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フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』

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43「調査出発前夜」

 別荘を管理するテオの使用人に掛け合って、レンクスが泊まる許可をもらった。さすがに泊まれる場所があるのに、彼をずっと野宿にしておくのは可哀想かと思って。

 俺とリルナが泊まっている部屋からは二つ離れた部屋にしてもらった。隣は何となく嫌だったので。


「レンクスも泊まれることになったよ」

「おお。助かったぜ。久々のベッドか」

「どのくらい野宿してたんだ」

「ここ半年くらいは草が枕だったな」


 毎度のことながら、本当にろくな暮らししてないんだな。


 もう夜が更けようとしていた。

 あと少し剣の訓練をするつもりだったけど、切り上げてレンクスを案内してやった方がいいだろう。

 彼を連れて屋敷の中へ入ると、使用人が出迎えて代わりに案内をやってくれた。

 俺とリルナの寝室の前に着き、使用人が一礼して去って行く。

 それを横目に、ドアへノックをかけようとしたところで、ふと思った。

 さっさと割り当てられた寝室に入ろうとしていた、レンクスを呼び止める。


「そうだ。せっかくだし、寝る前にリルナに挨拶しておこう」

「お前の片腕飛ばした奴にか」


 彼の表情が露骨に曇る。どうもまだ根に持っているらしい。


「それはもう済んだことだから、いいんだって」


 そこで俺は、隣の変態に用心しつつ、女に変身することにした。

 夜に異性同士で一緒の部屋にいるのも気まずいので、寝るときは女になるようにしていた。


「うおおー! きたああああああーー!」


 そら来た。

 案の定、目の前にバナナを置いた猿のような勢いで抱き付こうとしてくる変態野郎。

 キモさ全開の顔面に、ぱしんと手を押し当てて押さえつけた。


「へへ。なんでまた、急に女の子に」


 顔面をがっしり押さえつけられたまま、そんなことなど気にも留めていない。

 むしろご褒美ですとばかり大喜びでにやける彼に、私は冷ややかな視線を向けながら言った。


「一応夜だからね。リルナは女性だし」

「なんだ。騒がしいぞ」


 向こうからドアがゆっくりと開いて、水色の長髪を湛えた美しい女性が現れた。

 就寝前だと言うのに、常に戦闘用の装甲を身に纏っているのは相変わらずだ。


 うるさいよね。うちのバカがすみません。


 私の隣でへらへら抱き付こうともがく男を見るなり、リルナは怪訝な表情を浮かべた。


「そこのヒュミテは?」

「お前か! うちの可愛いユウにもがっ!」

「まあまあ」


 両の頬をふにゅっと潰すほど、もっと強く押さえつけた。

 変顔のままで手足をばたばたさせるこいつにはほとんど目もくれず、彼女の方を見て答える。


「ただの変態だよ」

「どうも。変態でぶ」

「そ、そうか……」


 リルナはかなり反応に困っているようだった。

 いきなりこんな奴を見てしまったら、無理もないか。

 やっとレンクスがもがくのを止めたので、手を離してあげた。


「口まで押さえたら、喋りにくいじゃないか」


 などと、不平を述べるこいつは軽くスルーして。

 今度はちゃんと紹介することにした。


「レンクスっていうの。私の昔からの知り合いでね。とても頼れる助っ人だよ」

「本当に頼れる奴なのか?」


 リルナはますます怪訝な視線を深めていた。

 うんそうだね。ちゃんと実力を見るまでは、心配になってしまう気持ちはわからないでもないよ。

 

「大丈夫。こんなのだけど。この人、ここにいる誰よりも圧倒的に強いから」

「わたしやお前よりもか?」

「うん。全然比較にならないよ」

「ほう。そこまで言われると、少し試してみたくなってくるな」


 双眸に興味の光を宿した彼女を見て。

 レンクスがうげ、という感じで呻いた。

 私にそっと耳打ちしてくる。


「なあ。この女、なんかやたら血の気走ってないか。怖いんだが」

「やっぱりそう思うよね」

「聞こえてるのだが」


 彼女が怖い笑顔を浮かべてじろりと睨んできたので、私とレンクスは互いに見合わせて苦笑いするしかなかった。

 するとレンクスが、突然口を尖らせて言い出した。やっぱり言わずにはいられなかったみたい。


「そうだ。お前、うちのユウに随分とひどい真似をしてくれたそうじゃないか」

「それについては、本当に申し訳ないと思っている」


 しおらしい顔で素直に謝られたのが意外だったのか、彼はちょっと困ったように私に目を向けた。

 だから言ったでしょ、と目配せしてやる。

 彼女に視線を戻したときには、彼の表情は含むところがあるものの、幾分穏やかになっていた。


「ユウに感謝しろよ。俺はこいつと違って、あんまり優しくないからな」


 それから、三人で少しばかり話をした。

 と言っても、レンクスは彼女にとっては完全に初対面だから、そんなに踏み込んで話すこともなかったけど。

 そのうち、話題がリルナの修理の件に及んだ。


「そう言えばさ。リルナ、修理の進み具合はどうなの?」

「さっぱりだ。技師には手を尽くしてもらっているが……。わたしの機能は、現代の技術では完全には直せないのかもしれないな」


 何でもリルナは、本当は中央工場製ではなく、ずっと昔に造られたナトゥラなのだそうだ。

 しかも、どうやら旧時代の遺産らしい。

 彼女はナトゥラを守り導くことを使命としてプログラムされ、長い間眠りについていた。

 それを今から二十年ほど前に発見して起こしたのが、プラトーだったみたい。

 彼は何も知らぬ彼女に現在の世界を教え、さらには居場所と仲間をも与えた。

 彼女にとって、プラトーは恩人であるとともに、誰よりも信頼の置ける仲間だった。

 なのにこんなことになってしまって。どれほど気を落としていることだろうか。


 そんなことを思っていると、頼れるレンクスが気合を入れて腕まくりした。


「よっしゃ。リルナ。もし嫌じゃなかったら、ちょっとだけ診させてくれないか」

「構わないが……お前に何かできると言うのか?」

「まあ任せなって」


 半身半疑の彼女は私にちらりと目を向けたが、レンクスの規格外っぷりをよく知っている私は、大丈夫だよと軽く頷いた。

 レンクスは、彼女の装甲の上から手を当てた。

 途端に、彼の顔つきが真剣なものに変わる。

 いつもふざけているみたいなのに、締めるときはきちんと締めてくるんだよね。

 やっぱりロレンツとこの人、似たタイプだな。うん。


「――なるほど。中があちこち壊れてるな。よっと」


 彼は一瞬だけ念じた後、静かに手を離した。


「どうだ。色々試してみろ」

「ああ」


 リルナが気合いを入れると、彼女の表面に鮮やかな透明青色のバリアが生成された。

《ディートレス》だ。


 うわあ。簡単に直しちゃった。

 何だか頑張ってた技師たちに申し訳なくなってきたよ。


 彼女がバリアを展開する様子をしげしげと観察していたレンクスは、感心したように頷いた。


「物理攻撃、それから生命エネルギーによる攻撃を完全に無効化するバリアか。なるほど。ユウが苦戦するわけだ」

「……すごいな。本当に驚いた。まさか一瞬で直るとは」


 リルナは、初対面のこの男にすっかり目を見張ったようだった。

 それは誰だって驚くよね。こんな奇跡みたいな力を見せ付けられたら。

 彼女は、他の機能も順々に試していった。

 そのすべてが問題なく使えるようになっていることを確かめてから。

 彼女は見下していた男の評価を改め、丁重に頭を下げた。

 まさか直ると思ってなかったのか、つい声が弾むのを隠し切れない感じだ。


「レンクスと言ったな。感謝する」

「どういたしまして」


 対するレンクスは、一手間なのでさらっとしたものだ。


「ねえ。一体何をやったの?」


 でも私にいいところを見せるのは嬉しいのか、彼は得意気に鼻をさすって説明してくれた。


「壊れた物はひとりでには直らない。これを一種の不可逆事象とみなして、【反逆】で抗ってみたのさ」

「なるほど」


 解釈次第でそんな応用も効くんだね。さすがぶっ壊れ能力。


「さすがに生きているものまでにはこの使い方は通用しないから、残念ながらお前の腕は治せないが」

「そっか。ほんとに何でもありだね」

「まあな」


 いつものことながら、感心を通り越して呆れてしまうほどだった。

 本当に何でもありだな。この人は。

 って――。


「あれ? 今、壊れた物を普通に直したよね」

「ああ。それがどうかしたのか?」

「ってことはさ、あのときの割れたガラスとか、それ使えばあの場で直せたんじゃないの?」

「言っただろ。あそこは元々の許容性が低過ぎるんだ。許容性限界の引き上げと併用するのはさすがに無理だったんだ」


 俺の能力だって万能というわけじゃないのさ、と黄昏れた風にキメている彼に。

『私』の突っ込みたい気持ちが動いたらしく、口を衝いて出て来た。


「へえ。じゃあ私を何度も呼び出したのは、さぞかし大変だったんでしょうね」

「そりゃあな。もうすっげえ大変だったさ! だが俺の迸る愛の力を前には、その程度の障害なんて――」

「はいはいわかったわかった。あんた、いっつも人前でよく臆面もなくそういうこと言えるよね。恥ずかしいんだけど」

「むしろ何度でも言ってやるぜ! アイラブユウ~!」


 またへらへらして抱き付こうとしてきたので、腹に容赦なくグーを叩き込んでやった。

 このくらいしないと、この男は止まらない。


「一々近寄るな」

「く~。これがまた効くんだよな」


 嬉しそうに腹をさする変態。

 何をしてもこんな風に喜ばれるから、私はもうすっかり諦め気味だった。

 これ見よがしに溜め息を吐いていると。

 このやり取りの中、すっかり置いてきぼりを食らっていたリルナが、ふふ、と可笑しそうに笑い出した。


「なんだか楽しそうだな」

「いーや。ぜんっぜん楽しくない」

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