84「ユウ、エインアークスへ殴り込む 3」
環境適応効果のおかげで、息をしても全然平気になったものの。視界の悪さという問題まで解決したわけではない。
理想は『心の世界』を通じて、ユイに視覚強化光魔法の《アールカンバー》をかけてもらいたいところだけど……。
残念ながらそれを使えるほど、トレヴァークの魔力許容性は高くないようだ。
ただまあ、よく見えなくても集中すればおおよその位置関係や敵の気配はわかる。
例えば――階段の上と下から挟み撃ちにしようとしている二人とか。
ガスマスクと、暗視スコープでも付けているのかな。俺の位置を正確に捉えているようだ。
手には何か持っているらしいが、何かまではまだ判別できない。
そこそこ普通の人より気力が高いな。シズハや失禁男Aみたいな実力者だろう。
どうやら俺がガスで弱るのを待っているみたいなので、わざとふらつくような動作で誘ってみる。
簡単に乗ってくれた。まあ向こうはこちらに何も装備がないのは確認しているはずだから、演技が見抜けなくても仕方ないかな。
階段の上と下から音もなく忍び寄ってくる。シズハにも感心したものだけど、この二人も見事なものだ。
並みの人間では、殺される瞬間まで接近に気付くこともできないだろう。
近づいてくると、身体のラインがわかった。
胸の膨らみがある。どっちも小柄の女性か。
やはりガスマスクをしていた。なので顔はわからない。
ただ背丈も雰囲気も、気までそっくり似ているので、双子のペアだったりとかするのかもしれない。
そして手に持っているものは、ナイフだとわかった。
殺った。
そう二人が確信したであろうタイミングを見計らって、反撃を仕掛ける。
階段下の背後の女性には振り向かずに後ろ蹴りを、階段上の方には腹に掌底を見舞う。
どちらもスタン効果の気をたっぷり纏わせた状態で。
小さな呻き声を上げて、二人とも同時にぱたりと倒れた。
『ステージ7もクリアだね』
『いくつまであるんだっけ』
『さあ。敵の気分次第』
ここまで一人も殺すことなく来ている。いい感じだ。
生殺与奪を選べるのは、それができる余裕のある強者だけ。どうやらこの場においてはそのレベルに達しているようだった。
そのために何年もかけて力を付けてきたと言ってもいい。
殺したくない人を殺さず、守りたい人を守るための力を。
ただ今日は……。相手の態度次第では、やりたくないけど手を汚さないといけないかもしれないな。
そうならないといいと願いつつ。今のうちに覚悟だけはしておかないと。
相変わらず白煙は立ちこめたままだけど、構わず階段を駆け上がる。さすがに壁蹴り走法はやめておく。
このままいけるかと思いきや、50階までで階段は終わってしまった。
『先へ行くにはどうしたらいいかな』
『とりあえずそっちの通路行ってみようか』
『そうするか。おっと』
またわらわらと黒服、かどうかははっきり見えないけど。たくさんの連中が飛び出してきた。
早速足止めか。50階で階段が終わっているから、そのうち来ると待ち構えていたのだろう。
ざっと300人くらいはいるな。人海戦術で押し潰そうという腹か。
通路いっぱいに詰まっていて、いくらか倒して隙間を通るのも難しそうだ。
でも狭い範囲に密集しているなら、それはそれで手がある。
《マインドバースト》
300人一気に片付けるには、この世界じゃ素の状態だと出力が足りない。なので強化する。
《マインドバースト》は消耗が激しい。長く使うつもりはない。技を使うほんの少しの間だけだ。
普段より長く先端の細い気剣を作り出し、両手でしっかり持つ。
無駄に殺したくないので、スタンモードの気をまた纏わせておく。
白い刀身にバチバチとスパークがかかる。
基本は見敵必殺のイネア先生が見たら、なんて甘ったるい剣の使い方だと呆れられちゃうかもしれないな。
言うには、同じ敵に何度も同じ技を見せると対策されてしまう恐れがあるって。
そんなことはわかっているけど。俺には俺の信念があるから。
スパークのかかった気剣を敵には向けず、地面に対して垂直に突き立てた。
《スタンディード》
すると立ち塞がっていた数多くの敵は、揃って感電したかのように全身を強張らせた。
そして棒のようにぴんと固まったまま、バタバタと倒れていく。
――全員気絶している。
上手くいった。《マインドバースト》解除。
ふう。生身の人間相手だと、スタンがばっちり決まって気持ちいいな。
何をやったかというと。
気というのは体内から離れると、霧散してしまいやすい性質を持つ。
けれど何度もやったように、物に纏わせることはできる。
そしてある程度なら拡散の方向性を決めることも可能だ。それにはもちろん熟練した気の扱いが必要だけど。
そこで地面を利用した。地面もまた、とてつもなく大きな物質とみなすことはできる。
気剣を地に突き刺して気を流す。何もしないとばらばらに散っていこうとするので、その流れを上手くコントロールしてやる。
密集した敵にまとめて向かわせれば、このように一斉にショックを与えることができる。とまあこんな技だ。
地面を仲介する分、直接攻撃と比べると伝導率はかなり下がってしまう。なので《マインドバースト》を併用する必要があるのは難点であるものの。
《気断掌》や《気断衝波》が飛ばせないほど許容性の低い世界でも有効な対集団戦法だ。
許容性に応じて有効な戦術は変わる。そこを見極めて適応するのが、異世界における戦闘のコツだ。
まあほとんどのフェバルは許容性の違いなんて気にしなくていいほどぶっちぎりに強いし、そもそも異世界へ渡る人なんてごくごく限られている。
だからもしかすると、俺くらいしかお世話にならない見識かもしれないけどね……。
相変わらず煙だらけではあるものの。
人がみんな倒れてくれたおかげで、向こうの様子が見えるようになった。
踏みつけないように注意しながら進むと、エレベーターが見つかる。
ところが、ボタンを押しても反応しない。
『あれじゃない? 今は止められてるとか、セキュリティ付きのやつだったりとか』
『あー。めんどくさいやつだ』
どうしようか。何となしに天井を見つめてみる。
地球とほぼ同じ普通のコンクリート素材でできているみたいだし。どんどん天井をぶち抜いてしまってもいいけど。
毎階ぶち抜くとなるとさすがにかなり体力も使うし、少し行儀が悪過ぎるかな。
かと言って、エレベーター認証の方法を探るには時間がない。もたもたしているとボスが逃げてしまうかもしれない。
上手い手はないかと考えていると、先にユイが名案を思い付いた。
『そうだ。とりあえずエレベーターをこじ開けて』
『それで?』
『こうするの』
ユイの考えていることがイメージとして、鮮明に伝わってくる。
なるほど。これなら手っ取り早いし、体力の消費も少ないな。
『それでいこう』
『うん』
気力強化を施して、腕力でもって強引にエレベーターの扉をこじ開ける。
ボタンを押して開いたわけではないので、かごはなかった。上下に何もない空間が伸びている。
煙はまったく入ってきていないようで、見通しは良い。今開けたせいで、むしろ俺の側から流れ込もうとしている。
よく見ると、ずっと下の方でかごが静止している。上は塞がっていないようだ。
――これなら邪魔もなくいけそうだな。
ユイの提案通り、勢いを付けて宙へジャンプした。
目指すのは、強者の気配がする70階。最上階だ。
許容性が低いので、一発跳びで20階層分上がるというわけにはいかない。
そこで重力に従って落ち始める前に、奥の壁まで身を運ぶ。
壁に着いたら、再び蹴り上がる。その勢いでまた上昇しつつ、反対側の壁に達する。
そうしたらまた蹴り上がって反対の壁へ。これをひたすら繰り返す。いわゆる壁キックというやつだ。
これでどんどん上がっていった。まさかこんなゲームみたいな動きを自分がすることになるとは思わなかった。
遊んでいるように見えるけど、《パストライヴ》を連発するよりはよほど体力を使わない。
元々ラナソールにいるときのように湯水のごとく連発して問題ない技ではないのだ。
機械人間が本来持っている機能を使って実行するのと、生身の人間が能力でコピーして無理やり真似するのとではわけが違う。
そう考えると、リルナってすごいんだよな。
平和になってから散々組み手したけど、トータルの勝率二割がやっとだったし。
彼女に手伝ってもらって【神の器】の能力開発を始めてからは、どうにか四分五分までもっていけたけど。
ラナソールのぶっ飛んだ環境は比較にならないからなしとして。今エルンティアと同じ環境条件でやったら、どれだけ勝てるかな。
もう会えないけれど、やっぱり彼女を守れるくらいには強くなりたいよなあ、なんて。
考えながら適当に蹴っているうちに、最上階に着いた。
《気断掌》で鉄の扉をこじ開ける。
『ステージ……そろそろ飽きてきたね』
『同感だよ』
とにかく。そろそろ最終ステージが近付いてきた。
さすがに最上階まで煙びたしなんてことはなかった。余計な黒服もいない。
こんなショートカットを想定して先回り配置していたら、よほどの妄想家か大したものだと思う。
後の障害は……ボスの護衛と思われる人たちだけか。
動き回っている方と部屋に留まってどんと構えている方――部屋の方がやや近いけど。
始めから考えていた通り、まずは動き回っている方から行ってみよう。
……まあ結論から言うと、はずれだった。
ボスらしき人物はおらず、代わりにいたのは屈強そうな男とひ弱そうな男が一人。
ひ弱そうな男は屈強そうな男の部下か何かのようだ。
「No.3。我こそはカーネイター一の力自慢……」
「御託はいいからかかってこい」
話に付き合うのが面倒だと思った俺は、左腕をめくって差し出した。
ナンバー付きで名乗ろうとしたということは、この男もそれなりの奴なんだろう。
力自慢とか言ったから、こうしたら乗ってくれるかもと思って。
まあいきなり倒してしまってもいいのだけど。
見るからに喋りたがりな奴なので、こいつを力で負かせば俺の強さが広まり、抑止に繋がるかもという打算があった。
「アニキ、こんなひょろい奴ひねり潰しちまいましょう!」
人のこと言えないくらいにはひ弱そうな男が何か言っているけど、気にしない。
「小僧。死んで後悔するなよ?」
よほど自信があるのか。簡単に乗ってくれた。
見た目は俺の倍以上もありそうな右腕を突き出して、俺の腕と正面からがっちり組む。
純粋な力比べだ。
「ぬぬぬぬ……! ぬう……!」
腕に血管が浮くほど力を込めてくるが、こちらはぴくりともしない。
最初は余裕たっぷりだった表情が、みるみるうちに曇っていく。
「こいつ……!? この細腕にどれほどの力を!?」
筋力というのは、体格や筋の太さに大きく依存する。
俺は男としては体格に恵まれている方ではないし、これ以上成長もしない。
一方でこいつはかなりでかい。
素の筋力では向こうの方が上なんだろうけど。こっちには気力強化がある。
今もそうだが、この男は気がほとんど垂れ流しだ。
さすがに気の扱いもろくに知らない奴じゃ勝てないよ。
そろそろ反撃だ。俺も少しずつ力を込めていく。
上から押し潰そうとしていた男は、逆に今にも下へ引きずり倒されようになっていく。
額に油汗を滲ませて苦しげに呻く大男は、とうとう焦りから力勝負を放棄した。
余っている方の手で、腰の銃を抜こうとして――。
その前に、俺のパンチが思い切りめり込んでいた。
腹を抱える暇も与えない。同じ個所に続けて、腰のひねりを付けた蹴りを見舞う。
相手の腕から力が抜けた。
さらにその隙を逃さず、腕に力を込めて一気に勝負を決める。
片腕だけで、彼の身体は簡単に持ち上がった。
見るからにやばいと悟った顔でもがくが、もう遅い。持ち上げられてしまっては、殴ろうにも力が入らない。
そのまま投げに移行する。
「うおおおおおおおっ!?」
ハンマー投げの要領で、敵の巨体を何回転も振り回す。
十分に速度が溜まったところで、ぶん投げた。
激突。
鉄筋コンクリートにひびが入るほどの勢いで後方の壁にめり込んだ彼は、息こそあるものの完全にくたばっていた。
「アニキいいいいいいっ!」
血相を変えて駆け寄る部下の悲鳴を聞きながら、さっさともう一つの候補へ向かうことにした。
『いよいよだね』
『さあどうなるかな』
いかにもボスの部屋ですって感じの豪華扉の前で、俺は深呼吸して息を整えた。
扉の奥から感じる気は4つ。
位置的に二人は護衛かお付きだろうか。一人は強さからして間違いなく側近だ。
そして、もう一人がボスだろうか。
――よし。行くか。
どうせなら最後までインパクトだ。派手に扉を蹴り破る。
正面に大きな椅子がどんと構えてある。
黒髪中肉中背の男が一人、座ったままこちらを苦々しい表情で見据えていた。
歳は3、40代かそこらだろうか。裏組織のボスという割には……若いな。
気にはなったものの、とりあえず今は置いておく。
側に控えているのは、右側にお付きの女性が二人。左側には細身で目付きの悪い男が一人。
思っていた通りのメンバーだった。
正面のボスが、おもむろに口を開く。
さすがに動揺を隠し切れていない感じがする。
「よもやここまで来るとは思わなかったぞ」
「手厚い歓迎どうも。おかげで楽しめたよ」
「うちのカーネイターを5人も倒してくれるとはな。用件は何だ」
「とりあえずは、話をしに」
「……ふむ。わざわざご足労頂いたことだ。君の――」
言葉を聞き終える前に、瞬間移動で護衛の懐へ入り込む。
完全に虚を突かれた細身の男は、動きが遅れている。なすすべもない。
奇襲上等。
――お前たちはそう思っていたんだろう?
こいつが銃を抜こうとする動きが見えていたぞ。
目には目を。奇襲には奇襲を。
瞬間移動したとき、気剣はもう抜いている。
《スタンレイズ》
スパークさせた気剣でもって、敵の肩をぶっ叩く。
声もなく男は痺れて、一切その実力を発揮する前に倒れた。
「もう歓迎はいらないよ。十分楽しんだからね」
「バカな……。No.1だぞ……」
へえ。今のがNo.1だったのか。
確かに他の奴よりは強かったのかもしれないけど、誤差の範囲内だ。
エインアークス。思ったよりも層が薄かったみたいだな。
それとも俺が強くなったのかな。あれだけ規格外の奴らを相手にしてきたからなあ。
再度、気を引き締める。
「せっかく苦労して来たんだ。面倒なのはやめにしよう。邪魔もね」
こっそり誰かに連絡を取ろうとしていたお付きの女性を、ひと睨みする。
まったく。油断も隙もない連中だ。
それくらいじゃないと裏のトップなんて走れないんだろうけど。
「ボス。お前の名前を聞いてもいいか?」
「……シルバリオ・アークスペイン」
「シルバリオ。少し取引の話をしよう」
ここからが正念場だ。
あえて気剣は見せつけたまま、話を切り出した。




