141「ヴィッターヴァイツ、次なる手を考える」
世界に刻まれた「綻び」から手を引いたヴィッターヴァイツは、不機嫌に顔をしかめていた。
己の肉体にこそ異常はないものの。【支配】による精神接続を強引に切断され、精神には多少なりともダメージを負った。
頭に鈍い痛みが続いている。
「よもやこのオレが一杯食わされるとは」
【支配】が効かなかったことならば幾度もある。
だが、一度かけた能力を強制的にキャンセルされることがあるなどとは思わなかった。
普通に考えれば不可能。あの小僧にも何か能力があり、それを使ったか。
「小僧。やってくれたな」
【支配】していた人間が、ただの使い捨てであることを最大限利用され。
力を見せつけてやろうとしたら、逆に意地を示された。
本体である自分からすれば、依然吹けば飛ぶ雑魚であることに変わりはないが。
若干評価には上方修正を加えざるを得ない。名乗っても良い程度には愉しめた。
しかし。生意気な口を叩き、舐めた真似をしてくれたことに変わりはない。
悦びが少々。興味関心が少し。不満と憤りが大半といったところだった。
「む。大きな反応が二つ。こちらに向かっているな」
どうやら小僧が自分に触れた一瞬で、おおよその位置を掴んでくれたらしい。
少々まずいことになった。
名乗ったとしても、あの場で殺すつもりだった。
みすみす生かしてしまった上に、他の超越者どもに存在が露呈してしまった。
一人はレンクス。もう一人はジルフとかいう奴だ。
この場に留まれば、二対一になる。
戦って戦れないことはないが、さしもの自分でも楽な戦いにはならないだろうと彼は思った。
それにフェバル同士では、戦う意味がないことを彼は重々知っている。
二対一であったとしても、負けるなどとは微塵も思っていないが。
仮に殺すことに成功したとして、フェバルはまたラナソールのどこかで蘇るだけだ。
邪魔者の排除には一切繋がらない。
殺さずに無力化して縛り上げるなどということは、さすがに厳しい。
不本意であるが、ここは身を引くのが賢明だろう。
「時間がない。この穴はもう使えんか」
今後この場所には、監視が入るに違いない。
現状【支配】は、世界の穴を通じてでしか使用できない。
やりたいことは多かったが、トレヴァークへの干渉は一旦お預けとなる。
もっとも。「綻び」は予想以上のペースで広がりつつある。
待っていれば、いずれ別の場所にも穴が開くはずだ。
そのとき隙を見て、また先んずればよいだろう。
「舐めてくれたものだ。この世界も。あの小僧も。いつだかの赤髪の小娘も」
このところ、思うようにいかないことが多い。何かに邪魔をされているような気分だ。
オレを誰だと思っているのか。舐めているとしか思えない事案が多過ぎる。
「そうだな。ただ引くのもいいが……」
どうせバレてしまった。
少しばかり、ちょっかいをかけてみるか。
あの小僧には少しばかり、挨拶をしてやってもよいかもしれん。
――オレなりのな。
それに、悪いことばかりではない。
今後の警戒を招いてしまったのと引き換えに、彼は重要な情報を得た。
ディスクには、中々面白いことが書いてあった。
やはりラナソール創世のカギを握るのは、ラナという女。
そして、やはり絵を描いている者がいた。ようやく掴んだ。
トレインという名の――おそらくはフェバルか何かだ。
奴はどこかに潜み、今も絶大な影響力を及ぼしている。
そうでなければ、ラナソールという異常世界は成立し得ないからだ。
彼の方針は明快で、もう決まっていた。
順序がある。まずはラナを始末することだ。
世界の要石であるあの女を消すことで、ラナソールは一気に崩壊する。
崩壊してしまえば、自由と力が戻る。
そうなれば、次はトレインだ。
これを必ず見つけ出し、御礼参りをしてくれよう。
あの小僧が何らの情報も得られぬよう、ディスクは戦いの最中に砕いておいた。
世界の真相に一歩先んずるのは――このオレだ。
ラナソールを壊すとしか言わなかった。
あの小僧どもが情報を得られない限り、オレの真の狙いは読めん。
それにもしかすると――情報を得たとして、オレと似たような結論になるかもしれん。
どの道ラナソールを破壊しない限り、自由はない。奴ら同士でも意見は割れるかもしれんな。
動けば詰み。待てばいずれ詰み。
既にハッピーエンドは失われている。
今後、間違いなく一波乱も二波乱もあるだろう。
ダイラー星系列も必ず絡んでくる。確信した。
大きな混乱と戦いが待っている。勝者が世界の行く末を決める。
これはゲームだ。プレイヤーは己を含む超越者。
哀れな駒は、あの小僧や何も知らぬ二つの世界の屑ども。
面白くなりそうだ。ラナクリムなどより、よほど面白い。
ヴィッターヴァイツは、自然とほくそ笑んでいた。
直ちにワープクリスタルを使い、何らの痕跡も残さず消えた。
やはり夢想のアイテムは、素晴らしいものだ。
それが夢幻に過ぎないからこそ、下らなく素晴らしい。
***
そして。
ほんの少しだけ遅れてやってきた、レンクスとジルフは。
自分たちが一手遅れたことを知り、悔しがった。




