99、
「あれが、さそり座。これがおおかみ座……」
セラ君は指を星空に向けて、描かれる星座を次々に言い当てていた。
順番も、指す星も、何もかも間違わないで言っていた。
「ベガは七夕でいう織姫、アルタイルは彦星。天の川を隔ててお互い強く光り、七夕の日を待つのです」
彼が言う言葉に、確りと耳を傾け、次第にそれが知識を当てつけているのではなく、ただ言う事によってなにか懐かしむような感じであった。
「お姉ちゃんと良く来たんだここに」
セラ君が急にそう切り出した。
「僕が、プラネタリウム好きだからよくね」
プラネタリウムが好きなのは、言われるまでもなく、体感していた。
空に描かれていく星座を目で追いながら、耳はセラ君に向けた。
「僕の名前の漢字、知らないでしょ?」
「う、うん」
大変申し訳ないけど、知りません。
「誰も知らないからね。知ってたのお姉ちゃんくらいだから」
ーーーー誰も知らない。
美晴も、土門さんも、テラコも、皐月さんも、晋三さんも?
誰も知らないの?
「僕たち、孤児なんだ」
…………。
「まぁ、お姉ちゃんはずっと体弱かったし、結構長く孤児だった」
そんな……。
「でもね。お姉ちゃんの病気が一変して悪化したときにお金がどうしても必要だった。でも、僕らにはそんなお金、支給さえされなかった。始めから捨てられてたんだよね」
私は顔をセラ君に向けた。
「そんなときに、主治医の人が、僕たちを養子として引き取ってくれて、手術ができるようになって、一命を取り留めた」
彼はずっと空に目をやったままだった。
「今もそこで楽しく生活してるよ。でも、お姉ちゃんがいない。僕が産まれて僕たち捨てられたらしいんだ。始めからお姉ちゃんがお母さん替わりだったんだ。体弱いのに、僕のことばっか気にして、病状が悪化してるの隠して……、僕を最後にここに連れてきた」
なんの変化もなく、ただ、言葉だけを置いているようだ。
「まぁ、後は知ってるよね? そんなこと話したいんじゃなくて、僕の名前、お姉ちゃんにつけてもらったんだ。いつでも綺麗に、美しく、闇の中にいても、1番の輝きで、私の側にいて欲しいって。お姉ちゃんさ、美月じゃん? 美しい月。その周りにあるのは、星空。星空ってかいて星空。お姉ちゃん、物心ついた時に捨てられたから、僕だけでも血の繋がった家族だって思いたくてつけたんだと思うんだ。彦星と織姫が出会えないそのキャンパスを、お姉ちゃんが形を変えながら輝いているその空間を、僕と一緒に分かち合う為に」
悲しみも、幸せも、苦痛も、喜びも、苦悩も、達成感も、怒りも、笑顔も、何もかも、お互い一緒。
月の隣には必ず星空があって、星空の中には必ず1番光る月がいる。
「だからさ、今僕は1人だなんて思っちゃうんだ。僕みたいな、そんな感じでさ。ホントはみんなとやりたいのに、どうしてもお姉ちゃんが……」
「美月さんだって、きっとそれを望んでるよ」
彼の視線がゆっくり私に向けられる。
つい口をついて言ってしまった言葉を続けるつもりは無かったが、続きを望んでいるような視線に私は言葉を続けた。
「美月さんだって、みんなでやってるの聞きたいんだと思うよ。星空君、1人じゃないよ! 私だって居るし、晋三さんだって、テラコさんだって、土門さんだって、……美月さんだって側で見守ってるよ」
そこまで行って、結構恥ずかしいこと言ってることに気づいた。
星空君はそんなこと気にしていないかのように、私を見て微笑んだ。
「ありがとう」
そう言って、また視線を星空の映し出される空を見た。
「時雨ちゃんに、言って欲しかったんだ。勇気……欲しかったんだ」
プラネタリウムが終わり、段々と明るくなる。
彼が起き上がり、私を見た。
にっこり笑って手を出してきた。
「そこ、お姉ちゃんが座ってた場所なんだ。なんか、時雨ちゃん、お姉ちゃんみたい」
その手を取り立ち上がる。
「好きだよ、時雨ちゃん」
あ、言わなきゃいけなかったんだ。
言わなきゃ……。
「あのさ、」
「ん?」
「…………落ち着いて聞いてね」
「う、うん」
「……あのね」
やっぱり言わないでいいですか?
そんなこと誰も答えてくれない。
「星空君とは、付き合えないんだ。やっぱり、私、美晴が好きだから」
言っちゃったぁ……。
怖くて目を閉じた。
失望した顔だろうか?
それとも、怒ってるだろうか?
「あははは。やっぱりか」
予想外の声色で目を開けると、お腹を抱えて笑っていた。
「どうしても美晴に勝てないな……。でも、諦めないからね! 絶対に、僕と結婚するの時雨ちゃんだって決めてるんだから!」
なんて、バカなんだろう。
でも、嬉しい。
愛されてるとか、そういうのじゃなくて、側にいて欲しいだけなんだと思う。
まるで、本当の美月さんが乗り移ったみたいに……。




