142「アルトサイダーの臨時会議」
[アルトサイド『シェルター002』]
トレインソフトウェア襲撃事件を受けて、臨時会議が始まった。
ゾルーダは、すこぶる機嫌が良かった。
理由は二つあった。
一つは、新たな仲間としてクガ ダイゴ――『ヴェスペラント』フウガを、偶然にも加えることができたこと。
不確実要素の一つであった彼が。話してみれば、仲間へ迎え入れるに相応しい『資質』の持ち主であったということだ。
ラナソールをはっきりと認知していて、現実に不満を持ち。夢想の姿で自由に生きることを望んでいる。
申し分ない逸材だ。
彼は、早速仲間たちにダイゴを紹介した。
「フウガが、こんな冴えない男だったとはね」
モココが目を細める。
自身も今でこそ夢想の通りの可愛らしい姿であるが、かつてはその辺にいる妙齢の女性だったのだ。
「言ってやるな。俺たちだって似たようなもんだっただろ?」
カッシードが宥めるようにウインクした。迷える者へは理解者のスタンスでいたいようだ。
「まだ……夢なんじゃねえかと思うわけだが……」
いつもなら「冴えない」などと馬鹿にされれば、内心憤るところなのだが。
今のダイゴは、借りてきた猫のように大人しい。
常識の殻から抜け出せないでいる彼は、未だ混乱の最中にあった。
ふらふらと誘われるままやってきた小虫と、何も変わらない。
誘うものが身を焦がす火なのか、導く光であるのか。わからないままに流されている。
「夢みたいだけど、夢じゃないよ。最初は驚くかもしれないけどね。よろしく。フウガ」
容姿は少年然としたクリフが、人当たりの良い笑みを浮かべて手を差し出す。
あえてダイゴではなく、フウガと呼んだ。
いっぱしの社会人として。とりあえず手を差し出されば、おずおずと受けるダイゴであった。
パチパチパチと、ゾルーダが陽気な気分で拍手をする。
周りの全員も、まばらながらも拍手に付き合った。
「素晴らしい。実によき日だ。僕たちにまた一人仲間が加わった。みんな、フウガをよろしく頼むよ」
「はあ……どうも」
あの惨劇の場所に、一秒でも長くいたくなかったこともあり。
つい誘いの手を取り、流れでよくわからないところまで付いてきてしまったダイゴであるが。
ここに来て、いまいち気分が乗らない。
ファンタジックな面々の前で、一人だけガチガチのサラリーマンスタイルである。
なので必然、浮いてしまって。疎外感を拭い去れないでいた。
所在なくしているのは、誰にとっても明らかだった。
あまりに覇気のない立ち姿に同情する者とがっかりする者と、それぞれの反応を示した。
「まったく見てられないぜ。これがあの『ヴェスペラント』フウガ様だって? しゃきっとしてくれよ」
ラナクリムおよびラナソールにおけるフウガの伝説をよく知る、撲殺フラネイルからすれば。
今のダイゴの状態は、中々に失望させられるものである。
嘆かわしい気分を隠さずにそう言った。
「そうね……。話し合いの前にさっさとあれ、やっちゃいましょうよ。二体接続☆ミ」
パコ☆パコが提案する。
自身が作戦に助力した今回の会合は、さすがにだるいとは言わずに参加していた。
「うんうん。それがいいっすよ。一人だけただの人じゃ、かわいそうっすからね」
『ガーム海域の魔女』クレミアも同意して、にたにたと意地の悪そうに笑う。
「なんだよ。二体接続ってのは……?」
「案ずることはない。貴様がフウガとしての力を得るために必要な――まあ儀式のようなものだ」
比較的最近にそれを経験したことのあるオウンデウスは、不安を抱えるダイゴの肩を叩いた。
ゾルーダが頷いて、ダイゴへ歩み寄る。
「僕がやろう。目を瞑ってくれ」
「はあ」
促されるまま。判然としないながらも、ダイゴは目を瞑った。
彼の頭に、ゾルーダの手が乗せられる。
「もう一人の自分を意識して」
ダイゴには、直接心に話しかけられているように感じられた。
「どうだい。感じるかい?」
『ヴェスペラント』フウガ。もう一人の自分。
意識すれば。この奇妙な薄暗い世界においては、彼がより一層近しい存在に感じられた。
手を伸ばせば、掴めそうなほどに。
「彼のような――力が欲しいか」
――ああ。
「彼のような――自由が欲しいか」
――欲しいさ。
俺の心はずっとそれを願って。馬鹿馬鹿しいと投げ捨ててきた。
ダイゴの内心の返答に、ゾルーダは深く頷いた。
彼は理解者だった。
そして告げる。
「ならば汝、ここアルトサイドの下に。夢想なる身と現身が、今交わらん――接」
瞬間――ダイゴの、彼の肉体に。
凄まじいエネルギーが満ち溢れて、吹き出してきた。
全身が無理に造り変えられる感覚が、彼の身を襲う。
「うっ、おおおおおおおおーーーーーーっ!」
痛みはあるが。驚きと感動で、たまらず雄叫びを上げる。
彼の満身に力が漲る。奥底で燻ぶらせていた猛き心が、吹き上がってきた。
歪んでひねくれた感情は、強い自信に転じて湧き溢れてくる。
そうだ。これが俺のやり方だった。
俺は――フウガだ。
「どうっすか?」
「……はっはっは。気分がいい。実に気分がいいぜ。なるほど。これが二体接続ってやつかぁ!」
握り拳を作り、腕を一振るいして。跳ね上がったパワーのほどを確かめて。
ダイゴは人が変わったかのように、高笑いを上げていた。
実際、変わったのだろう。
容姿こそ生身そのままであるが。先ほどまでとまるで同じ人物とは思えないほど、覇気に満ちていた。
さすがにラナソールほどのパワーは感じられないものの、全員がよく知るフウガその人にほぼ近い立ち姿である。
二体接続。
その瞬間において、各自もあまりの感動と歓びにはしゃがずにはいられなかったことを思い返しながら。
一同は生まれ変わった彼を、眩しい目で見つめていた。
「おめでとう。これで君は名実ともに、僕たちの仲間になったわけだ」
改めて差し出したゾルーダの手を、ダイゴは不敵な面構えで振り払った。
「おっと。確かに感謝しちゃあいるが、俺はただ自由にやりてえだけさ。仲良しごっこならごめんだぜ」
ゾルーダは特段不機嫌になったわけでもなく、想定の範囲内と澄ました顔で返した。
「……なるほど。うちは各自の尊重がルールだ。君は既に力を得た。好きにするといい」
「話が早いと助かるぜ」
「調子いいなあ。おい」
「それでこそフウガだな」
ブラウシュがやや呆れ気味に笑い、オウンデウスも納得の顔で頷いた。
「でもきっと、聞けばあなたも協力したくなるわよ」
モココが、今度は調子の良過ぎるダイゴに辟易していた。
ちょうど良い塩梅にはいかないのかと、訝しんでいる。
「どういうわけだよ。おい」
「そうっすねえ。まずそっちの身体じゃラナソールには行けないし。トレヴァークに戻るのは――まあ生身持ちだから、比較的簡単っすけどね」
「そうなのか?」
まだ右も左もわからぬダイゴは、首を傾げている。
クレミアは、煽るように続けた。
「どの道今の世界の状態じゃ、それほどの力なんてとても維持できないっすよ。精々がちょっと強い人間止まりっすね」
「瓦を百枚割って喜びたいというのなら、そのままでもいいと思うけどな」
「するってえと、このパワーは。素晴らしい力があるのによぉ。こんなクソつまらねえ、だだっぴろいだけの。なんにもねえ世界限定ってわけかよぉ?」
「……そういうことさ」
ゾルーダが全員の総意を締めくくって、頷いた。
ダイゴは思う。
なるほど。確かにそいつはつまらねえ。
制約だらけの現実なんて、ロマンが足りないんじゃねえか。おい。
そのとき彼は、フウガを通じて、ゾルーダが彼に頼んでいたことを思い出した。
「おーそうかい。それで、てめえらの良からぬ作戦ってわけかよ!」
「ああ。君にも協力してもらえると助かるな」
ゾルーダは、悪巧みの込めた笑みをあからさまに浮かべていた。
「一暴れできるんだろうな?」
「保証しよう」
「いいだろう。乗ってやる」
力を引き出してもらった恩もあり。ダイゴはあくまでダイゴのままであることもあり。
オリジナルのフウガそのままならもう少し突っぱねたところ、素直に手を貸すことにしたのだった。
そして、本題の作戦会議が始まった。
「まずブラウシュ、パコ☆パコ、撲殺フラネイル。あの男――ヴィッターヴァイツとやらの動向を上手いこと誘導してくれたこと、本当に感謝する。おかげで実に楽しみな展開になってきた」
「いいってことさ。さすがに緊張はしたけどな」
「これくらい。ゾルーダに受けた恩に比べれば」
「冷や冷やしたけど、何とかやったぜ」
ブラウシュにとっては、数百年前、ナイトメアに追い詰められかけたとき以来の大変なミッションだった。
パコ☆パコと撲殺フラネイルにとっては、初めての緊張だった。
アルトサイダーの存在を決して悟られないよう、与えるべき適切な情報を散りばめて。
敵はラナ教とトレインソフトウェアにありと思わせること。それが三人のミッションだったのだ。
ヴィッターヴァイツが彼らの希望通り、勝手に動いてくれること。
ゾルーダの機嫌が良いもう一つの理由はそれだった。
「こっちで見てたけど、たった一人でいとも簡単にレッドドルーザーの部隊を潰してしまうなんてねえ……」
「しかもあれでまだ全力じゃない節だったぞ……」
「ありゃもしかすると、マジで『剣神』より上かもしれないっすねえ。とんでもないのがいたもんっすよ」
真なるアルトサイダーであるモココとカッシード、そしてクレミアは、高見の見物といくしかなかったが。
ヴィッターヴァイツなる者の恐るべき実力をまざまざと見せつけられて、穏やかならぬ気持ちも喜びと半々だった。
「賢明だったよな。下手に接触なんかしなくてよ」
「ナイス判断でした。ゾルーダさん」
しみじみと振り返るブラウシュと素直に称賛するクリフに、ゾルーダは謙遜して肩をすくめる。
「みんなの協力があればこそだよ」
「でも、よくあんなのを操ろうなんて思ったわね」
「長年の勘だ。実際、僕たちが与えた情報は。こっそり置いてきたディスクも含めて、嘘は何一つない」
情報に都合の良い嘘を交えては、騙せない相手だろうという確信はあった。
多少の脚色はしたものの――真実で塗り固めた。
ディスクについては、彼らも長年かけて調査してきた「世界の成り立ち」を。わかっている範囲で惜しげもなく封じておいた。
奴自身の思惑がそもそもラナソール潰しにあると睨んだからこそ、リスクを取って作戦行動に移せたわけだ。
「これであの男は、次のターゲットを狙い定めてくれたことだろう」
「そこへ乗じてってわけっすね」
トレヴァークにおける致命的な戦力不足は、あのヴィッターヴァイツという男の参入によって解消される。
彼が暴れているところへ、上手く重ねてやればより効果的だ。
「タイミングが重要だ。Xデーは、あの男が再び動くとき。僕たちも動くぞ」
全員が頷き合った。
「引き続き注視を頼むよ。ブラウシュ」
「任されたぜ」
***
次の日、クガ ダイゴは休職願を提出した。
いっそ退職届でも投げつけようかと思ったが、やはりダイゴはダイゴ。
『ヴェスペラント』にはなり切れないものらしい。
それが大きな終わりの始まり、その兆候であると気付けた者は――もちろん誰もいなかった。




