10「ユウを尾行しよう」
ユウのことが、ずっとどこかで気になってる。
そもそも初めて出会ったときから、あなたは謎だらけ。
あのとき何があったのかしら。どうしてあんなところで、あんな恰好で倒れていたのかしら。
あなたは無知を誤魔化そうとしていたけど、あたしにはすぐわかった。あなたは魔法どころか、この世界のことを何も知らないって感じだったし。
そのくせに、それ以外のこと、例えば算術とかは普通に詳しいんだから、なんだかちぐはぐって感じよね。
まるであなたがこれまでの生活の記憶だけを失くしたか――忽然と現れた異邦人であるかのようにさえ思えてしまうほどに。
いつまで経ってもあたしたちには、何一つ大事なことを話そうともしないでさ。
それでも、性格だけは見ていてわかるんだけどね。所々抜けてて、可愛いところもあるし。
あなたはあたしの大切な友達だと思ってるし、あなたもきっとそう思ってる。その心に嘘偽りはないと思うの。
きっと話せない事情があるだけなのはわかってる。だけど、そろそろ少しは話してくれてもいいんじゃないのって思うわ。正直、あんまり待つのは好きじゃないのよね。
ていうか、ユウったら、いつもどこかへ行っちゃうのよね。
『ごめん。今日も用事があるから』
そうよ。あなたはいつも用事があるからと言って、夕食を早めに食べたらすぐにどこかへ行ってしまう。
『あ、おかえり。今日も遅かったね』
『ただいま。閉まる前にお風呂行ってくるね』
そして、いつも疲れ果てた様子で帰ってきたと思ったら、お風呂入った後すぐ死んだように寝ちゃうんだから。
授業だっていつも呆れるくらい真面目で。気がついたら、あたしが教えることが段々と少なくなっていって。ユウには負けられないなって思ってる。
でも。どうしてそんなに必死そうなの。いつも辛そうなの。何があなたにそこまでさせるのよ。
きっとあなた自身も気が付いていないと思う。思考を反らして前を見て、なるべく考えないようにしているんだと思う。
確かにあなたは言ってたわ。あのとき死にかけたから、強く生きる力を付けるために魔法を学ぶんだって。
でもそれなら、攻撃魔法までやたら身に付けたって意味がないよね? だって、その目的にはあまり役に立たないじゃない。
もちろんユウが言ってたことも本当だと思う。
でも、それだけじゃない。
あたしにはまるで、あなたが何か怖いものから身を守るために、必死に力を付けようとしているように見えるの。
そして、一人でも何でもできるようにって、貪欲に何にでも取り組んでいるようにもね。
でも、忘れないで欲しい。
あなたは一人じゃないわ。
あたしが持ち前の明るさで、あなたの居場所を作ってあげるから。あなたが親しみやすいように、たくさん構って、からかったりもしてあげるから。
だからもっと。あたしのことを頼って欲しいし、もっと笑ってほしいなって、そう思うの。
***
今は女子寮のあたしの部屋にいる。
ユウが例によって出かけてから、ミリアと一緒にあの子のことを話していた。
「なんかユウって、いつもこそこそしてると思わない?」
「確かに、気がつくとすぐ、どこか行っちゃいますよね」
ほんとーに、怪しさの塊だわ。あいつ。
「前なんて、アレのせいであんなに辛そうだったのに行ったのよ! そこまでして頑張るなんて、いったいどんな用事なのかしらね」
「まったくですよ。人の心配を、何だと思ってるんでしょうね」
するとミリアが、何か思いついたみたいな顔をして笑った。
「一度、後、つけてみませんか」
「うーん……」
いいのかな。ユウには、一応事情は深く詮索しないって言ってあるのだけど。
「だって、心配、ですよね?」
「そうね……」
そうなのよね。これだけ謎の行動が毎日続くと、さすがに心配にもなるわ。
これでもしユウが変なことに関わっていたり、巻き込まれたりしていたらって思うとね。
うん。やっぱり友達として、あいつを放っとけないわよね!
そろそろ秘密も知りたかったし、何より本当に心配だもの。
「よーし! やりましょう! ミリア」
「ふふ。結構ノリノリ、ですね」
「こういうのはノリと勢いが大事よ! 明日決行ってことでいい?」
「いいですよ。ちょっと、準備しておきますね」
「準備って?」
「明日の、お楽しみです」
***
翌日。予定通り、ユウ尾行作戦は決行の運びとなった。
ユウはいつものように校舎の裏門から出て行った。
「行くわよ」
「はい」
あたしたちは、裏門から慎重に顔を出して覗いてみた。
ユウはしきりに周りを気にしながら歩いている。
「並々ならぬ警戒をしているようね。このまま普通について行っては、途中で気付かれてしまうかも」
「どう、します?」
「ここは、魔法を使いましょう」
ミリアにもわかるように、ここは宣言方式で。
「風よ、我らの身を覆い隠……」
いこうとしていたのだけど、途中でミリアに制止されてしまった。
「待って、下さい。ユウは風魔法が、得意です。それでは、ちょっと不安ですね」
「ならどうするの?」
「そのために、準備してきました。任せて下さい」
ここはミリアに任せてみましょう。期待。
「我らの姿を隠せ。《アールメリン》」
すると、あたしたちを包むようにふわりと光のベールがかかった。
見たこともない魔法よ。不思議に思って、ミリアに尋ねる。
「なに、これ?」
「ちょっとした光魔法を、かけました。光の反射を弄って、姿を非常に、見えにくくします。これで、ユウにはわからない、はずです」
「ええ!? 光って、ロスト・マジックじゃない! こんな魔法、いったいどうしたのよ!?」
「しーっ。大きな声、出さないで下さい。周りが、変に思いますから」
「あ、ごめんごめん」
「ちなみに、この魔法については、企業秘密、です」
「へえ。ミリアまで秘密持ちってわけ?」
「すみません。うちの家の、問題なので」
「一族秘伝ってわけね。納得」
そう言えば、ミリアは下級貴族の子だったっけ。だったら、いくつかのロスト・マジックが代々伝わっていても不思議ではないわね。
ともかく、ミリアの魔法のおかげで、尾行はユウに見つかることなくスムーズに進行していった。
そして尾行を続けるうちに、あたしたちはついに、ユウがある建物へ入って行くのを目撃した。
慎重に近づいて行くと、そこはあたしたちにとっては本当に意外な場所だった。
「なんですか、ここは……?」
「サークリス剣術学校、気剣術科……」
そう書かれた看板が、古びた建物には掲げられていた。
気剣術なんて、そんなもの聞いたことがないわ。それに知らなかった。学校にこんな科と建物があったなんて。
でも。おかしいわ。絶対におかしいわよ!
だって、ユウは魔法使いよ? こんな剣を扱うところでいったい何をしているというのよ!?
「行こう。ユウに色々と聞かなくちゃ」
「ですね。私も、気になってきました」
あたしたちは、意を決して目の前の道場のような建物に飛び込んでいった。
「たーのもー! あれ、ユウは?」
「いない……みたい、ですね」
中は大きな畳敷きの広間がいきなり広がっているばかりで、視界を遮るものは何もない。奥に一つだけドアが見えた。
ユウはいなかったけど、代わりにそこにいたのは、あたしたちと同じくらいの歳に見える男だった。男というよりは男の子というのが相応しい感じの、中性的で可愛らしい顔をしている。
その横には、金髪を後ろに束ねた、ちょっと目つきがきつい印象の綺麗なお姉さんがいた。
男と目が合った。
そのとき、不思議な気持ちを覚えたの。
どうしてかしら。初対面のはずなのに、彼とは初めて会ったような気がしなかった。
少しだけ考えたら、なぜそう思ったのか。その理由はすぐにわかったわ。
男の子に対して言うのも変なんだけどさ。なんか凛々しい目元とか、優しげで頼りなさそうな顔つきとか、全身から滲み出る雰囲気とかが、ユウによく似てるのよね。それに、黒髪であるところも一緒だし。
そんな、ユウに感じが似た不思議な男の子は、なぜか異常に目が泳いでいた。全身から動揺の色が伺える。
どうしたのだろうと思ったけど、あたしにはわからなかった。
すると彼は、金髪の女性と小声でひそひそ話を始めた。内容が気になるけれども、何を言っているのかまでは聞こえない。
たぶん話がまとまったところで、彼はすごすごと奥の方へ下がっていき、代わりに金髪の女性が歩み出てきた。
「お前たちの探している子なら、ここにはいないぞ。彼女が魔法の訓練をしたいと言うから、良い修行場に連れて行ってやっているのだ」
私は転移魔法が使えるからな、と彼女は付け加えた。
なんだ。そういうことだったのね。
それならユウがここに来る理由もわかるわ。剣術の訓練じゃおかしいもんね。
一方、ミリアは違う言葉に反応した。
「転移魔法。もしかして、ネスラ、ですか」
「ネスラって、あの長命種の?」
決して森からは出てこないって聞いていたけど。
「ああ。そうだ。私はイネアという。お前たちの名はユウから聞いている。アリスとミリアだな?」
あたしたちは頷いた。ここへ来た目的を伝える。
「ユウに会いたくて来ました。あたしたちをそこへ連れて行ってくれませんか」
しかし、イネアさんは認めてくれなかった。
「彼女は特別に許可した者でな。残念ながら、それ以外の者を連れて行くわけにはいかんな」
そうですか……。せっかくここまで来たのに。
でも、それならあたしにも考えがあるわ!
「だったら、ユウが帰って来る時間まであたしたち、ここで待ってますから! いいよね、ミリア」
「仕方ない、ですね」
そうは言っても、ミリアだって十分やる気じゃない。
するとあたしたちの頑なな決意が通じたのか、イネアさんはあっさり折れてくれた。
「そうか。ふむ……。友人をあまり待たせるわけにはいくまい。一度奥の弟子を送ったら、彼女をすぐに迎えに行くとしよう。少しだけ待っているがいい」
言われた通り待っていると、やがてちゃんとイネアさんがユウを連れて戻ってきてくれた。
そして「私は奥へ行っていよう。好きなだけ三人で話すといい」とだけ言い残して、彼女はドアの奥へ入っていった。
帰ってきたユウは、どういうわけかやたらきょどっていた。
「び、びっくりしたよ。こ、ここ、こんなところまで会いに来るなんて」
「なによ、ユウ。水臭いじゃない。一人で魔法の訓練なんてさ」
でも安心した。変なことはしてなかったのね。よかった。
「というか、なぜ、そんなに動揺してるんですか」
ミリアから冷ややかな目で突っ込みが入る。
確かに。その見事な目の泳ぎっぷりなんて、まるでさっきの男の子みたいじゃないの。
「まさか来てくれるなんてね。本当に驚いたんだ。ただそれだけ」
ほんとにそれだけだよ? と、ユウは慌てふためきながら念を押した。
うわー、死ぬほど怪しい。
あたしたちの怪訝な視線を一身に受けて、彼女は得意の苦笑いをするしかないようだった。
「でも、どうやって私に付いてきたの?」
「それはねー、ミリアの光魔法よ。二人とも、身を隠していたの」
目をやれば、ミリアがちょっと得意な顔をしている。
「そ、そっか。そんな魔法が……」
ユウはがっくりと力が抜けたみたいだった。大きく溜め息を吐いている。
「でさあ。あの男の人、誰なのよ?」
あたしは妙に彼のことが気になっていた。
今ユウを見て改めて思ったけど、姿形は違うのに、彼は本当にユウに雰囲気がそっくりなものだから。
あの人、結局一言も喋らなかったし。でも何となく、ユウと同じ国の人かなと思って聞いたの。
ユウは、言葉を迷いがちながら答えてくれた。
「あー、あの人は、イネア先生のね、気剣術の弟子なんだ。実は私も、そんなに話したことないんだけどさ」
「名前。なんて、言うんですか?」
ミリアの問いかけに、ユウは明らかにぎくりとした。
私何か隠してますって顔に書いてあるくらいに、わかりやすく動揺が現れている。
「え、いや……それが、知らないんだ。全然名乗ってくれなくて」
あーあ。これはユウが嘘を吐くときの反応ね。絶対名前知ってるわ。こいつ。
ユウが嘘を吐くのが下手なのは、あたしとミリアの間ではすっかり常識だった。
「ほんとかしらねー」
「本当に本当だって!」
「ふーん」
怪しい。超怪しいわ。
もしかすると、ユウのルーツに通じる何かがあって話したくないんじゃないのかしら。
どっちも、黒なんて凄く珍しい髪の色してるし。
と思案を重ねていると、ミリアは埒が明かないと判断したのでしょう。話題を移した。
「ところで、気剣術って、何ですか?」
「ああ。それは――」
こちらの方は隠すことでもなかったみたい。ユウから一通りの説明を受けて、あたしたちもようやくここがどういう場所かわかった。
魔法と気は対を成す存在。元々サークリス剣術学校は気剣術学校で、魔法学校と対を成していた。
だけど魔法に比べると修めるのが難し過ぎたこともあって、平和な時代が続く間に生徒は年々減っていった。ついにはただの剣術学校にしなければ、立ちゆかなくなってしまった。
それでもどうにか、気剣術学校は気剣術科として形だけは残すことになった。
かつてサークリス魔法学校および剣術学校の原型となる学び屋の設立に多大な貢献をしたという気剣術の創始者、ジルフ・アーライズさんに敬意を払う格好で。
イネアさんは、そのジルフさんの直弟子らしい。
現在は彼女が特別講師をしているものの、滅多に生徒は来ない。
けれどそこへ、実に数十年ぶりの生徒が現れた。それが名も知らぬ彼というわけだったのね。
それからユウに、彼女がやっていたという魔法の訓練について詳しく聞いた。
それにしても驚いたわ。
ユウ、こんな夜遅くまで、こんなところで頑張ってたなんて。道理で部屋に帰ってきたら死んだように寝ちゃうわけよね。
深い事情がありそうだし、きっとやめなよって言ってもやめないんだろうね。
ならせめてあたしにできることは、その時間を少しでも楽しくしてあげることくらいかな。そう思った。
それにね。あたしも魔法が好きなのよ。ユウなんかには負けてられないんだから!
だから、こうすることに決めた!
「ユウ。あたしも魔法の特訓するよ! 一緒にした方が楽しいでしょ?」
するとユウは、心の底から嬉しそうな笑顔を見せた。
ユウの笑顔ってとても可愛らしくて、素直な性格が出ていて、本当に素敵な笑顔なのよね。見てるこっちまで嬉しくなっちゃうくらい。
「それは嬉しいな。勝手にやってることだから、中々誘いにくかったんだけど」
「もちろんミリアも付き合うよね?」
「私は特訓とか、そういうの、好きじゃないのですが……」
「付き合うよね?」
念押しすると、彼女は観念したように溜め息を吐いた。
「はあ……。結局、私は、そういう運命、ですか……」
そう言いつつも、すぐ後にはミリアはちょっぴり楽しそうに口元を緩めていた。
あなたはあたしたちといるのが楽しくて、魔法の訓練だってまんざらでもないことは知っているのよ。
ちょっと押してやれば、ほらこの通りね。
「じゃあ、いつにしよっか?」
「夜はちょっと。あと、時々アーガスと一緒に訓練してるから。でもそれ以外の時間ならいつでも……」
このユウの何気ない言葉が、本日最大の衝撃だったわ。
あたしは彼女の言葉を遮って、大声を上げてしまった。
「はああああああーーーーー!? なによ、それーーーー!? しかも、呼び捨て!?」
「信じられません。いつの間に、そんな関係を……!」
ユウはあたしたちの反応に驚いて、目を丸くしていた。
でも驚くのはあたしたちの方よ! なにさらっととんでもないこと言ってるのよ!
「ちょっと。偶然縁があって」
「それ! 詳しく聞かせなさいーーー!」
ほんと。ユウからは目が離せないわね。掘ればまだまだ出てきそう。いつかは全部事情を教えてね。
ユウとイネアがしたひそひそ話は、次の通りです。
「先生! どうして教えてくれなかったんですか! 先生なら、気を読んで二人の接近を感知できたじゃないですか! 今から変身はできないし……」
「ふっ。お前が尾行など許すから悪いのだ。罰としてしばらくその格好で肝を冷やしていろ。それに今まで、ずっとここのことは口を濁してきたんだろう? 怪しむに決まっている。どうせ早かれ遅かれこういう事態にはなり得たんじゃないのか」
「そうかもしれませんが! とにかく、かなりまずいです。どうしましょう?」
「はあ……。勝手にしろと言いたいところだが……仕方ない。面倒だが、私が上手く話してやろう。お前は少し下がってろ」




