157「The Day Mitterflation 8」
大聖堂の本堂。重厚な木製扉にこじ開けられた穴へと飛び込む。
内部は外観からの想像通り、天井の高く、やけに広い間取りになっていた。
割れたカラークリスタルが散乱している。
入ると同時、生臭い血の臭いが鼻を衝く。
いたるところ、信仰者たちの死体が弾けていた。
それを見て強い怒りを感じる自分と、何の感慨もなく冷静に見て取る自分とが混在していた。
まるで自分が自分でないような、奇妙な感覚だった。
奥には煌びやかな祭壇と、ラナの彫像が見える。
そしてただ一人、返り血に塗れて佇む生きた人間の後ろ姿を認めた。
髪が長い。女……?
――いや。
確かに身体は女性を操ってはいるが、彼女の奥から感じる力はまさしく奴のものだ。
見つけたぞ。
「ヴィッターヴァイツーーーー!」
奴は悠然と振り返り、ただ不敵な笑みを返した。
身体を爆弾に変化させている最中のためか、直ちに自ら動くつもりはないらしい。
それにしてもひどい姿だ。
元は綺麗だったであろう肌は、既に内側から沸騰しかけて、赤黒く変じている。
まだ直接声が届く距離ではないが、奴は念話を飛ばしてきた。
『ホシミ ユウか。外でうろちょろしていたのはやはり貴様だったのだな』
俺はあえて返事をしなかった。する余裕がない。
『もしや来るのではないかと思っていたぞ。身の程知らずめ』
正面から《パストライヴ》では、隙を突かれてしまう。
代わりに一歩でも距離を詰める。
『ん? 今の貴様――中々良い目をしているな』
お前のせいだ。
『くっくっく。そうか。さすがに応えたか』
お前の野望もこれで終わりだ。止めてやる。
『威勢の良いことだな。忠告はしたはずだぞ。再びオレの前に立ち塞がることがあれば、死よりも後悔させてやると』
奴の意を借りた女性の口が、嫌味に吊り上がった。
既に互いに声の届く位置まで迫っていた。堂内にガラの悪い女の声が響く。
「このオレが、貴様が律儀に触れるのを待ってやると思うのか?」
まずい。あいつ、本来の予定よりも早く爆発させるつもりだ。
「させるかあああああああーーーーーっ!」
「こんな雌の身体でも、多少時間を稼ぐのにわけはないぞ!」
《剛体術》を展開する。
女性のものとは思えないほど、逞しい筋肉が膨れ上がった。
奴は変じた足をバネにして、一足飛びで天井を突き破り。空へと跳び上がっていった。
上に逃げただと。
――そうか。なんてことを考えるんだ。
地上でそのまま爆発させるよりも、空中で爆発させた方が被害範囲が大きい。
奴め、そんなことまで……!
頭の血が沸騰しそうだった。
《パストライヴ》で空を駆けて追う。本堂の屋根裏に抜ける。
既にヴィッターヴァイツは遥か上空にいた。
速い。前にこちらで戦ったときは、あれほどのスピードはなかったはず。
操っている人間の素質が上なのか。時間稼ぎのために力を一気に爆発させているのか。
「うおおおおおおおおおおおおおーーーーーーっ!」
させない。
力だ。間に合わせるための力を!
『ダ……メ……! これ……以上は……本当に……!』
『言ってる場合かよ!』
黒のオーラの比率がわずかに増すと、それだけで力が何倍にも膨れ上がったように感じた。
荒ぶる気の力を推進力へと変えて、強引に空を飛ぶ。
明らかなこちらの異変と急激な力の増大に、余裕を見せていたヴィッターヴァイツの顔色が変わった。
しかし一瞬の後、嘲笑に転じる。
何だ。何が可笑しい!
『ユウ! 危な……!』
ユイの叫び声が、聞こえた途端。
「……っ!?」
頭にガツンと強い衝撃が走った。
気付けば吹っ飛ばされ、屋根裏に叩き付けられていた。
「ハッハァー! ここで真打ち登場ってなぁ!」
即座に跳ね起きる。
まったく予想もしていなかったところからダメージを受けて、ぐらりと視界が揺れる。
今度は何なんだよ!
「邪魔をするなあああーーーっ!」
「ホシミ ユウ。まさかこんなところで会えるとはなあ。一度手合わせしてみたかったぜ」
「誰だ! どけよ!」
「《ヴェスペラント》フウガって、知ってるかよぉ?」
「…………!」
聞き覚えのある名を告げられると同時、敵はいきなり襲い掛かってきた。
自信満々と接近戦を仕掛けてくる。
まただ。どんなからくりを使っているのか知らないが、速い!
迎え撃つしかなかった。
俺が左腕を伸ばすと同時、奴も右腕を伸ばす。
《気断掌》!
「《撃震波》ァ!」
開いた左の掌と右の掌が、正面から激突する。
瞬間、双方から衝撃波が生じて。接触面より凄まじい勢いで膨れ上がっていった。
共鳴し合う二つの衝撃波が、周囲の大気を激しく揺らす。
「な!? オレの《撃震波》とそっくりだっ!?」
動揺した一瞬の隙を突き、目の前の襲撃者を思い切り蹴り飛ばした。
――左腕が痺れている。しばらくは使い物にならない。
それも一瞬の思考で斬り捨て、構わず空を駆ける。
時間が、ない。
「なるほど。うろちょろした奴らがいるとは思っていたが……まあ良い時間稼ぎだったぞ」
ヴィッターヴァイツは、さらに上空へと逃げ延びていく。
必死に追い縋るが、遠い。あまりにも。
《パストライヴ》を駆使したところで、直線的な動きでは見切られて、かわされるだけだ。
くそおっ! 間に合え! 間に合えよ!
「ああああああ゛あ゛あああ゛ああーーーーっ!」
限界まで力を振り絞る。
どうなってもいい。今だけは。お前だけは!
許さない!
「貴様。まだどこにそんな力を……!? これでは、まるで……!?」
――届いた。追いついたぞ。
《マインドディスコネクター》!
――――。
「な、んで……? どう、して……?」
「どうやら――使えないらしいな。その状態では」
そ、ん、な。
「オレの勝ちだ。小僧」
女性が最期の言葉を紡いだ口から、ひび割れて。
裂けていく。
目の前が真っ白に光って――。
そして――。




