う゛ううーーーーーーーーーっ!」
力任せに。自分を殴ろうとして。
ユイに止められた。必死に止められた。
いやいやと首を振って。同じだけぼろぼろに涙を流して。
それでも、懸命に堪えようとしていて。
そんな君と目が合ったとき。耐えられなかった。
堰が切れたように、涙が溢れて止まらなかった。
泣きついた。
ユイに縋り付いて。ユイも俺に顔を預けて。
二人で身を寄せ合って、泣いた。
「また、守れなかった……! みんな! ごめん! ごめ゛ん゛!」
嗚咽とともに、後悔を吐き出し続けた。
――けれども。
不意に、呼び起こされる。
自分に。悲しみに暮れている暇があるのかと。
未だに続く恐ろしい現実をまた意識したとき。涙がすうっと引いていった。
「……そうだ。何を、やっているんだ」
まだだ。
まだ何も終わっていないじゃないか。
「ユウ……? どうしたの?」
「行かないと。あいつは、まだ続けるつもりだ。だって、奴の目的は……!」
大量虐殺は単なる通過点だ。
奴の目的は、世界の破壊。
現状ラナソールが無事である限り、いつまでも続ける。
今度こそ止めないと。
――たとえ、殺してでも。
「うん。わかるよ。でも待って。少しだけ、休もう? その状態で行っても、またひどいことになるだけだよ!」
「そんな暇はない。こうしてる間にも、次の町が狙われているかもしれないんだ」
「でも……。ねえ、鏡を見て」
部屋に据え置かれていた鏡へと目を向ける。
途端に、自分が空恐ろしくなった。
俺は――こんな目をしていたのか。まるであいつのようじゃないか。
「ひどい目をしてる。今のあなた、普通じゃないよ」
「普通じゃ、ないって……?」
「黒い力が悪さしてる。心の力がまともに使えてないのも、きっとそのせいだよ」
「……っ! 俺だって、自分がおかしいのはわかってるさ! でも、俺が行かなきゃ誰が行くんだよ! 誰かが代わりに行ってくれるのかよっ! 助けられるのかよっ! お前が!」
パチン。
一瞬、何をされたのかわからなかった。
驚いて、目を見張る。
ビンタを張られていた。
怒っていた。目を真っ赤に泣き腫らして、本気で怒っていた。
俺に対してこんなに怒っているユイを見たのは、初めてだった。
「わかってる。そんなこと、私だってわかってるよ!」
感情を絞り出すように、姉は声を張り上げる。
「私だって……っ……私だってね! 行きたいに決まってるでしょ! あなたが戦うのを見て、苦しくないわけないじゃん!」
自ら張った頬に、そっと手を触れながら。
大粒の涙を零しながら、嗚咽交じりに続ける。
「いつもみたいに、ユウと一つになって戦いたいよ……! でも、どうしてもできないから……っ! 悔しいんだよ! 悔しいのは、私だって一緒だよ!」
胸に温かな手を、強く押し当てられた。
「だけど、ここにいる。隣を見て。ちゃんと一緒に戦ってる!」
荒ぶる心臓の鼓動を包み込むように。大切なことを伝えようとして。
「なのに、また勝手に一人で突っ走って……! バカじゃないの! 今だって、私が必死で抑えてなかったら、あなたどうなってるか……!」
「……っ」
「無理をしなきゃいけないのはわかるけど、それだけはやめて!」
「ユイ……俺……」
胸が詰まって。まともに言葉が出てこない。
ユイももう、ほとんど限界だった。
「ユウ、あなたの戦い方じゃないよ。そんな戦い方をしてたら、壊れちゃうよ。やめてよ。私のユウがいなくなっちゃうよ! ほんとに戻れなくなっちゃうよぉっ……!」
「俺……」
――――!?
なんだ。感じるぞ。
とてつもないほどに強い力を。
俺たちは、この力を知っている。
『なんてときに来やがるんだ! くそったれめ!』
レンクスの悲鳴に近い念話が飛んできた。
俺たちの邪魔はしたくなかったのに、そうも言っていられなくなったようだ。
『フォートアイランドの方だ』
『またなのね。行くしかないわ』
本当は言いたいことがあったのに。言うべきことがあったのに。
言っている場合ではなくなってしまった。
「……行こう」
「うん……」
あいつだ。ウィルがやって来た。




