95、
意を決して、待合室で雑誌を読んでいる美晴の前に出た。
「お待たせ」
雑誌に影を落として彼の反応を待った。
内心、果てしなくドキドキしています。
ゆっくり顔を上げる彼。
思わず息を呑んだ。
彼の目が私の目と出会うと、ニコッと口角が上がった。
「やっぱ、かわいい」
一発目からかなり辛い一言を……。
心拍数は上がり、五臓六腑が油に浮いたかのようにふわりとした感じだ。
なに言ってんだ私……。
彼は立ち上がり雑誌を戻した。
「じゃぁ、次は髪だな」
美晴は何故か眼鏡を取り、それをしまう。
「なんでしまったの?」
「ん? かわいい時雨の彼氏が変質者だと嫌だろ? オレも最高にカッコつけてないと、時雨に失礼だ」
そう言いながら外していたマフラーを普通の男の子みたいに巻いた。
さらにコートも前を開け、中に来ていた赤いチェックのシャツをアクセントにした。
「カジと会ったまんまで良かったわ。オレの最高級のオシャレ」
そう笑いながらバックからネックレスを取り出した。
なんか、蝶々がポイントになってる奴で、見える鎖骨をさらに強調する形になっていた。
「んで、包帯も取っちまうか」
「え!? 取っていいの?」
「あぁ。血が出てた訳でもねぇしな」
ならいいのですが。
「おっしゃ、髪行くぞ! どんな感じが似合うかな!」
やけに楽しそうな顔だ。
彼に手を引かれて、美容院にむかう。
道中、周りの人の視線がやけに気になった。
なにしろ、今私の隣にいる人はかの有名なアレスですからね。
それを知ってか、はたまたサチレのギターの美晴と知ってか、私に向けられる視線はとても怖い。
あぁ、こんなんなら変えるなんて言うんじゃなかった。
そのまま入って行った美容院はビルの2階にある、大変入りづらいシックな所だった。
入って直ぐに美晴が受付の女の人に話しかけた。
「なぁ、いいか?」
「ん? あぁ、暇だから直ぐでもいいよ」
なんだ?
馴れ馴れしいな。
「おし、じゃぁ、オレに似合う感じで」
「は? なにそれ? もっと具体的に教えてよ」
そのまま、未だに名前を知らない特殊な椅子に座らされた。
「えっと、だいぶ長いね」
はい、どの位切ってないっけか?
「ヨシくん適当だからさ。なにがいいかな?」
ええっと。
そう言われるとなにもないなぁ。
「お任せとかはできますか?」
「できれば好きな芸能人とか言ってくれるとありがたいなぁ」
「オレあれ好き。 あれ」
「あぁ、あれ。相変わらずね」
「そうだな」
「特に無いならそれでいい?」
「あ、はい」
それから始まり、だいたい1時間くらいで終わった。
みるみる変わる自分の髪の毛に、自分の印象さえ変わりに変わっていった。
最後に立ち上がってみると、まるで自分ではないようだった。
自分で言うのは抵抗があるが、ドラマに出ている女優のように見えてしまった。
こんなに、私って……。
そこまで思って考えるのをやめた。
みっともない。
ここで美晴が代金を払おうとしているのを阻止しようとしたが、髪を切ってくれた人がむしろ美晴からお小遣いを貰うようになってしまった。
悪いなぁ。
毎回こんなんじゃ流石に良くないよね。
そんなこんな外に出た。
やけに風が強く吹いていた。