104「ありのまま団漢祭! 4」
適当に草原を走り回って汗を流していると、漢のオリエンテーションはいつの間にか終わったことになっていた。
漢の昼食が始まる。
……これって何でも「漢の」を付けておけばいいやってパターンじゃないだろうな。
みんな各自のお弁当を持ち寄っての昼食となった。本当はみんなの分の昼をこちらで用意してあげたかったんだけど、事前に人数も何もかもわからなかったので仕方ない。
「はい。これユウの分」
「ありがとう」
俺のはユイお手製の弁当だった。例によって、いくらかミティやエーナさんの手が入っているらしい。
随分仲良くなったよね。この三人も。
ご飯というものは人それぞれの個性が出るもので、見ていて中々面白い。
例えばシルは面倒臭がりなのか、冒険者用の軽食セットをそのまま昼食にしてしまっている。
そういや、シズの方もよく即席麺で生活してるって言ってたかな。
身体に良くないから気を付けなよとは言っておいたけど、あまり聞く耳は持たないらしいな。
マークは凝り性なのか、カラフルで手のかかったお弁当をこしらえてきた。プロでない個人の作るものとしては目を見張るほど立派なものだ。
そして、カーニンはというと……。
漢の握り飯をとんでもないところから取り出したので、そっと目をそらした。
爽やかな草原の風と日差しを浴びながら、昼食を楽しむ。
このまま変な集まりのことは忘れて、のんびりできればいいのになと心から思う。
だがそんなささやかな願いは、やっぱり許されないのだった。
腹を満たし、テンションが高まってきたカーニンが、おもむろにグラサンに手を近づけた。
「外す、のか……?」
「あの班長が……」
「ついに……!」
マークを始め、一同が固唾を呑んで見守っている。そんなに一大事なのだろうか。
確かにグラサン外さないのがアイデンティティの人もいるけどさ。
額縁に指が近づく。あと少しでグラスに届く。持ち上がる。
そしてついに、はず……さない!
指をスカした。フェイントだった。
班員から落胆交じりの溜息が漏れる。
そんなこちらを見て、ふふんと得意げに笑っている。
だから何がしたいんだよ。
その代わりとばかり、やおらズボンに手をかけて――そっちはアウトの方だからな。
手遅れになる前に止めようとしたところ、追い打ちのような事態に遭遇する。
「あ! あれは!」
「バックステップ男!」
俺とユイがほとんど同時に気付いて、声を上げた。
忘れもしない。レジンバーク初日に見たあの変態男だ。
大草原の向こうから、全裸の野郎がものすごいスピードで後ずさっていく。
常にバックステップ。全力でバックステップだ。めちゃくちゃ速い。
漢カーニン、これには目の色を変えてすぐさま呼応した。
「バックステッポウゥウゥゥッ!」
彼はいきなり叫んだ。気合を入れると、全身を謎の黄金色のオーラが包む。
そして――弾けた。服が。
神々しいほどの光とともに、生まれたままの姿のカーニンが爆誕した。
彼もまた爆速で後ずさっていく。
もちろん揺れている。何がとは言わない。
とにかく言えることは。意味わからないし、最低だ!
Aランク相当という実力をいかんなく背走に発揮し――いや、テンションも相まってかもはやSランクすら超越した何かに見える。
そしてカーニンは、バックステップ男とついに邂逅を遂げ――。
「「フォオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーウ!」」
バックステップ男……いやバックステップ漢と、漢カーニンの雄たけびが共鳴した。
すると今度は、バックステップ漢の全身が銀色のオーラに包まれる!
二人のオーラが迸り、一つに混じり合った。
「「ババックステステステッポおおォォォォウゥウ!」」
もう止まらなかった。
なんか連呼しながら互いに高め合い、先を競い合うようにして後ずさっていく。
草なんかすべて吹き飛ばして、超音速で後ずさっていく。
あっという間に、光の筋が遠くへ伸びていった。
「班長……! あっしも付いていきやす!」
「私もッ!」
「負けるなあああ!」
「いくぞおおおおおおっ!」
遅れて、班の何人かがなぜかいたく感化された。慣れない足つきでバックステップを始めている。
あっけに取られていた俺とユイは、彼らの意味不明な行動を止めることができなかった。
中でも一人、シルヴィアは謎にノリノリだった。
実に手慣れた、軽やかな足取りで二人の漢へ追いすがっていく。
そして気付けばみんな、草原の彼方へ消えていった。
「「…………」」
ついていけなかった。
俺とユイと、あと三人がぽつんと取り残されていた。
「あの人……」
「職務放棄、したよね……」
ようやく出てきた言葉がそれだった。
いや今の場合、あれこそが職務なんだろうか。
誰か教えて下さい。助けて。
取り残された俺とユイは、何だか色々とあほらしくなってきたので。
「……帰ろうか」
「……うん」
カーニンのいない帰り道は、毒が抜けたように平和だった。
皮肉にもドロップアウトすることで、心の平穏は叶ったのだった。
あの受付のお姉さんでさえ匙を投げる理由がよくわかったよ。やってられないよこんなの。
軽く敗北感を覚えつつ、いざレジンバークへ戻ってみると。
「「あ……」」
翻弄されて、すっかり忘れていた。本来の参加目的を。
監視する者のいなかった街は、とんでもない地獄と化していた。
どこもかしこもマッパメンやマッパウィメンで溢れ返り、彼ら彼女らは自由を謳歌していたのだ!
あのよくわからない漢のオリエンテーションとやらをこなしているうちに、感極まっちゃった可能性が極めて大だ。
「やあ。ありのまましてるかい?」
道行く変態おじさんに、お決まりの挨拶を投げかけられたとき。
赤く顔を染めて、俯くユイを見たとき。
自分の中の、何かが切れた。
――ああ。もう限界だ。我慢の限界だ。
キレちまったよ。マジで。
「……お前らああああああああああーーーーーっ!」
自分でもよくわからないくらいの勢いで、叫んでいた。
隣のユイがびびった。俺がこんなに叫んでいるのを聞いたことがない街の住民も、やっぱりびびった。
みんなびびった。俺もびびった。
でももう止まらない。止まる気になれない。
街中に響きそうな声で言った。
「そんなに出したいなら! まず俺に見せてこい! 一人残らずかかってこいッ! 漢の殴り合いだーーーーッ!」
「「うおおおおおおおおおっ!」」
とりあえず適当に叫んでおけ! 後のことなんて知るか!
ノリの良いありのまま団の皆さんは、もちろん呼応した。
ハイテンションのマッパメンその1が襲い掛かる。
気を込めた握り拳でもって、一撃の下に叩きのめした。
次だ!
続いてマッパメン2が、立派な逸物をひけらかしながら迫り――
「アウトーーーーーっ!」
叩き潰した。
マッパメン3……笑顔でスキップしながらやってきた。
隠れていない!
「アウトだッ!」
破壊!
続く勢いでマッパメン4、5……と討ち果たしたが。
ここでなんと、マッパウィメン1が出現! 詳細は書けないッ!
「あ、あうと……」
さすがに怯み、つい手が止まってしまう俺。
漢(女)の魔の手が迫る!
来る! やばい! 絶体絶命のピンチ!
かと思いきや、横から風魔法が! 彼女を吹き飛ばした!
ユイだ!
「ユウ、なにやってんの!」
「あー……あのさ。正直、もうやってられないんだよ! 潰してしまおう!」
素直な気持ちを盛大に吐露すると。
そこは心から同意したのか、ユイは大きく溜息を吐いて。
「バカだね、って言いたいところだけど」
ユイは乾いた笑顔で、拳を鳴らした。
「乗った。私だってストレス溜まってきてたところだからね」
さすが姉ちゃん! やるぞ。こいつら。
ただしユイ参戦で、野郎どものボルテージは急上昇してしまった。
メインターゲットも、俺からユイへと明らかに切り替わる。
このままだと変態の餌食にされるかもしれない。守らないと!
真剣な気持ちで身構えていると。
ユイはちっちと小さく指を振って、心配ないよと言った。
「逆にやり返してあげる」
ユイは、左の掌を上にかざした。
その先におびただしい密度の魔素を収束させていく。濃緑色の光の線が幾重にも生じる。
それが束となり、絡み合うように一つの中心へとまとまっていく。
《ブラストゥールレイン》
そして高度に収束した光は、一度に解き放たれた。
上空へ放たれた光はやや立ち上ったところで、四方八方、三百六十度。凄まじい広範囲に向かって枝分かれする。
分かれた一つ一つが光の弾と化し、マッパメンたちに一斉に襲い掛かった。
数が多いだけではない。目に見える範囲ほぼすべてが正確にターゲットだった。
光弾の直撃を受けた変態たちは、なすすべもなくバタバタとくたばっていく。
たった一度の攻撃で、市民の敵が見るからに減っていた。
「すごい……」
「こっそり練習していたの。ラナソールならこのくらいできると思って」
《ブラストゥールレイン》か。光の雨を降らせる魔法。
実際チート魔力にかまけた恐ろしい力技だ。
全盛期の母さんをちらっと思い出した。虫の居所が悪いとここまでやるのか。
……怒らせないでおこう。うん。
そこから、圧倒的な鎮圧が始まった。
漢でもキメているのか、やたらヒロイックに襲い掛かってくるありのまま団。
俺とユイは的確に処理していき、辺りに討ち果てた気絶者を積み重ねていった。
それでも数は非常に多かった。色んな意味でめちゃくちゃ疲れた。
主に精神的に参りかけてきた頃。
やっと。やっとのことで、レジンバークは浄化されつつあった。
するといつの間にか、目の前には最後の一人――カーニン班長が立ち塞がっていた。
なんでいるんだ。バックステップの旅に行ってたんじゃないのか?
それを言う前に、不敵な面構えのグラサン漢は、あくまで決戦に挑むつもりのようだった。
「脱ぎな」
「……はい?」
「漢の勝負だ。全力でイクには――脱ぐしかねえよ」
相変わらずよくわからないことを言う人だ。もう絶対聞かないぞ。
「オレっちはもう――出したぜ」
わざわざ履き直していたズボンが、破れた。
黄金のオーラに、黄金に輝くアレがぶら下がっている。
とんでもない威光だ。団長にもひけを取らない。
でもさ。というかね。
「あのさ。ずっと言いたかったんだけど」
「なんだッ! 言ってみろッ!」
「君は」
ぐっと拳を握りしめて。
「アウトだああああーーーーーーーーーーーーっ!」
「ぐぼぉっ!」
怒りの腹パン炸裂。気持ち良くクリーンヒット!
「あんた……漢、だぜ……」
カーニンは倒れた。グラサンは死んでも外さない。
……勝った。終わった。
もう敵はどこにもいなかった。
そこかしこに情けなく積み重なった、ありのままの姿の人たちに目を向けて。
急に冷静になり、何だか色々と虚しくなってきて。
ぽつりと哀しい呟きが漏れた。
「……俺たち、何やってんだろうね」
「……さあ」
ユイと揃って、深く溜息を吐く。
これで依頼は達成……したのかな? むしろひどくしてしまったような。
ふと頬を、強烈な風が叩いた。
顔を上げると。入り組んだ街の通りを、傷一つないバックステップ漢が軽快に駆け抜けていくところだった。
あっと思ったときには、いずこかへ消え去っている。
やっぱりわからない。
俺とユイは、顔を見合わせて力なく笑うしかなかった。
レジンバークは、今日もいつも通り騒がしく。
いつも通り理不尽で、謎で。
そして、いつも通り平和だった。




