127「パワフルエリアに行こう 2」
長いようで短い、数日ばかりのパワフルエリア探索の旅だった。
ついに俺たちは、映像の場所を探り当てた。
確かめなくても、入った途端にその場所が正解であるとわかった。明らかに身体が軽くなったからだ。
「やったね。見つけられたね。ユウくん」
「ああ、やったな。ハルはどうだ。調子は」
「心なしか、身体に力が入るような気がするよ。これなら……」
期待に胸を膨らませる少女が何を考えているのかは、最初に頼まれたときから明白だった。
ただはしゃぎ過ぎると後の反動が怖いので、やんわりと諭す。
「元は立てない身体なんだ。ここに来たからって病気が治るわけじゃないんだから、あまり無理はするんじゃないよ」
「わかっているとも。ちょっとだけ、だよ」
指を小さく摘まんで、ハルは「ちょっとだけ」をアピールして言った。
うん。重々承知みたいだね。
バイクを下して、ひとまず周辺の様子を観察する。残念ながら、既に世界の穴は閉じてしまっているようだ。
ハルも同じことを考えて周囲を見回していたようで、ややがっかりした様子で肩を落としていた。
「穴はもう閉じてしまったみたいだね」
「残念だなあ。もしかすると、アルトサイドの様子をまた探れるかもって期待していたのだけど」
「そう都合良くはいかないものさ。穴はしばらく経てば閉じるってわかってたしね」
いつまでも閉じない穴が出現すれば、恐ろしく話も変わってくるのだろうけど。
今のところは確認されていない。
……今のところは。
「そっかあ。ボクが見たときから、三週間近くも経ってるからね。仕方ないよね」
「でもほら、パワフルエリアはちゃんと見つかったじゃないか」
試しに気剣を作り出してみる。
思った通り、色の薄い微妙な出来にはならず、煌々と白い輝きを湛える強剣が飛び出してきた。
二度三度素振りしてみせると、ハルは目をキラキラさせた。
「おー。前に見せてもらったのより、白くて立派だね」
「中々いけるな。さすがにラナソールほどってわけにはいかないみたいだけど」
あくまでラナソール寄りというだけのことなので、それなりだ。
正真正銘向こうのは、抜くだけで大気を震わせるレベルだからな。
「でもすごいよ。さすがはユウくんだ」
「よし。今度は魔法行ってみようか」
向こうの世界のユイに語りかける。
『ユイ。軽く魔法発動テストもしてみよう』
『オーケー。ちょっと待ってね』
ユイはラナソールで発生させた魔法を、『心の世界』に送り込んでいった。
『もういいよ』
『わかった』
俺は掌を突き出して、構える。
《アールリース》
《アールリット》
《アールリオン》
掌サイズから、等身大、さらにその数十倍まで。段階的に光弾魔法の等級を引き上げていく。
上位魔法までは、問題なく発動した。
つまり魔力許容性も気力許容性と同様、並みの世界以上にはなっている。
これはもしかして、最後までいけるか……?
《アールリバイン》
掌から、ユイが念入りに溜めた光の超上位魔法――時さえも貫く光の矢が放たれた。
次の瞬間にはもう、それは軽く音を抜き去って。空の彼方だった。
この魔法は手持ちの全魔法中、頭二つ抜いた圧倒的な最速と、強力な時空魔法特効が最大の売りである。
さすがに速い。ラナソールほどではないにしても、速度も強度も申し分なさそうだ。
理論通りであれば空の果てまで、どこまでも突き進むかと思われた。
だが……。
ある地点を超えた瞬間、魔法の構成は散り散りになって掻き消えてしまった。
なるほど。パワフルエリアからはみ出たから、消えてしまったわけか。
でもこれでわかった。
「うん。大体使えるみたいだ」
『ありがとう。ユイ』
『いえいえ』
「わあ……魔法だ。本物だあ……」
ハルはもうすっかり感激して、憧れのアイドルか何かをうっとり見つめる少女のようになっていた。
「……よし。そろそろボクも」
緊張の面持ちで、バイクから自らの力で降りようと試みるハル。
俺はもし倒れそうになったら支えられるようにと、歩み寄った。
ぴくり。動かないはずの足が、動いた。
「動く……動くよ。ユウくん」
よほど見てもらいたいのか、こちらへ時折ちらちら視線を向けながら。
恐る恐る慎重に足を降ろしていって。
まず右足が地についた。左足も。
そしてバイクから、支えとなる手を離す。
二の足で、彼女はしゃんと地面に立っていた。
「立てた……」
よほど感慨深かったのか。彼女はまずぽつりと、噛み締めるように呟いて。
それから湯水が溢れるかのごとく喜びいっぱいの笑顔で、動き出した。
「うわあ! 立ったよ! ねえ、歩けるよ! やった! ユウくん!」
「よかったね!」
てってって、と危なっかしい足取りで歩み寄ってくるので、抱き留めて頭を撫でてあげた。
「やっぱり。思った通りだった。ここならボクも普通に動けるんじゃないかって」
「うんうん。嬉しいよな」
「うん。でもボク自身の力じゃないから……いつかは、本当の自分の力で歩けるようになりたいね」
「そうだね。ハルなら絶対できるよ。頑張って」
「うん!」
「ちょっと確かめてみるね」と言って。
ハルは少しずつ、感触を確かめるように動きを大きくしていった。
俺は黙って、温かい気持ちで彼女を見守っていた。
まずは小さく跳びはねてみて、それから軽く駆け、大きな跳躍をしてみる。
思い切り走り出したときは、勢い余ってこけそうになっていたので、危ないところで受け止めた。
「おっと。気を付けて」
「ごめんごめん。ありがとう」
普段ほとんど動けない彼女からすると、見違えるような動きだった。
ただ元の身体が病弱なせいで、レオンという超強力な補正がかかっていても、シズハ並みかその程度しか動けないようだ。
それでも、病弱な子がプロの暗殺者並みになるのだから、十分すごいんだけどね。
またどうやら精霊魔法の類は出せないらしい。
あくまで身体スペックがいくらか近くなるというだけで、元々できなかったことができるようになるわけではないようだ。
「《レイザーストール》! ……なんて、聖剣もないし、出るわけないんだけどね」
手の素振りで聖剣技の真似をしてみたハルは、照れ隠しで笑ってみせた。
「ああ、残念だなあ。もし魔法が使えたら、こっちでもユウくんと一緒に戦えるかなって思ったのに」
「はは。仕方ないさ。気持ちだけでもありがたく受け取っておくよ」
「ごめんね。でもこっちで身体を動かしたのは本当に久しぶりで、楽しかったよ」
この後も色々試してみたところ。
元が健康体で、ラナソールでも姿のまったく変わらない俺のケースでは。
ラナソールで発揮できるチートレベルの力をそのままダウングレードして、およそ数パーセントほどが発揮できることがわかった。
山を斬れるほどのパワーの数パーセントなので、許容性が非常に高い世界にも匹敵するほどの力を行使できることになる。
パワフルエリアという特定の場所でしか力を出せないので、使い勝手はあまり良くないけれど。
いつか何かの役には立つかもしれない。心には留めておくことにしよう。




