136「工業要塞都市ダイクロップス」
ダイクロップスに入り込んだ俺とシズハは、そのまま『世界の道』の続くにしたがって、中心街へ向けてバイクを走らせた。
いざ要塞都市の内側に入ってみると、前後方のバリアゲート、側面のグレートバリアウォールが四方をがっちりと固めていて。箱庭の中に収まったような気分だ。
壁は外から見たよりも頼もしく思われた。人によっては安心を感じるだろうし、窮屈にも感じるだろう。
俺は後者だった。
ぱっと見、あまり好きな街じゃないな。
どうも俺は、もっと開放感のあるところの方が好きみたいだ。
しかしシズハの方は違うみたいで。
車の流れに合わせてゆっくりバイクを走らせながら、心なしか楽しげに周囲を観察している。
あまり表情は変わっていないけれど、最近シズマイスターになりつつある俺にはまあ何となくわかった。
鉄と錆とオイルの匂いのはっきりと感じられる街並み。確かに好きな人は好きだし、わくわくするのかもしれないな。
やはりかつて訪れたディースナトゥラとの比較になってしまうが、あそこは極めて緻密な都市計画の下に成り立っていて、美しいほど完璧に均整の取れた街並みだった。
(地球から見て)未来のテクノロジーが生み出した、決して錆びない金属が多くの建物の材料となっていた。
常に目に悪いほどの輝きを放ち、人間である俺には馴染み辛く感じられたものだ。
ディースナトゥラはまさに白銀の都市だったが。こちらで支配的なものは、くすんだ金属の鈍色である。
同じ鋼の街ではあるが、まったく様相は異なっている。
世界が違うとこうも違う例があるのだと、感心させられた。
不均整で薄汚れた武骨な建物が、所狭しと競うように立ち並ぶ様は、かえってそれらが人の手で成ったものであることの証明である。
トリグラーブと比べて明らかに工場の割合が高い。配管の類が剥き出しで、空中の目立つところにも網目のように張り巡らされている。
配管迷路の頂は大抵の場合、煙突で終結していて。そこからはもうもうと白煙が上がっているのが見て取れる。
そのせいか、空気はお世辞にも綺麗とは言えない。喘息持ちには辛そうだ。
IT分野とか、空気の綺麗な場所じゃないと大変なんじゃないかなと思ったけど。それはどうも地球の常識に過ぎないらしい。
配管だけじゃなくて、たまに大きな歯車なんかも剥き出しになっていて。
何を動かしているのかは知らないけど、くるくると忙しなく回っている様はまるで生き物のようだ。
なるほど。一見冷たく窮屈に見えて、中々どうして躍動感に溢れているじゃないか。
前言撤回。よく観察してみたら、俺もちょっとわくわくしてきたぞ。
シズハも、俺の心境の変化には目敏く気付いたらしい。
「楽しそう」
「いやあ。こうやって街並みを見て楽しむのも、旅の醍醐味の一つだなと」
「観光に来たわけじゃない」
「わかってるって」
本当に観光ということで、来られたらよかったんだけどね。
ミッション終了までの一時的な滞在場所として、エインアークスの息がかかったホテルの一つを選んだ。
地下は『アセッド』ダイクロップス店になっていて。と言っても、実際店じゃなくて隠れ基地みたいなものなんだけど。
約三千人のメンバーのうち58名が、ここを運営してくれている。
もしトレインソフトウェアで何かしらディスク等入手できた場合は、解析ができる人員と機材も揃っている。
彼らの協力がなければ、身一つですべてをこなさなければならないところだった。とてもありがたい話だ。
夕食を済ませて、シズハと二人で作戦を練る。
役割分担は、俺が周囲の警戒と対処、シズハが部屋の調査・機密書類の入手担当だ。
裏仕事にはあまり明るくないので、スパイっぽいことは彼女に任せようと思う。
そう言えば前にユイから聞いたけど、レンクスは裏仕事が得意らしい。
昔何かやってたのかな。まあいいや。
悪い事態も想定しておく。戦闘になる可能性もあるだろう。
だけどある程度仲良くなった(と思う)シズハなら、《マインドリンカー》を適用できるはず。
俺の力のいくらかを共有して、戦闘力の底上げが期待できる。
最低でも、彼女自身が数段上と言っていたルドラに負けないくらいにはなるだろう。
とは言え、もちろん戦わないに越したことはない。
戦闘になる気配が濃厚なら、彼女を逃がすことを優先すべきだろうな。そこは様子を見て判断しよう。
彼女とトレーニングをしてから、その日は眠りにつくことにした。本格的な調査は明日からだ。
そう気構えせずに考えていたが。
実は既にとんでもない事件が起こっていたことを、俺はまだ知らなかった。




