155「The Day Mitterflation 6」
[アルトサイド シェルター003]
「よもやあれほどの働き者だとは思わなかったぞ。あの男!」
「おかげでこっちもてんやわんやっすねー」
ブラウシュが興奮気味に手を叩き、クレミアが笑って肩をすくめた。
人の身を離れて久しい二人に共通しているのは、かの超越者への純粋な期待であり、人々が犠牲になることへの罪悪感はほぼない。
「我々にできないことをいとも簡単にやってのける。空恐ろしいものもあるな……」
一方で、生身持ちのオウンデウスは。
気まぐれで自分の現身にまで災厄が降りかかりはしないかと、半心恐れも抱いていた。
同じく辛うじて生身持ちの先輩クリフが、そんな彼の肩を優しく叩いた。
「大丈夫さ。ぼくらにはこの世界と仲間がいる」
「うむ……」
そうは言っても、実際に爆発で町が消失した悲惨な現場を見てしまうと、やはり恐ろしいという感情は捨て切れない。
自分がまだまだ俗な存在であり、アルトサイダーになってみても、現実を切り離して考えるのは慣れていないものだと。
オウンデウスは、己の未熟を感じていた。
「ところで、ダイゴはどこへ行った? 次の手伝いをしてもらいたいのだが」
ブラウシュが尋ねると、カッシードが答えた。
「あいつなら、少し一人にしてくれって出て行ったぞ? あまり面白くない顔をしていたが」
「まったく。自由な男だな」
「あいつもまだ慣れてないんだろうなあ」
彼の心情を推し量ったカッシードは、本人はかっこいいつもりの得意な笑みを浮かべている。
やや離れたところでモココと談笑していたペトリが、知った風な調子で言った。
「あれで結構人間が小さいのねぇ」
「逆にリアルで人間が小さいから、夢では虚勢を張ってしまうものなのよね」
モココは自分にも心当たりがあるのか、苦い顔をしている。
「今は過渡期よ。そのうち『ヴェスペラント』らしくなってくれるわ」
***
険しい顔で一人佇むダイゴに、心配したゾルーダが様子を見にやって来た。
「やあ」
「てめえか」
「気分はどうかな」
「正直……いまいちだな。思ったよりもえげつねえ」
ゾルーダたちのやろうとしていることについて、ダイゴも何となくは理解していたつもりだったし、乗り気ではあった。
この力を自由に振るえるとなれば。
むかつく同僚や上司をぶん殴って、銀行から金を奪い、警察相手に大立ち回りしても軽くお釣りが来る。
だが彼にとっての好き放題とは、そんな程度のもので。
状況に流されるまま二体接続をした彼には、未だ現実感というものがなかった。
いざヴィッターヴァイツによってもたらされた、凄惨な都市壊滅の模様を目の当たりにしてしまうと……。
焦げた匂い。焼けた死体。人の泣く声。
ラナクリムなどよりも、ずっと生々しい悲劇がそこにはあった。
そんなものを見てしまうと。彼に残る常識人的な部分が、どうしても疑問を投げかけてしまうのだ。
一方、既に数千年の時を悲願のために費やしてきたゾルーダには、倫理観というものはない。
「僕としても想定以上の成果ではあったけれどね。結構なことじゃないか」
「……けどよお、本当にいいのか?」
「なに。ラナクリムと同じようなものだと思えばいい。ゲームでいくら人を殺したって、何とも思わないだろう?」
「まあな。好き放題暴れるのは楽しいぜ」
そりゃあゲームだからな、ダイゴは内心毒吐く。
「同じさ。ぼくらはゲームと同じ存在、そして力を振るえるんだ。現実がゲームになるんだよ」
「そういうもんかよ」
「そういうものさ」
きっぱりと断言したゾルーダは、ダイゴの肩に手をかけて、諭した。
「下らない良識など捨ててしまえ。君にはその力も、権利もある。割り切れば、楽しい世界が待っているぞ。フウガ君」
あえて向こうの名前で呼び、ゾルーダはみんなの下へ帰っていった。
「……ま、なるようになるか」
この力を得て、彼らの手を取る選択をしたのは自分だ。
なのにいつまでも悩んでいるのも馬鹿みたいだと思い直し、彼はもうひと暴れする心の準備を固めた。
***
[トレヴァーク 聖地ラナ=スティリア 民家]
人間爆弾とするため。
ヴィッターヴァイツは、目に付いた適当な人物に対して【支配】をかけていた。
果たして、今回【支配】した人物は。
「……む。女か」
本来の彼のものとはかけ離れた高い女の声が、一人部屋によく通る。
「雑魚にしては、素質はあるようだが……」
ヴィッターヴァイツは、【支配】する対象の力をおおよそ把握することができる。
今【支配】した若い女性は、一般人にしては中々のスペックを持つようではあった。
今のところ、一度に一人しか【支配】できない制約はそのままである。
なので、己と性別が異なるのは気に食わないが。
当たりを引いた以上は、【支配】を外して他へ行くのはやめるべきかと判断する。
ひとまず身体を動かそうとして――たゆんと揺れる感覚があった。
何とも動かしにくい。
ヴィッターヴァイツが顔をしかめると、それに合わせて立ち鏡に映る女も顔をしかめた。
「……まったく。何を食ったらこうなるのだ。みっともなく乳を腫らしおって」
女性は、中々の大きさだった。
乱暴に手で胸を弾いてみたが。感覚をも接続しているため、少しの痛みとともに揺れるばかりだ。
人のものを触るのはよいが、自分のものを触っても楽しくもなんともない。
おまけに家の中だからと、へそが見えるような薄着で、ブラも付けていない。
道理で揺れるわけだと、ヴィッターヴァイツは苦笑する。
自分で女物の下着など付ける気にもならなかったので、その辺の服を引き裂いて布とし、きつくぐるぐる巻きにしてさらしとした。
とりあえずはこれで動きの邪魔にはならないだろう。
持っていた彼女の電話で、現在地を確認する。
聖地ラナ=スティリア――当たりだ。
ラナゆかりの地であり、まごうことなき百万都市である。
中心地たる大聖堂で爆発させてしまえば、これまでの比ではない死者が出ることになろう。
「さあどう出る。ホシミ ユウよ。このまま行けば、また結構な死人になるぞ」
彼はもちろん、自身の採用した即時的大量破壊戦術の有効性を熟知している。
そう簡単に止められるはずがないという自負があった。




