表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
二つの世界と二つの身体

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

304/711

107「家族に会いたくて 2」

〔ラナソール → トレヴァーク〕


 シルを通じて、『心の世界』によく似た薄暗いところを通ってくると、やがて視界が開けた。

 よし。着いたみたいだな――あれ?

 おかしい。地面の感覚がない。

 どういうことだ。

 周囲の光景は――何のことはない。ただの道路で。

 横に目をやれば、シズハがぎょっとした目でこちらを見ている。

 入浴中に出くわした際のような怒りなどは一切なく、本当にただ驚いているようだ。

 ほとんど同時に、目に映ったものがあった。

 彼女はバイクに乗っている。

 なるほど。つまり彼女の近くに出てきた俺は。

 走るバイクのすぐ隣、何もない宙に浮いていると……。

 え、マジで!?

 とんでもない事実を把握したとき。

 既に俺の身体は落下を始め、時速100kmの勢いで道路へ投げ出されようとしていた。


 やばい! 死ぬ! 防御しないと死ぬ!


 もはや一刻の猶予もなかった。

 無我夢中で《マインドバースト》までかけて、全力で受け身の姿勢に入る。

 直後、アスファルトにぶつかる。

 衝撃が走った。視界がぐるぐる回る。息が詰まる。

 何度も身体が打ち付けられ、跳ねる感覚があった。

 はたから見れば、「こいつ大丈夫か」ってくらい激しく転がり回っていることだろう。

 でもこれで受け身は上手くいっている。

 見た目派手に吹っ飛んでいるということは、上手くエネルギーを身体に引き受けずに、運動エネルギーとして受け流せている証拠だ。

 不意打ちの事態にびびったが、何とか身を守れそうだ。

 内心ほっとしたのもつかの間。一難去ってまた一難。

 どうやらいつの間にか、対向車線まで弾き出されていたらしい。

 うわ。ちょっと。待って!

 トラックだ! トラックが目の前に迫っている!


「うわああああっ!」


《ディートレス》!


 咄嗟に発動したリルナのバリアが、辛うじて俺を守ってくれた。

 正面衝突。

 バリアが衝突による肉体へのダメージを防いだ。

 和らいだ衝撃を受け、バリアごとピンボールのように弾かれて、俺は盛大に吹っ飛んでいった。

 また何度もバウンドし、それでやっと俺の身体は止まってくれたのだった。

 身体のあちこちが痛い。いきなりこんなのって馬鹿みたいだ。泣きそうだ。

 とても動く気になれないでいると。

 そのうちシズハが心配した顔で、そろりそろりと近寄ってきた。


「だいじょぶ……か……?」

「し、死ぬかと思った……」


 目の端に涙が浮かんでしまったのは、カッコ悪いけど仕方ないだろう。仕方ないよね?

 情けないながら、シズハに抱え起こされて、肩を支えてもらう。

 気力による治療を自身に施すと、やっと一息つけた。


 後始末だが……さすがに何もないというわけにはいかなかった。

 警察もやってきて、適当に事故処理を済ませた。バイクからの落下事故ということにした。

 おかげで早く行こうと思っていたのに、無駄にその日を潰してしまったよ。

 付き合わせてしまったシズハと、ニザリーには申し訳ない。



 ***



 夜はシズハの隠れ家にお世話になった。

 慰めか温かいトゥカーを振舞ってくれたシズハさんは、妙に同情的だった。


「お前。本当に、出る場所……選べないんだな」

「まさかね。走っているバイクの隣にも容赦なく出て来るとは思わなかったよ」


 今まで知らなかったけど、危険な事実だ。

 最悪誰かに攻撃されてる途中に出てきたら、いきなりそいつの攻撃くらうってことじゃないか。

 今度からこっち来るときは警戒しておかないといけないな。

 それにしても、よく咄嗟に身を守れたものだ。戦闘経験が生きたな。

 人の心を読める【神の器】は不意打ちには滅法強いけど、あくまで人の悪意による攻撃に対してであって。悪意のない不意打ちにはまったく万能じゃないんだよな。

 今回のことでまた思い知ったよ。

 やはりいかにチート能力と言っても、頼りきりでは足元を掬われる。

 ちゃんと自分の目で見て、感じたものも使って判断しなければ。



 ***



 翌日。シズハは別件の仕事があるため、一人で行動することになった。

 旧工業都市マハドラはトリグラーブから遥か遠く、ラナリア大陸の南方に位置する。海を渡る必要があった。

 普通に『世界の道』トレヴィス=ラグノーディスを辿って行けば、数日では済まない時間がかかってしまうだろう。

 というのも、トレヴァークにおいては実用的な空路が存在しない。基本的に自動車やバイク、そして船の類が最速の移動手段になるからだ。

 実はトレヴァークでは、航空技術があまり発展しなかったという歴史的経緯がある。

 トレヴィス大陸を取り囲むグレートバリアウォールが世界全体の気流を乱しており、上空の気流が非常に「暴力的」になっているためだ。

 ラナソールにはシュル―といった空に浮く「空想的な」乗り物は存在するけど、一方で飛行機といった「現実的な」乗り物はむしろ存在しない。

 考えてもみよう。金属の翼が空を飛ぶと、それを知らない世界に住む者が簡単に思い付くだろうか。

 想像の付かないものは、存在できないということだ。

 一応空を飛ぶ手段もあるにはあって、でも精々が「暴力的な」上空を避けてゆったりと飛ぶ気球船くらいだった。もちろんかなり遅い。

 なので、もっぱら交通は陸路か海路になるというわけだ。

 とまあここまでが一般的な世界事情だけど、俺には素晴らしいマシンがある。

『心の世界』より取り出したるは、最近殊勲賞のディース=クライツだ。今回はフライトモードの出番である。

 かなりエネルギーを食うけど、既にユイに頼んでフルチャージしてもらっていた。

 人目に付くとまずいので、十分高度をとって飛ぶことにする。

 ブロウシールドのおかげで飛行は快適だった。マッハを超えるスピードによって、本来は約一カ月もかかるはずの道程はわずか一日にまで短縮された。

 とは言っても、丸一日飛びっぱなしだったので、さすがに疲労は溜まる。

 マハドラに着いたら、その日は大人しく宿を取って寝るだけになった。

 これで二日。移動だけで使ってしまった。

 ベッドに横たわりながら、ユイとのんびり話す。

 事故の下りはめっちゃ笑われたけど。


『毎回移動に時間がかかるのは考えものだよね』

『そうだな……』


 ユイの転移魔法のようなものは、この世界にはないからな。どうしても移動は地道になってしまう。

 そもそも世界間の移動がリク-ランドやシズ-シル任せというのも不安定だ。

 二人とも、ラナソールでは居場所が不安定な冒険者だからね。

 何か上手い方法はないものか――そうだ。

 考えているうちに、良さそうなアイディアが浮かんだ。


『一つ考えたんだけど』

『うん』

『リク-ランドやシズ-シルみたいにさ。二つの世界の対応人物がわかっている人たちを増やして、地道に仲を深めていけば』

『あ、なるほどね。言い方悪いけど、ショートカットがたくさん作れるってわけ』

『そういうこと』


 例えばマハドラに行きたい場合は、リク-ランドやシズ-シルを経由してトリグラーブから直接向かうのは効率が悪いのでやめる。

 そうではなく、マハドラに住んでいるトレヴァークの人と仲を深めておいて、その人に対応するラナソールの人から直接向かうようにするのだ。

 ラナソールの中での移動なら、ユイの転移魔法を使えば一瞬で済んでしまう。こちらの世界で頑張って直接移動するよりも遥かに効率的だ。

 ただ問題は、そう都合よく対応人物を見つけて、しかも仲良くなれるかってことなんだけど。


『心の世界』の向こうで、ユイが苦笑いしていた。


『ありのまま団とエインアークスの……「アセッド」の連中がいるね』

『ああ……なんてことだ。思い付かなきゃよかった』


 さすがに冗談だけど。

 まあ確かにこっちの世界のお店のスタッフはよく俺のことを慕ってくれているし、あの筋肉どもとは馬鹿みたいな付き合いがある。

 最近は漢祭りで大暴れして、顔を売ったこともあるし。

 あの中からいくらかはパスが通じる人が出て来てもおかしくはないのか。

 しかも調査のために世界中にばらけているから、都合はいいな。都合だけは。


『あとはやっぱり地道に依頼で仲を深めていって、って感じだね』

『人を助けて道が繋がるって考えると、素敵なアイデアに思えてくるな』


 まさに情けは人のためならず。

 分断されていた世界が、人の絆によって網の目のように繋がっていく。

 そんな光景を想像して、ほんのりと嬉しい気持ちになった。

 そのためには、一つ一つ。

 まずはこの依頼からだ。頑張ろう。

 明日からマハドラの調査に入る。何となく今夜はちょっと良い夢が見られそうな気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ